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追放悪役令嬢は戦女神の力で世界を救う  作者: 桜雨実世


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茨の道、運命の扉

この小説を初めて読む方は第1話もぜひどうぞ。

https://ncode.syosetu.com/n5049kc/1/


今回のお話は以下のお話も読むと、事情がわかりやすくなります。

6話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/6

31話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/31

34話https://ncode.syosetu.com/n5049kc/34/

 目が覚めると、実家の、私の部屋のベッドの上だった。もう二度とこのベッドで寝ることはないと思っていたのに、……なんて感慨深いのだろう。


 部屋の隅にはメイドが静かに控えていた。私の起床を確認すると、部屋を出ていき、数分後には複数のメイドを連れてきた。そして、洗面や着替えが始まる。


 支度が終わったら、朝食だ。久しぶりの実家の食堂に、思わず感動してしまう。


 久しぶりの白いパンには、さらに感動が込み上げてくる。地球でいうところのバターロールに近い形をしているが、あちらほどふわふわとしていない。


 私はパンにジャムとバターを塗り、頬張った。小麦の香りは茶色いパンには劣るが、こちらのほうが圧倒的に柔らかくて食べやすい。


 食堂の外が若干騒がしい。モーリッツが廊下にいきなり寝転んだのだろうか。初見ではびっくりする行動だから、仕方ない。


 私はアーモンドミルクと玉ねぎのポタージュを一口飲んだ。

 扉が開き、セバスチャンと義母上が入ってきた。


 義母上が、

「私は領主代理夫人として、夫の仕事を行わなければいけません。あなたの出る幕はないのです」


 私の側に控えていた執事が、義母に対し、

「未明に、市議会が緊急で招集され、リーゼロッテ様がアンブロス領の正式な領主であることが承認されました。出る幕がないのはあなたのほうですよ」

「で、でも、王国は認めていません!」

「夫人。これ以上、騒ぐと、あなたの身が危ういですよ」

 執事は優しく忠告した。


 私は言った。

「夫人は病に倒れた父上の看病をしたいと思いませんか?」

「何を言って……」

「今後の住まいは牢屋か父上のお側かのどちらかしかありません。選んでいいですよ」


 義母上は青ざめながら、

「なんて冷たい子なの……、私は血の繋がりはないとはいえ、あなたの母親なのよ」

 アンブロス領内を混乱に陥れておいて、何を言っているのだろう。

 処刑台ではなく、父上の側に行けるのだ。最大限の慈悲ではないか。


 私はこの女性の相手をすることが馬鹿らしくなった。周囲の侍従たちに、

「夫人は父上の側で看病できることが嬉しいようです。早くお部屋へお連れして、旅装のお手伝いをして差し上げて」

 夫人は力なく歩いていった。


 残ったのはセバスチャンだ。

 彼は瞳を潤ませながら、

「姉上! 僕は姉上のように、皆から褒められて、認められたかっただけなんだ!」

 なんて、あざと可愛いのだろう。


 地球で数々のあざと可愛い芸能志望の女子たちを見てきた私でなければ、うっかりほだされてしまったかもしれない。

 だが、私は彼女たちのやり口を熟知している。そのあざとさで、自分にとって都合の良い結果を引き出すのだ。


 セバスチャンは、私の沈黙を、自らにとっての金だと思ったらしい。

 言葉を続けた。

「姉上はいつも皆から注目を集めて、次期領主だからってチヤホヤされてきて。僕だって、皆から可愛いって言われてるのに、皆は姉上みたいにチヤホヤしてくれない。護衛の兵士も召使も少ない」


 確かに。私はアンブロス家唯一の血筋であり、領主の宿命を背負わされた。だから、唯一の後継ぎとして、徹底的に守られ、教育をされてきた。


 おそらくだが、私がセバスチャンが羨ましがるくらいにチヤホヤされたのは、市内に行けたのが、週に一度だけという頻度の低さも理由だろう。

 私は多い時で最大で十人の家庭教師がつけられ、朝から晩まで教育漬けだった。唯一のアンブロスの直系で跡継ぎだから、勝手に外へ行くなんて許されなかった。


 一方のセバスチャンは習いたい習い事を自由に習い、自由にやめて良かった。自由に町へ遊びに行って子どもらしい自由を謳歌していた。


 お前が羨ましい。私も嫉妬と嫉みの花を咲かせて、お前を殴り倒したいくらいだ。


 セバスチャンは私と自分の都合のいい部分だけを比べ、歪んだ承認欲求を持ってしまったのだろうか。生まれた世界が違えば、回転寿司屋やコンビニで狼藉を行ったのかもしれない。


 私はセバスチャンに尋ねた。

「つまり、私のように、注目を浴びたかったと」

「う、うん」

「大勢の人にね……」

「う、うん」


 私は執事に言った。

「セバスチャンには孤児院での生活及び労働奉仕を命じるので、早急に準備させて」

「え? 姉上」


 この世界では子どもも働くのが普通だ。だから、孤児院では子どもの衣食住を保証し、教育を施し、労働を課す。


 労働内容は市内のゴミ拾いや落書き掃除、公衆トイレの掃除などあまりやりたい人がいないような仕事だ。基本的に一日中、屋外での作業となる。


「姉上! なんで僕が、孤児院なんですか!」

「あなたの願いを叶えるためですよ」


 一日中、外にいたら、大勢の注目を浴びることもできるだろう。


「セバスチャンにはしっかりと護衛をつけてくださいね。私が町へ行く時みたいに」

 そうでないと、市民が彼にどのような報復をするかわからないから。

「護衛は精神的にタフな人でお願い」

 市民が、セバスチャンにどのような罵声を浴びせるかわからないから。護衛には戦闘能力よりも罵詈雑言への耐性がある人が好ましい。


「行きなさい、セバスチャン。命令ですわ」


 セバスチャンはなおも何かを言おうとしたが、私が騎士に合図をした。

 騎士は彼の腕を掴んで、きちんと部屋の外へと連れて行ってくれた。


 そして、朝食後は執務室にて、領主としての仕事が始まった。

 魔物化した市民たちは元に戻り、命に別状はないこと。被害総額や修繕費用の見積もりなどが報告される。


 そして、騎士団長が重々しい様子で言った。

「デーべライナー家が、アルフォンスという若者を血眼になって探しております。アール王国へ出兵する準備すら行っており、我が領地の港を解放せよと命令が来ております」

「そうですか」


 小国のアール王国は長年不作で苦しみ、新たな王を迎えたばかりだ。グランツ王国との戦争となれば、防衛は正直、厳しいだろう。

 友は私をヤクザのもとに置いて逃げたやつではある。だが、彼を反面教師にした私は、彼を窮地に陥らせたくはない。


 官僚が確認するように、

「領主様。アルフォンス殿はもしや……」

「その通りですよ」

 我が領地にいるアルフォンスこそが、デーべライナー家が血眼になって、探している本人だ。


 私と一緒に、アンブロス領へ入ったという報告は、グランツ王国にも届くだろう。

 騎士団長は言った。

「アルフォンス殿が領地を去ったとしても、デーべライナー家は、我々が彼を隠しているのではないかと疑い、兵を向けるでしょう」

「差し出すのが最善なのでしょう」

 団長は首を横に振った。


「?」

 どういうことだろう。


 私は団長の意図を読めないまま、自らの考えを語った。

「私はアルフォンス殿とその仲間たちをデーべライナーに差し出しません。貴方がたも差し出そうと考えてはいけませんわ。彼らはあまりにも強く、我々も深手を追うでしょう」


 セバスチャンのせいで、だいぶ、火傷をしているのだ。これ以上、傷を広げるような立ち回りはできない。


 アルフォンスの存在は、デーべライナー家の繁栄の唯一の楔だ。だから、常軌を逸した勢いで探すのだ。


 アルフォンスを差し出せば、私たちは助かるだろう。

 だが、騎士団長は、今度はハッキリと首を横に振った。


 その事情を、私はまだ知らないが、ハッキリと分かることがある。


 私たちは今、茨の上に立っている――ということだ。


 部屋の空気は重い。

 海賊とデーべライナーの両者を相手にしたら、こちらもタダでは済まない。


 数秒の沈黙の後、団長から一通の手紙を差し出された。


 その手紙は血に塗れていた。時間が経っているから血は茶色に変色し、乾いているが、血の匂いがする。

 私はその手紙を読んだ。


 静かに言った。

「アルフォンス王太子を呼んでちょうだい」


 執務室に入ってきたアルフォンスに、血まみれの手紙を見せた。

「なんだ、これは?」

「その手紙の封蝋の紋章は王家のものです。手紙を読んでください」


「わけがわからないな」

 そう言いながら、アルフォンスは手紙を読んだ。

 目の色が驚愕に変わった。


 手紙の内容はこうだ。


 アンブロス領主よ。

 時は来たれり。

 我が親愛なる唯一の息子にして真なる王太子アルフォンスを擁し、デーべライナーを屠り、王権を奪取せよ。


「これは……」

「王の命令文です」

 騎士団長が首を縦に振れなかった、理由だ。


 今までの我々の立場は曖昧だった。

 宮廷で専横を尽くすデーべライナーに迎合はしない。だが、逆らうこともしない。

 見て見ぬふりをするという大人の対応で、平和を保っていたのだ。


 アルフォンスは突然のことに困惑を隠せずに、肩を竦めた。

 私は静かに見据え、

「この手紙は私がフーリャに着く数日前に、アンブロス家古参の者へと届けられました。届けたのは王の古い側近の方です。その方はデーべライナー家の刺客と思われる者により深手を負っており、手紙を届けた後、息を引き取ったそうです」


 私は手紙をアルフォンスから受け取った。

「おそらく、王と王に忠誠を誓っている方々は、私があなたを伴って、領地へ戻る可能性に賭けたのでしょう」


「そうか……」

 いきなりのことだ。戸惑うのも無理はないだろう。

 彼は今まで王位簒奪を目指し、暗躍をしてきた。まさか、こんな形でチャンスを掴むと思ってはいなかったはずだ。


 アルフォンスは尋ねた。

「それで、君たちは、どうするつもりなんだ」


 私はキッパリと告げた。

「戦います」


 王命があろうがなかろうが、デーべライナーは兵を向けてくるのだ。


 アルフォンスは驚いて、言葉を失っている。

 きっと彼は、私たちの迷惑にならないように、この地を去ろうと考えたに違いない。


 私は彼の瞳を見た。


「アンブロスに、選べる道はない。アルフォンス王太子殿下」


 彼はハッとした表情で、私の瞳を見た。

 私は真剣な表情で、続けた。


「……運命の扉は、開かれたのです」


 彼は目を見開いた。

 無理もない。

 私は、彼に諦めにも似た笑みを向けた。


「奪われたものを、ちょっと取り返しに行くだけですわよ。泥棒とはわけが違うので、大丈夫です」


 この時、アルフォンスの肩から力が抜けたように見えた。

 そして、彼は悟ったような笑みを浮かべ、言った。

「まるで、どこかの悪党みたいな言い草じゃないか」

 それは、どこの悪党だったろう。


「では、参りましょう。デーべライナー家をボコボコにしに」


 私は彼に目一杯の笑みを向けて、手を差し出した。

 彼は決意に満ちた笑みで、私の手をしっかりと掴んだ。

読んでくださってありがとうございます。

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