クララ王妃との謁見
アール王国を治める王族たちが暮らすラインヴァイス城自体そんなに大きくないから、謁見の間もやっぱり大きくない。
貴族たちのほうも謁見の間の左右のスペースにギュウギュウ詰めに整列している。
内装もグランツ王国のほうが豪華だったし。国力の差ってすごいわね。
貴族たちは私たちのことを好奇に満ちた瞳で見ている。女神を降ろした娘がどのような娘か気になると言ったところか。
王座には黒髪が美しい中年の女性が座っている。柔和そうな顔をした温和な雰囲気の女性だ。もちろん、ロヴィナ王子の母親クララ王妃陛下だ。
遠目からでもわかるが、ロヴィナはクララ王妃似だ。
王族たちはおそらく王座の左側が定位置らしく、その場所に王子らしく着飾ったロヴィナが控えている。
ギャンブルで負けて、べそかきながらアルフォンスに金をせびった姿を知っているだけに同一人物とは思えないな。
そう思っていたら、ロヴィナはあくびしちゃってるよ。同一人物だった。
私たちは私たちの中でもっとも身分が高いカスパー(といっても彼の身分は騎士であって貴族じゃないけどね)を先頭に、クララ王妃の前へと歩いていく。
モーリッツは緊張気味なのかお腹を抑えているし、ヒルデベルトは周囲を見回して、「あの人変なはげ……」瞬間、アルフォンスに口を塞がれた。
私は過去にアンブロス家が住まう城に訪れた客人に父上とともに謁見していたことを思い出しながら歩いていた。
その時の私は領主の娘として父の左側に控えていたっけ。
今や庶民として謁見してもらう立場になるとはね。
私たちは王座の前に立ち、頭を下げた。
アルフォンスがヒルデベルトの頭を押さえつけて、下げさせた。
クララ王妃が慣例に則り、
「面を上げなさい」
慣例に則り面を上げた。
「まずはロヴィナをここまで連れてきたことに礼を言おう」
「ありがたきお言葉」
カスパーが答える。
「リーゼロッテよ。あなたはアンブロス家の長子であり、貴族籍を除籍された。そして、ロヴィナから歌舞魔術を伝授されたとのこと真であるか」
「真でございます」
貴族たちのざわめきが謁見の間に響く。
歌舞魔術ってそんなにすごいのかな……。
付き合ってくれているヴェンデルガルトが、
『刃をふるい、歌い、踊る。この3つの動作を同時にこなすことで、攻撃と回復とバフもしくはデバフの3つを同時に行えるのじゃ。他国の連中にしてみれば、歌い踊りながら戦う奇妙な一団にしか見えぬじゃろうが弱いわけがないぞ。自国に秘しておきたい理由もわかろう』
なるほど。
クララ王妃が、
「レーヌの町を救うためには仕方なきこと。これによりロヴィナ王子の命が救われたのも事実。通常であれば、秘術の流失を防ぐために罰を与えるところであるが、この王宮に仕えることで不問としよう」
私が答える前に、中年の男が叫んだ。
「クララ王妃よ! 随分と生ぬるいではないか!」
「オットー侯爵!」
オットー侯爵はオールバックヘアの金髪の男で、鷲鼻。理想的な悪役面だ。
アルフォンスが小声で、私に、
「あのジジイがロヴィナと王位継承権を争っているんだ」
なるほど。
デメルングは軟禁されながらも国内情勢とか色々と調査していたらしい。どうやって部屋を抜け出したのか。さすがだ。
オットーは言葉を続けた。
「本当に、その小娘が歌舞魔術を使えるかどうかわかりませんぞ! ロヴィナ王子がその娘を王宮につれてくるための口実を作ったのではあるまいか」
「酷いよ、叔父さん! リーゼロッテ様の力は本物なんだ! 彼女に豊穣の舞を踊ってもらえば、長年続くこの国の不作もきっと解消される!」
「この国にも優秀な歌舞魔術の使い手はごまんとおりますぞ!」
「そうだけどさ、ずっと不作続きじゃないか! 最近だと、歌舞魔術師団への国民の非難がすごいだろ! 魔術師団の皆は本当はすごい魔術師たちなのに、散々な言われようなんだぜ!」
「存じておりますが、それは結果を出せていないからでしょう! 我が国の優秀な魔術師たちができなかったことをそこの小娘ができるとは到底思えませんな! 神を呼んだ踊り手も随分昔に出たっきりです。現代では神は我々人のために降りぬのです! しかも、他国の小娘に降りるはずがありません。寝すぎて起きても夢を見ているんじゃありますまいか。ハハハ」
オットーはロヴィナを馬鹿にするように笑うと、一部の貴族たちもそれに同調するように笑い出した。
クララ王妃は表立って感情を出さないようにしていたが、悔しさや不快感はあるのか拳をかすかに握ったように見えた。
ヴェンデルガルトが面白くなさそうに、
『神の国からだと確認できぬから、国籍で判断はせぬぞ』
ロヴィナは悔しそうに唇を噛んでいる。
このままやり込められるのも面白くありませんわね。彼には歌舞魔術を教えてもらったという恩がありますし、一緒に命をかけて戦った友ですし。
私はクララ王妃に向かって、不敵に微笑んだ。
「陛下。オットー侯爵様の言葉ももっともでございます。私は戦女神を降ろす者。皆様にぜひともその力をお見せいたしとうございます。つきましてはアール王国の手練れの方々と試合をさせてください」
『ヴェンデルガルト、協力してくれるよね?』
『もちろんじゃ。じゃなければ、危険じゃ』
『大丈夫だよ。私だって頑張ってるもん』
『じゃから、危険なのじゃ』
?
ロヴィナが興奮気味に、
「あんた、最高じゃねーか! それで、リーゼロッテ様が勝ったら、豊穣の踊りおどってもらって、豊穣の神様降ろしてもらおうぜ! これで、不作王国脱出だ!」
『豊穣もたらせるかな……』
『お主ならできよう。妾も豊穣神に頭を下げよう。じゃが、何か別に原因があれば、豊穣神やお主の踊りでも解決できぬぞ』
クララ王妃が私に念押しをした。
「本当にそれでよろしいか? 我が国は小国なれど精鋭が揃っている」
「承知の上でございます。なにとぞ手練れの方たちと試合を行わせてくださいませ」
「あい、わかった。至急、試合の準備を。そちたちは下がってよい」
私たちが下がったあと、謁見の間では貴族と王妃が何かを言葉をかわしたようだ。
私たちは部屋に案内されると、メイドさんがお茶菓子とお茶を持ってきてくれた。
ヒルデベルトがメイドさんに厚かましくも、「僕とモーリッツはジュースがいい」とせがんでいる。
モーリッツは早速、お菓子を頬張っている。
スヴェンがメイドがジュースを置いて部屋を出たのを確認してから、
「何年も国全土で不作が続いて、豊穣の魔法も効果がない。そんな状況下なので、王室への支持は落ち、オットー侯爵を王位に推す声が高まり、貴族の多くがオットー侯爵を支持してるですよ」
「ロヴィナが他国に勝手に家出したことも拍車をかけている。正直、オットー侯爵は年だが、国を平気で見捨てるようなやつより数段いいと民衆や貴族たちからは思われている」
アルフォンスも言った。
私が首を傾げながら、
「ですが、クララ王妃は侯爵にも息子にも王位継承を許していませんわ。まぁ、ロヴィナが王位につけないのは貴族たちの支持が足りないことが理由でしょうが」
「そうだ。だが、クララ王妃自身の統治手腕は悪くないため、争いが激化するよりはという理由で、今の状況を貴族の多くが許容している状態だ」
モーリッツが私の服の裾を含んだ。
「精霊に……、聞いてみる」
「できますの?」
「……うん。でも、土の、上じゃなきゃ」
私は立ち上がり、部屋の外に控えていた兵士に、
「私たち、庭へ散歩がしたいのですが……」
「かしこまりました。ただ、兵士をつけさせていただきます」
「では、皆様とご一緒にお散歩ですわね」
王室の庭とはいえ、結構なスペースに野菜が植えられている。だが、これで王宮の野菜を賄うことは当たり前だができない。苦肉の策といったところか。
庭でモーリッツは精霊を出現させ、地面に触れた。彼の周囲が光の玉で覆われている。光の玉はよくわからない形をした半透明の生命体になる。
驚愕する兵士たちに、アルフォンスが動揺させないために、
「あれはモニョモニョ」
「モケモケです」スヴェンがすかさず訂正する。
「失礼。モケモケという異国の秘術だ。……彼はモケモケと対話をするのが日課だ」
「さ、さようですか」
兵士たちは恐怖や動揺のあまり怯えながらも言った。
ロヴィナの友達を無下に扱うなと命令されているから、攻撃してくるようなアクションや暴言はしないが露骨に怯えている。
モーリッツは体をゆっくりと左右に揺らめかせながら、
「今、大地……と、話してる」
おそらく大地の精霊と話をしているのだろう。普通に地面と話していたら、単なる変人だし。
「……もっと話す」
そう言うと、モーリッツは地面にうつ伏せに寝転んで、そのまま眠ってしまった。あ、精霊と話をしていても変人だったや。
私たちは花とか野菜を眺めること5分ほどして、モーリッツは起き上がり、光を消して、
「謎、……解けた」
お前、どこの探偵だよ。
部屋に戻ると、モーリッツは私の服の裾を掴んで、
「……誰かが、不作にしてる。土地の力を……わざと抑えてる。精霊たち、妖精たち、困ってる。豊穣を願う……魔力だけ、土地溜まってる」
「呪いの類か。それくらいの推理ならアール王国側もできているはずだから、ある程度の調べはついているだろう。ということは、特定できていないのは犯人だな」
アルフォンスは腕を組んだ。
スヴェンが、
「相手は足がつかないように巧妙に魔法を使っているのでしょうね」
「王国全土を不作にする場合、犯人は王国全土に魔術師たちを各土地に毎年、派遣して不作の呪いをかけているはずだ。かなりの資金力がなければできないことを考えると犯人はロヴィナ王子のライバルであるオットー侯爵が濃厚だろうがな……」
国内が不安定になってクララ王妃が失脚して一番喜ぶのがオットー侯爵だからだし、侯爵だから当然、それだけの資金力もある。
だが、何年も自領ですら不作にしているのであれば、自分の首すら締めていることになるからとんでもないドMの鬼畜野郎だ。
「証拠がないのでは手も足も出せませんわね」私がため息を吐いた。
「大規模に動いているはずだから、証拠は簡単に掴めそうだがな」
「なにか別の方法で魔法をかけてるのかもですね」
「どんな方法だ?……」
アルフォンスとスヴェンはすっかり考えこんでしまった。
二人の思考を邪魔しないように、誰もが静かに過ごしていたら、ドアがノックされた。
執事が入ってきて告げた。
「試合の準備が整いました」
試合会場は普段、兵士たちの訓練場になっている。その場所で、模擬試合用の木剣を持って突っ立っていたのはニア一人だった。
ハァ!?
もしかして、あの子と戦うの!?
驚いた。
「あの子、そんなに強いの? 楽しみだなー」
ヒルデベルトが興味津々に言った。
『人は見かけによらないね』
『妾の見立てでは見かけ通りじゃぞ……。リーゼロッテ、剣を捨てよ。あの娘のためにも剣など不要ぞ』
私がヴェンデルガルトに言うと、渋い顔で答えた。
『そんな失礼なことできないよー。ハハ』
もう女神様だから人間の礼儀知らないんだから。
私も模擬試合用の木剣を持ち、構えてみたり振ってみたりと準備していると、ロヴィナが顔を真っ赤にしながら叫んだ。
「ぅおい! どういうことだよ!」
何事だろう。




