リーゼロッテの融合
私は気がつけば、アルフォンスに超特大の炎の球を見舞われていた。
このままだと、多分、私はなんとか生きるだろうけど、市民たちは死んじゃう。
私は剣を振り回し、放出した神力で炎を相殺した。
松明に照らされたアルフォンスの顔が、驚きに目を見開いているのがはっきりとわかった。彼の頬を伝う一筋の涙すら、炎に照らされて美しく輝いている。
そんなことよりも今は大事なことがある。
私はアルフォンスに背を向け、高らかと名乗った。
「我こそは戦女神の加護を得し、剣舞の神人リーゼロッテなり。今ここに魔を蹴散らし、ロヴィナを王とせん。勇猛なる戦士たちよ、我に続くべし」
そう叫びながら、私は迷うことなく走り出す。
もちろん、オットー侯爵とムスカに復讐するためだ。正直に言ってしまうけど、ロヴィナが王になろうがなるまいが、今となってはそんなことはどうでもいい。
やられたことはやり返す。
今の私にはそっちのほうが何千倍も大事なことだからだ。
いつの間にかアルフォンスやデメルングの面々とロヴィナが私と並走していた。
「君は足が遅いんだな」
アルフォンスが笑いながら言った。
「失礼しちゃいますわね。それよりも、時間がかかってしまってごめんなさい。立て込んでいたんですの」
「君が戻ってきたから、それでいいさ」
ロヴィナも減らず口を叩く。
「俺を王にするために戻ってきてくれたんだろ? モテる男は辛いな」
「お前がモテてるわけじゃない。お前の金と地位と身分が女を引き寄せてるだけだ」
アルフォンスが辛辣に言った。
私は言った。
「さぁ、オットーとムスカは市の外にいますわ。一発復讐してやりましょう」
「一発だけ復讐するなんて優しいね。僕だったら、無量大数くらい復讐するけどね」
ヒルデベルトが言いながら、魔法剣を豪快に振り回した。
やめて、それ二メートルもあるんだから。
オットー侯爵の城で意識を失った後の話をしようと思う。
私の肉体は意識を失いましたけれど、意識の世界では私は起きていて、私の意識に入ってきた魔族たちに見つからないように、意識の奥の奥へと逃げている最中でした。
私が私の意識の中を逃げるとはどういう仕組なのかよくわかりませんけれど、そういうことになっていたのですわ。
その時の私は神力も尽きていて、魔族と戦うことはできませんでした。
魔族たちは私の心の中を徘徊し、私を捕まえようと躍起になっているんですの。魔族とはなんと主に忠実な生き物なのでしょう。
私は奥へ奥へと逃げるように走りましたわ。明るかった世界はだんだん暗くなっていき、鬱蒼とした森が広がっていたんですの。
時々、体に痛みを感じますわ。この痛みはなんなのでしょう。
さらに、走り続けると遠くに黄金色の光が見えました。
あの光はなんなのでしょう。でも、ヴェンデルガルトが放つ力と同じ物を感じますわ。
とにかく、あの光目指して私は走りました。
光は人の形をしていて、背を向けていますわ。
もっと近づくと、私の形でした。
私は思わず立ち止まって、呟いていましたわ。
「……私?」
呼びかけられた黄金色の『私』は振り返ると、
「否。我は女神リーゼロッテなり。お前のような非力なる人とは違う」
鬼の形相で言うのです。
非力かもしれませんけれど、そんな顔して言うことですの?
女神リーゼロッテの右手にはいつの間にか剣が握られていましたわ。
「お前がいるから、お前の体が私のものにならない。お前がいるから我は自由にならない」
「もしかして、私のこと斬ろうとしていませんこと?」
「刺してもいいぞ」
その一言でいきなり襲いかかってきたのですわ。
私は背を向けて走り出しました。
私は私の意識の中で、魔族の群れと女神リーゼロッテに追われるという二重苦に陥ってしまいました。
こんなのってありでしょうか?
追いかけられながらも、時々、肉体が目を覚ましました。
その時、よくわからない薬を飲まされたり、魔族と私を一体化させるための魔術儀式をされていましたわ。
時々、意識の世界で感じていた体の痛みは私の体を運んでいる最中の衝撃のようでしたわ。
私の意識はすぐにまた落ちて、逃亡劇が続きます。
グルグルと逃げ回り、森を抜けると、黒い泥沼に下半身が沈んでいる芽衣子がいました。
地球時代の私ですわ。
芽衣子は意識がなく、身動き一つしませんし、少しずつ沈んでいますわ。
これ、底なし沼とかではありませんわよね?
私は芽衣子という私を救出するため、「あぁ。こんな泥に入らなければいけないなんて」と呟き、背筋をゾワゾワさせながら、泥沼に体を入れました。
「うぅ」思わず声が出ましたわ。
泥が体に粘りついて、動きづらい。
ぬかるみながら芽衣子の元へ行き、担いでなんとか沼から脱出しましたわ。
芽衣子を地面におろし、沼を見ると、沼はこつ然と消えていたのですわ。
「?」
どういう仕組なのでしょう?
私の意識の世界は全くわけが分かりませんわね。
芽衣子をそのままにするわけにも行かず、背負って歩き出しましたわ。
しばらく歩くと、女神リーゼロッテと鉢合わせして追いかけっこの始まりですわ。
「殺してやる!」
私は殺されてはたまらないと走り出しましたが、芽衣子を背負っているから早く走れませんわ。
「……降ろして」
「え?」
声がしました。
芽衣子の、声ですわ。
起きたのですね。
「……降ろして。大丈夫だから」
私は拒むと、芽衣子が私の背中を押したのです。
女神リーゼロッテは地面に転がった芽衣子の背中を剣で容赦なく突き刺しましたわ。
私が、私に殺されてしまうなんて。
私は無我夢中でリーゼロッテの体を押しのけて魔法を放ったのですが、神力でかき消されてしまいました。
芽衣子を担ぎ直してまた走り出しましたわ。
私は魔法は使えても神力が使えないので、魔族にもリーゼロッテにも対抗できないのですわ。
学校や父から学んだ戦闘術が頼りですわ。
戦闘なんて一度もしたことがない芽衣子ではきっとこの世界では生きていけませんわね。
女神からなんとか逃げた後、私は芽衣子を降ろしました。
芽衣子の傷はなぜかもうありません。ここは意識の世界だからでしょうか。
芽衣子は言いました。
「どうしてそんなに慌てているの?」
「だって、私たち魔族にもリーゼロッテにも追われてるのですわよ? それよりあなたはどうしてそんなに冷静なんですの!」
「私はあなただから。私は人形だから」
「え?」
「ここは、あなたと私の世界よ。私は地球で母の人形として生きることを決めた」
「それは自分の生きたいように生きられないから。生きたいように生きることを諦めたから」
「自分を馬鹿にしないでよ」
芽衣子は断固とした口調で言った。
「だって、私は……、私はそうでしたわ! 父の操り人形になるしか幸せになる道がなかった」
「私はお母さんを笑顔に、幸せにしたいから、自分から人形になったんだ。自分が幸せになるためじゃない」
私は自分が幸せになるために父の操り人形になった……。そうだったのですのね。今まで気づかなかった自分の気持ちに、今、初めて気づきましたわ。
芽衣子は続けて、
「私は人形。なんだって、なんにだってなれる。あなたは操り人形だとしたら、私は着せ替え人形。どんなドレスだって着てみせるし、ドレスにふさわしい役を演じてみせる」
芽衣子は強い眼差しで言った。
私はなぜか泣いていましたわ。
私は、芽衣子は、女優としても、アイドルとしても、芸能人としては芽が出ませんでしたわ。
でも、芸能人の母になりたいという母の夢を叶えて、母を幸せにしようと、懸命に生きたのですわ。
一方の私は、父に可愛がられる異母弟を羨み、父の言う事を聞けば、父に愛される、幸せになれると思いこみ、懸命に人形となっていましたわ。
芽衣子は言いました。
「取り返そう。魔族からも女神からも私たちの心と体を」
「どうするんですの?」
「女神リーゼロッテはヴェンデルガルトが与えた神力から生まれた女神のあなた。私たちは本来一人。また1つになるだけ」
「でも、女神の私たちは強いですわ」
「この世界で一番強いのは私。ここは意識の世界。なんでもあるし、なんでもできる。なんにもないし、なんにもできないそういう世界だから、だから私が一番強い」
芽衣子は断言して、さらに、続けました。
「もう泣かないで。大丈夫。今度は私があなたを守る」
芽衣子はそう言うと、駆け出したので、私もそれに続きました。
女神リーゼロッテに躊躇なく向かっていく芽衣子。
女神リーゼロッテは剣を振りかざしますわ。
芽衣子の体も黄金色に光り、そして、姿が変わっていきましたわ。
その姿は歌い踊る戦女神ヴェンデルカルト。
芽衣子は言葉通り、ヴェンデルガルトになり、ヴェンデルガルトを演じ、リーゼロッテと戦っていました。
地面に膝をついた私は二人の戦いを眺めていましたわ。
ヴェンデルガルト役の芽衣子が女神リーゼロッテを押し倒し、馬乗りになって芽衣子の姿に戻り、叫びました。
「私はリーゼロッテで芽衣子なんだ! 私は私に戻れー!」
そうでしたわね。
私はリーゼロッテ。芽衣子でもあるですから。
なら、戻らなければ。
私の体が光の粒となって消えていく。いいえ、本当の私に戻っていく。
女神リーゼロッテも芽衣子へと戻っていく。
芽衣子もまたリーゼロッテへと戻っていく。
こういう感じで、意識を取り戻した私だけど、体はまだ魔族に操られていて、火の海を歩かされるという拷問的な状況に置かれていることがわかった。
場所は建物を見るに、アール王国の首都みたいだ。
武装した男の市民たちが魔族に操られて殺し合っていて、なんてひどい光景なんだろう。
まさか、市内が戦場になるなんてね。オットー侯爵もひどい手を使うもんだ。
魔族たちは私がいる意識の一つ上みたいな場所にいて、私の存在には気づいていない。
市壁の上にはアルフォンスがいて、私に特大の炎を放った。
私がいると負けると判断したから、私を殺すことにしたんだね
冷静だね。その判断はきっと正しい。さすがアルフォンスだね。
彼は炎を放つ時、一筋の涙を流してくれた。
ありがとう。
私は私に巣食う魔族の魔を根こそぎ吸収し、神力へと変換し、炎を散らした。
以前と違って、神力のコントロールが完璧にできている。
もしかして、以前神力を上手くコントロールできなかったのは、私の中で生まれた女神リーゼロッテが拒んでいたからだろうか。
今までバラバラだった芽衣子も、リーゼロッテも、女神も今では一体となっている。
オットーとムスカは市壁の外にいる。
私が馬車の中で意識をかすかに取り戻した時、オットーとムスカの話し声が聞こえたから間違いない。
さぁ、派手に復讐してやろうか。
私は走り出した。




