ベーゼ教の影
翌日、私はデメルングの面々にクララ王妃と昨夜話をし、オットーが危険思想を持つ人物だということを告げた。
アルフォンスは、
「世界は不完全だから、人は病や飢餓などの苦しみに襲われる。それから救われるには死ぬしかない……か。ストレートにわかりやすく短絡的な連中だな」
「自分たちが殺し合ってくれればいいだけなのに、他人を巻き込むとは迷惑な連中ですねー」
スヴェンが言った。
ちなみに、カスパーとヒルデベルトは訓練場で兵士たちと訓練している。
モーリッツは床で寝そべっていたが起き上がると、私の服の裾を掴んだ。
「ベー……ゼキョウ」
「なんですの、それは?」
「宗教」
「あなたがベーゼ教という宗教の信者ですの?」
「違う」
モーリッツは語りだした。
「ベーゼ教、……古い宗教の1つ。世界が不完全だから、人間は苦しむ。人間を殺すことで世界から脱出させる。人々を脱出させるために、自分たちは苦しみに耐えながら、……生きてる。そういう……教え。昔、精霊使いと……混同されて、精霊使いが迫害されて、僕の精霊、邪教扱い……された。今は死んじゃった長老に教えてもらった歴史」
ヒルデベルトが無邪気に、
「だから、モーリッツの故郷の人たち皆殺しされたんだ」
「え?」
私は思わず驚いて声を上げた。
モーリッツの過去は乙女ゲームをプレイしていた私も知っているから、驚いたのはそこじゃない。堂々とでかい声で掘り返されたくない過去をえぐるヒルデベルトのデリカシーのなさに驚いたのだ。
だが、誰もがそんなことに気づかず、モーリッツの過去に驚いたと思っている。
モーリッツは私を見て、
「……僕、精霊使いたちの……隠れ里に暮らしてた。……ある日、僕は村の外に、おつかいに……行ってた。戻ったら……何もなかった……。里、燃えてた。皆、……連れて行かれてた」
「そ、そうだったんですの。それは辛かったですわね」
「うん。……グランツ王国教会に、皆が連れて行かれて……、拷問されて、処刑された……。教会、絶対、許さない……」
ゲームで見知っていたとはいえ、改めて本人から聞くと臨場感がぜんぜん違う。
アルフォンスが何事もなかったかのように、
「話を戻すぞ。ということは、ベーゼ教は精霊を呼ぶのか」
「違う。一緒にするな」
モーリッツは首を横に振り顔を歪ませた。怒りを露わにして、か細いながらも彼なりに声を張り上げた。だが、どんなものなのか私たちにはわからない。
「おぞましいもの。精霊と……似ていて、でも、似て非なるもの。魔。邪のもの。人の心、……操る。恐怖、不安を植えつける。……アルフォンスの……洗脳の魔法より……ひどい。人の心……壊す……」
スヴェンが好奇心を隠せないといった様子で、身を乗り出しながら、
「魔族という存在かもですね。神と神々の力を借りた人の手によって滅ぼされた存在として神話に登場するですよ。あなたのうちにおられる女神殿がもしかしたらご存じかもですね」
「ですって」
私がヴェンデルガルトに尋ねると、私の体を借りて、
「知っておる。まだ、神々が自由に地上と天を行き来できた頃の話じゃ。魔族は世界そのものを破壊しようとしたゆえ、神と人たちで協力して滅ぼした。当時の妾がまだ天使じゃった時代の話じゃ。魔族の肉は滅ぼしたが、魂は不滅ゆえ、神は地獄を作り、魔族どもをそこに送った」
「興味深い。なぜ、神が地上に来れなくなったのか知りたいですよ。当時の話、もっと聞きたいですねー」
スヴェンは興味津々だが、ヴェンデルガルトはきっぱりと、
「話せば長くなるから話さぬ。魔族の一部が魂だけになっても地上に現れ、人々をたぶらかしておるのかもしれぬな。地獄で大人しくしておれば良いものを」
「迷惑」
モーリッツは珍しく強い口調で言った。
「まぁ、人の子たちには精霊と魔族の魂の違いはわからぬじゃろうのう。精霊の中には時々、魔や神へと変化するものもあるしのう」
「精霊が魔族になっちゃうの?」
私の質問に、
「いや、魔物にしかなれぬ。それに、精霊が魔性を宿した場合、精霊王の力で浄化され、元の精霊に戻る決まりになっておるから大丈夫じゃ。じゃが、魔族は元から魔族じゃから、浄化しても魔族のままで力が弱まるだけじゃ」
アルフォンスが、
「オットー侯爵が本当に魔族を使役する連中と繋がっている場合、魔族はどう倒せばいい? 魂だけの存在だから不滅だと言ったな。だとしたら、俺たちは手も足も出ないぞ」
「魔族の使役者を叩け。使役者がいなければ、この世界に干渉することはできぬ。それか、聖属性の魔法や神力を浴びせることじゃが、汝ら人間には神力は扱えぬし、ここには聖女もおらぬ。対処と言ってもそこの精霊使いが聖属性の精霊を召喚するのが関の山じゃろう」
「聖属性の……精霊、喚ぶの大変……」
「そこは頑張れ」
モーリッツはヴェンデルガルトに足で小突かれた。
私の体ではしたない真似よしてください。
モーリッツは、
「魔族の力で、……魔術師の心、体……操る。これなら、……あまりお金使わないで……見つからないで……捕まえられる……。精霊の……力なら、……遠隔地からでも大地と空があれば、魔法を届けさせることができる……。多分、魔族も……同じことできる」
操られた魔術師たちはなんらかの方法でオットーの領地に行き、そこから国内に魔族の力で呪いをばらまくわけだ。確かにこれなら、安上がりだし、諜報機関も失踪者の足取りは掴みづらいかもしれない。
私たちが話していると、嬉々としたロヴィナと渋い顔をしているニアが入ってきた。
私がマナーの悪さに呆れながら、
「ノックくらいしたらいかがですの」
「それより、リーゼロッテ様! ニアに豊穣の舞を教えてもらってくれよ。これで一発俺の国をドカンと救ってくれよ」
ロヴィナは国が不作の理由を知らないのですわよね……。ということは、クララ王妃は伝えていないのですわよね。私たちから伝えるわけには生きませんわね。
『リーゼロッテ。妾が豊穣神に交渉しに行っていると適当に言って、踊りだけ習え。豊穣神との交渉が終わったら、神を降ろしてしっかり国を豊壌させると言えばいい。時間稼ぎにはなろう』
私はその通りにいうと、ロヴィナは、
「豊穣神ってケチなやつなんだな!」
『神側の事情も知らずに』
ヴェンデルガルトは少し怒ったみたいだ。
『神様も大変なんだね』
『妾は戦女神じゃから、あまり気にせずともよいのじゃが、豊穣ともなると世界や森羅万象との兼ね合いがあるのじゃ。めったらやったら加護をばらまいたら世界のバランスを崩しかねぬ』
それは大変だ。
『妾は一度、天へと戻る。お主が踊りを習っているところにいても楽しくないからの』
ロヴィナとニアに連れてこられたのは歌舞魔法の練習場だ。多くの人が踊りながら、魔法を発動させている。
ロヴィナが、
「おい、これからリーゼロッテ様が踊りの練習するんだよ! お前たちはどっか行けよ! 殺されるぞ」
「殺しませんわよ!」
腐っても王子の命令だから、皆、蜘蛛の子散らすようにどっか行っちゃった。
ロヴィナが、
「ニアはこうみえても歌舞魔術師団の若手の中でも優秀なんだぜ」
「伯爵令嬢でもある私が庶民のあんたに直々に教えてあげるんだから、感謝しなさいよ!」
「伯爵令嬢であるニア様に直接、教えていただけること感謝いたしますわ」
私は貴族様に感謝しなさいと言われたので、素直に感謝をした。貴族様のご催促であれば仕方がない。
「あんた、素直よね」
余計なトラブルを発生させないための処世術だよ。
こびてくる犬をボコる奴いないのと一緒だ。
ニアに豊穣の踊りを教えてもらったが、私はすぐに振りつけを覚えてしまった。あとは発動させるだけなのだが、私はわざと発動させない。
「ちょっと、あんた、動作に魔力を込めてないでしょ。発動してないわよ」
「豊穣神はまだ降りることができないし、豊穣をもたらせないとヴェンデルガルトを通して言ってきましたから、込めてませんわ。無意味ですもの」
豊穣神はそんなこと言っていないが、今、呪いの影響で豊穣の踊りを舞ったところで本当に意味はないのだ。
ニアは私に教えるものがなくなったタイミングで男の子がやって来た。この城の小姓か。
ニアに向かって、
「姉ちゃん!」
「テオ! 仕事は!」
「休憩だよ」
私はニアとテオを見比べて、
「弟がいたんですの。あまり似てませんわね」
「あんただって、私の弟に試合の時会ったじゃない」
「? 覚えてませんわ」
「なんでよ」
「トランス状態の時……。そういえば、……よくわかりませんわね」
「本当にトランス状態の時のこと何も覚えていないの?」
「トランス状態が深くなると、私の意識は遠くに行き、肉体と意識をヴェンデルガルトと共有します。だからか、覚えていないものもありますわ」
「ねぇ、自分の体が何かにとられるって怖くないの?」
「ヴェンデルガルトですから、恐くはありませんわ。それ以外なら怖いでしょうけれど」
踊りの練習を見るのにすっかり飽きていたロヴィナが、
「外に行こうぜ! 俺が案内してやるよ」
強引にロヴィナは私の手を引き、歩き出した。
「ちょっと……それなら、アルフォンスに言わなければ……」
「大丈夫だって。すぐ戻るからさ。町を案内してやるよ」
「王子! 私もお供します」
「僕も行く!」
私は半ば強引に城の外へと連れ出されてしまった。




