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追放悪役令嬢は戦女神の力で世界を救う  作者: 桜雨実世


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鳥籠の奪還

 明日には故郷に着くと思うと、胸がざわついて眠れなかった。

 暗闇の中で、一人きりの時間がやけに長く感じられる。


 私は心のざわめきに我慢できず、ベッドから起き上がった。ロウソクに火を灯そうと魔法を使うが、発動しない。

 神人になって以来、こんな初歩的な魔法さえ使えなくなった。

 誰にも打ち明けられず、私はそれを隠している。


 仕方なく、私は明かりのついていないランプを持って、マッチを取りに部屋を出た。


 暗がりの中、狭い廊下を歩いていると、ランプの明かりが見えた。近づいてくる。

 アルフォンスだった。


 ランプの明かりが眩しく感じられる。思わず、目を細めた。


「明かりのないランプを持って何をしてるんだ?」

「……マッチを取りに行っていましたのよ」

「君は火の魔法を使えたはずだろ?」

 アルフォンスはそう言いながら、一瞬で私のランプに魔法で火を灯した。


 私は曖昧に笑って、誤魔化すしかなかった。

 そのあとは二人で、夜明け近くまで椅子に座って、黙っていた。


 お互い気の利いた話ができるほど、お喋りじゃなかったのだ。

 でも、その静寂さが心地よかった。


 朝になり、豆とベーコンのスープと硬いパンを食べた。

 食後に甲板へと向かう。そして、遠くに見える懐かしの故郷を見つめた。徐々に近づいてくる。

 途中、様々な船舶とすれ違った。


 漁師たちも、水夫たちも、水兵たちも、私を見つけるや、驚いた表情をする。

 そして、次には、

「リーゼロッテ様万歳! アンブロス家万歳!」

 と声を上げる。


 船の甲板から、数人が飛行魔法で宙に舞い、港へと急いでいく。

 おそらく、私の帰還を知らせに行くのだろう。


 彼らは、よほどヒーローを待ちわびていたのだ。

 私はヴェンデルガルトに、

『私が、立派な領主になる保証なんてないのにね』


 アンブロス家の代々の当主が、真面目で堅実で誠実なだけで、私がそうだとは限らないのに。

『そう言うな。人とは時に幻想にすがるものじゃ』

 ヴェンデルガルトも静かに答える。


 港は海賊の襲撃のせいで、一部が壊されていたが、修繕工事が行われていない。


 思わず苛立つ。

 海賊からの防衛のためには、どんな箇所だって即座に補修工事をしなければならない。


 私はため息をついた。

「セバスチャンと穏便に話をして、解決したいのですけれど……、港の補修の話を最初にしてしまいそうですわ」


 港にはすでに大勢の人々が私を待っていて、「リーゼロッテ様万歳! アンブロス家万歳!」と声を上げる。


 私は未来の領主らしく、背筋を伸ばし、自信満々な笑みを人々に向けた。

 ここにいるのは、自由を手にした追放少女ではない。

 皆の期待に雁字搦めにされた、鳥籠の少女なのだ。


 人々の視線は鎖だ。この土地は重りだ。


 誰かがその鎖で繋がれ、人々を治め、土地を守らなければならない。それが、たまたま私だったのだ。


 ならば、鳥籠の生を全うしようではないか。自ら、鎖を巻き、重りを引きずってやろうではないか。


 私はデメルングの皆と一緒に、セバスチャンとその母がいると思われるフーリャ城へと向かう。


 歩く道すがら、懐かしい顔がちらほら見える。アンブロス家に仕えていた人々だ。


 途中で、人相の良くない武装した集団と出会った。

 彼らの一人が、

「セバスチャン様のご命令で、お前たち一人残らず、ここで処刑だ!」


 私は肩を竦めた。

 本当に、セバスチャンはアンブロス領の正規兵として、ごろつきを雇っているのだ。


 あぁ、虫酸が走る。

 誇り高く、屈強なアンブロスの騎士たちよりも、ごろつきがいいとはどういうことだ。


 領主である私は、命じた。

「早急に、この者たちを切り捨てよ!」


 瞬間、人混みから、男女がさっと出てきて、ごろつきたちが瞬く間に斬り伏せられていく。


 別に、命じなくても、勝手に彼らが、きちんと仕事をしてくれるのはわかっていた。

 でも、ごろつきを一刻でも早く始末してほしかったのだ。アンブロス正規兵が、ごろつきなのは許されないことだから。


 私は彼らの働きに微笑んだ。

「さすが、アンブロスの精鋭。腕は衰えていませんわね」

 彼らは私の前に跪き、頭を垂れて、

「当然でございます」


「これより、私はフーリャ城へと帰ります。護衛は不要です」

 精鋭たちは躊躇ったが、私は強く拒絶した。

 デメルングと戦女神がついているのだ。これ以上の護衛はないだろう。


 私は彼らに、

「街の状況も聞き及んでいますから、報告も不要ですわ。混乱に備えて、街の中を警戒。市民たちに家へ戻るように伝えるように」

「かしこまりました。道中、お気をつけて」

 そう言って、瞬く間に散っていった。


 ヒルデベルトが感心したように、

「すごいな。まるで王様みたいだ」

「アンブロス領内では、私が王と同義ですわ」


 私は笑いながら、

「セバスチャンへのお説教が終わったら、ぜひ精鋭とお手合わせしてくださいな。彼らの強さにど肝を抜かれますわよ」

「まさか。僕のほうが無限大に強いよ。今の人たちはど肝を抜かれて、退職届を出しちゃうよ」

「あら、楽しみ」


 フーリャ城へと続く長く険しい坂道を登っていると、背後から悲鳴が聞こえた。

 振り向くと、毒々しい紫色の熊のような形をした魔物が立っていた。先程まではいなかったのに。


 モーリッツが精霊を呼び出しながら、言った。

「あの魔物から、魔の……気配する!」


 これを皮切りに、多くの人々が魔物化していく。

 魔物化していない人々は、一気にパニックに陥った。


 リーゼロッテとして焦りや不安を見せるわけにはいかない。

 でも、内心の私もパニックだ。

『ど、どうしよう』


 魔物化する人々を置いて城に行くことはできないが、ヴェンデルガルトは厳しい表情で、

『城へ急ぐのじゃ! 魔物は魔法は使えぬようじゃから、動きさえ封じれば後で戻す方法もあろう! デメルングの輩に魔物の動きを封じ込めさせればよい』

 彼女は何か考えがあるようだった。


 私はアルフォンスたちに、ヴェンデルガルトの言葉を伝える。

 アルフォンスが、

「一人で行くつもりか?」

 とても心配そうだったのに、何かに気づいた途端、彼の表情が変わった。私の後方に視線が移っていた。


 私も振り返って、確かめる。

 セバスチャンと義母上が立っていた。二人の背後に、黒いフードを被った女もいる。

 

 スヴェンのよくわからない小さな声が、私の耳に届いた。


 私は義弟と義母に向かって、

「アンブロス領主リーゼロッテ・アンブロス・フューラー。ただいま戻りました」

「違う! 領主は僕だ! お前は追放されたんだ」

「だから、地位も、土地も、財産も、臣下たちも、民たちも、全て根こそぎ取り返しに来ました。この惨状を捨て置くわけには参りません」


 私は義弟へと一歩ずつ近づいていく。

 セバスチャンは後ずさった。

「来るな来るな来るな来るな!」


 何を、怯えているのだ?

 君が、きちんと、領主としての務めを果たし、領民から認められたのなら、私は今頃、遠い外国へ、行けたというのに。


 私の、怒りを、受け止めてほしいくらいだ。

 君は、ほしかった領主の地位を、得たというのに。

 君は、命よりも重い、責任も、義務も、果たさなかった。

 腑抜けの、ぼんくらめ。


 義母上も怯えたように、

「そ、それ以上、ち、近づくと、切り捨てるぞ! お、おい、この者を切り捨てよ」

 金切り声を上げた。


 ごろつきが、剣を私に振りかざすが、遅い。

 剣が届く前に、アルフォンスが燃やしてしまったではないか。

 今の炎は、避けることができた。


 あのニアにだって、負けてしまうのではないだろうか。


「あ、あぁ」

 義母上は呻いた。


 女が前に出て、フードを外した。

 顔を出した瞬間、スヴェンが怒号を上げた。


「やはり貴様だったですか、ミリアム! 殺しても殺し足りないくらい憎いですが、先に人間を魔物化する術を、俺にも教えるですよっ! お前だけ、玩具で遊ぶなんて、ずるいですよ!」


 憎しみよりも好奇心が勝ってしまったあたりが、狂人らしいと感心しつつ、ミリアムを見る。

 彼女からは魔のようなものを感じる。


 彼女は唇の両端を上げ、目を細めた。

「教えてもいいですが、あなたには使えませんよ。秘密の法ですので」

「四の五の言わずに、お前を殺したいから、さっさと教えるですよ!」


 スヴェンは怒り狂っているが、ミリアムは意にも介さず、

「さぁ、坊っちゃんも、そろそろ、特大に美しい、お花を咲かせましょう」

「え?」

 セバスチャンは動揺している。

 ミリアムは仄暗い笑みを浮かべた。


「嫉みと、妬みと、自己憐憫で満たされた坊っちゃんのお花は、誰よりも最高にきれいですよ」

 瞬間、セバスチャンの体が膨れ上がった。

 醜く、異形に変じていく。全身が毛に覆われ、頭から角が突き出し、牙が生えた。


 二足歩行の、3メートルはありそうな獣の魔物だ。

 なんて、醜いのだろう。


 ミリアムは私に向かって、不敵に微笑み、

「またお会いしましょう」

 そう言って、彼女は消えた。

 転移魔法だ。


 アルフォンスは驚愕した。

「難しすぎて、俺やスヴェンにだって使えないぞ」


 義母上がセバスチャンの前に出て、私に叫んだ。

「わ、私の可愛い坊やに、手を出したら、あぁ!」

 言い終わる前に、可愛い坊やに、上半身を平手打ちされ、吹き飛んだ。


 ヒルデベルトが剣を止め、

「うわぁ、可愛い坊やだって。気持ち悪ぃ」

 確かに、十代も半ばになった少年に対して、坊やはないだろう。


 私は剣を抜き、暴れるセバスチャンに迫った。

 周囲には、フーリャ城へと向かう私を一目見ようと、大勢の市民たちがいるのだ。これ以上、暴れさせて、巻き添えを増やすわけには行かない。


 道が狭く人が多いため、うまく逃げることができないのだ。


『ど、どうしよう。ヴェンデルガルト。殺すしかないのかな?』

 私は踊りながら、尋ねる。

 セバスチャンの勢いが強すぎて、近づけない。近づいたら、剣が折られてしまうだろう。


『毛で覆われて見えぬが、おそらく胸元に、黒い石があるはずじゃ。懐に飛び込み、その黒い石めがけて神力を放出し、破壊せよ。……すまぬ、黒い石がなかったら、おそらく殺すしかない』

『嘘!?』


 私は心の中で泣きたくなった。

『まだ泣くのは早いぞ。黒い石があればいいのじゃ』

 ヴェンデルガルトが叱咤するように言った。


 最近、魔物と戦っていないため、魔を吸収できなかった。だから、私はしっかりと強化されていない。

 歌舞魔術でもバフはされるが、魔を吸収したほうが強化率は高い。


 セバスチャンは暴れて、建物の一部が豪快に破壊される。

『あぁ、修繕費として、臨時支出を組まなきゃ駄目かも。これから戦費も掛かるかもしれないのに』

『諦めろ! どこからか金を借りて工面するのじゃ!』


 私はセバスチャンに肉薄するが、懐に飛び込めない。

 スヴェンが拘束魔術を使うが、力が強すぎて、破られてしまう。


『な、なんとかしたいのに……』


 悩む私の横で、デメルングの面々が、私のやりたいことを、しっかりと理解していた。


 ヒルデベルトがセバスチャンの前に躍り出て、囮になったのだ。

 そして、セバスチャンの片腕を、わざと上げさせる。


 その隙をついて、カスパーが有無を言わさずに、私を掴んで、胸元へと放り投げた。


 胸元に飛び込めた私は、渾身の神力を放出する。

 セバスチャンは悲鳴を上げ、仰向けに倒れ込んだ。


 徐々に、人の姿へと戻っていく。


 彼の胸元には黒い石が埋め込まれるように存在していた。

『何これ?』

『……魔水晶。魔石とはまた違う品で、……魔族が、作り出す魔の結晶じゃ。リーゼロッテ、それを吸って、汝の力とせよ』

 ヴェンデルガルトは険しい表情を崩さない。どこか遠くを見ているようにも見える。


 私は言われたとおりに、魔水晶を手に取り、吸収した。

 吸収した魔の力は、神力へと浄化変換されるが、なんてすごい量の力なのだ。体がみなぎる。


 私はあまりにも体がみなぎりすぎて、思わずよろめいた。アルフォンスが私の体を支えた。


 ヴェンデルガルトが、

『それくらいの神力があれば、市中の人々も救えよう。よろめいてはいられぬぞ! 妾も手を貸すから、神力を都市全体に放出するのじゃ』

「もちろん」

 彼女は私の体を借りて、アルフォンスに、

「今から、妾たちは市民たちを救う。後のことは頼んだぞ」


 私はありったけの神力を町へと放った。放たれた神力は、黄金の光となって空へ舞い、円を描くように街を包みこんだ。

 ヴェンデルガルトの力により、市全体に神力が行き渡った。魔物化した市民たちの中にある魔水晶が壊れたらしく、魔の力が私の元へと集まってくる。


 ヴェンデルガルトが魔の力を集めて、私に吸収させているのだ。

 だが、その量は膨大だ。


 放出した神力の量も膨大で、吸収した魔も膨大。

 私の体に、疲労がドッと押し寄せる。

 頑丈となった神人でも、この量には耐えられなかった。


「もう無理」

 限界を迎えた私は体中から力が抜けて、膝から崩れ落ちた。

 アルフォンスが私を強く抱きしめた。

「よくやったじゃないか」

 と、いつもクールな彼からは想像もつかないほどの、とても優しい声で、囁いた。

 驚く間もなく、私は眠りに落ちた。

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