激戦
二日目に現れた魔物はオーガと呼ばれる巨大な鬼のような化け物の群れだった。
オーガにはオーガロードやオーガキングなどと位があり、運の悪いことに出現したのはオーガロードの群れだ。
オーガロードは身長が三メートルもある。そんなデカブツが十体ほどいる。
とてもじゃないが、人間が束になっても敵う相手ではないが逃げる場所はない。
虐殺されるのを待つしかない最悪の状況下で、カスパーもモーリッツもロヴィナも諦めることなく戦っている。
そのおかげで、街の奥まではオーガロードたちは雪崩こんでいない。これなら、こいつらさえ倒してしまえれば聖女が来るまでは持ちこたえることができるはずだ。
朝まで戦っていたアルフォンスが出ようとしたので、私は止めた。
「あなたは体力と魔力の回復と手の平の魔力の凝縮に力を注いで! 必ず夜になるまで戦線を守ってみせます!」
魔法は精神的にも疲れてしまう。精神疲労がたまると魔法の発動率や威力が下がってしまう。アルフォンスは大切な戦力だからこそ温存する必要があった。
彼がここで出てしまい魔力と集中力が枯渇してしまったら、夜に魔物を倒す魔法使いがいなくなってしまう。
それでは本当に全滅してしまう。
今だって、全滅の縁に立たされているが、この状況を生き延びた場合の生き残る方法も重要なのだ。
彼自身もそれをわかっているからこそ歯がゆそうにしながらも町の人々と一緒に避難していく。
私は剣を手にとって、踊りながらオーガロードへと切り込む。
傷ついた皆を回復させるために、回復の舞いを踊りながら戦おうとしたが、声が囁く。
それではないと言う。
だが、皆を回復させなければいけない。
なら、声は歌えという。
私は困惑したが、体が勝手に動いていた。
踊りながら、オーガロードに斬りかかることで、オーガロードの力を吸収し、弱体化させ、逆に私がバフされていく。
だが、充分にバフをされていなかった私はオーガロードの攻撃を避けきれず、巨大な拳で思いっきり全身を殴られた。
衝撃で空高く放り出される。体中が痛いが、空中でも私は弧を描きながら踊っていた。体が勝手に動くのだ。
これには私も驚いた。
そして、私が吸収したオーガロードの魔の生命力を紅蓮の炎に変えて、刀身にまとわせ、オーガロードめがけて落下する。
オーガロード一体に深いダメージを与えるも致命傷ではなく、トドメはさせない。だが、黒い血が吹き出す。
私の体は黒い血で汚れるが、その黒い血にこもった生命力を私は根こそぎ吸収した。
その傷口めがけて、カスパーが魔力のこもった槍の一撃を見舞った。彼の必殺技だ。
ようやくオーガロードが倒れこむ。
モーリッツはこれ以上魔物が町に入り込めないように、精霊たちで穴の空いた部分を塞いでいて、攻防に手が回りそうにない。
私が吸収したオーガロードの生命力は先ほど使い果たしてしまったが、彼女が現れた。
肌が透けて見えそうなくらいに薄い衣に身を包んでおり、盛っていた箱を開けた。
箱から昨日渡しが吸収した魔の生命力が溢れてきて、再び私に吸収された。
魔は女神の力で別の力へと変換されているらしい。これがなんなのかよくわからないけれど、今はそんなこと気にしていられない。
体に力がみなぎってくる。
これで戦えるわ。
私は彼女が誰なのか全くわからないけれど、悪い存在ではないだろう。
いつの間にか一晩中戦っていたヒルデベルトが戻ってきて、目の下にくまを作りながらも魔法剣を振り回している。眠そうにはしているが、しっかりとした動きだ。
カスパーはオーガロードに一撃を加えることはできずとも攻撃を避けきっている。
スヴェンが出てきて、変身した。全身が緑色の鱗に覆われ、鳥の羽が生えた醜い獣人。
魔法協会の非合法な実験により、彼はキメラ兵器へと改造されたのだが、失敗作として殺されそうになったところを命からがら脱出し、アルフォンスと出会う。
キメラ兵器なだけあって、ようやくオーガロードに一撃を与えるが、ダメージは大きくない。
ゲームではスヴェンの攻撃を食らったキャラは高確率で戦闘不能になったんだけれど、まぁ、キャラクターは人間だし。
それに、オーガロードはとにかく固いのだ。ゲームにもボスとして登場したが、とにかく固かった。
デメルングの面々はオーガロードの攻撃を避けつつ、侵攻を防いでいる。それが精一杯だし、現状、彼らが行える市民を守るための唯一の最善手だ。
デメルングの面々は乙女ゲームの完全やられキャラとはいえ、本当に強い。
普通なら、その最善手を取ることも逃げることもできずに死んでいるのだ。
それが普通だからこそ、多くの兵士たちの死骸が転がっている。オーガロードに踏み潰された者もいる。なんて惨たらしいのかしら。
私は回復の歌を歌いながら、周囲の仲間たちを回復しつつ、踊りながら、オーガロードに切り込んでいく。
魔の生命力を吸収するいわゆるドレインの踊りはオーガロードを傷つけなければ、吸収できない。
僅かな傷さえつければ、私は少しであろうと強化されるし、オーガロードは弱っていく。
弱らせ続ければ、デメルングの面々でも倒せるようになる。
今度はオーガロードに吹き飛ばされないように慎重にいかなければと思っていたら、彼女が私に降りてきた。
彼女の意識と私の意識と身体が重なる。
体が軽い。綿あめにでもなってしまったようだ。
オーガロードの攻撃をひょいひょい避けれてしまう。
私の体を使って彼女が叫んだ。
「我こそは剣舞の戦女神ヴェンデルガルトなり。この戦場に勝利をもたらさん! 兵士たちよ、我に続け!」
見た目露出狂のお姉ちゃんみたいなのに、なんて凛とした声なのだろう。
私は私の体を眺めている感じでありながら、しっかりと動いているという不思議な感覚を味わっていた。
私は自分の体が半分他人の物になったような不思議な感覚を味わいながら、共に戦っていく。
魔物を斬りつける度にバフされていくから、私一人だけでもいつの間にかオーガロードと互角に戦えるようになっていた。
オーガロードの腕や足に深手を与え、動きを阻害する。そこに、カスパーとヒルデベルトが斬り込んでとどめを刺していく。
他の兵士たちはオーガロード以外の魔物と戦っていた。ロヴィナもバフに必死だ。
全てのオーガロードを倒しきったのは夕方になった頃。
ヴェンデルガルトは再び私が吸収した魔を箱に収め、天高く行ってしまった。
魔物の襲来は収まらないのだが、オーガロードに比べれば弱い魔物の群れだ。これなら、夜の部は朝よりは酷くならないだろう。
町に魔物の侵入を防いできたモーリッツは完全に体力がなくなり、気を失ってしまった。カスパーが背負う。
カスパーは苦渋の表情で、
「多くの兵士たちが死んでしまった。戦いが長引けば危険だ」
「聖女は早ければ明後日には来ますわ」
「なんとか耐えないとな……」
魔物の群れから町の人々を連れて逃げるのは無理だからこそ、町に籠城したが、多くの兵士たちを失った今、長い時間を耐えることもできない。
元から長い時間耐えるつもりはないのだが、いつ崩壊してもおかしくないくらいまでには私たちは深手を負った。
ボロボロになったヒルデガルドが私に向かって、
「リーゼロッテは疲れてないの?」
「疲れてませんわ。ヴェンデルガルトの神の力を浴びたらそういうの消えていきますの」
「誰それ? 朝も叫んでたよね」
「そうですわね。実は私もよくわかりませんわ」
あぁ、そうか。
ヴェンデルガルトは魔物から吸収したエネルギーを神の力に変換した。それで私は自分をバフしたり、攻撃のために放出していた、気がする。
私は町へと一旦戻った。
被害は甚大で、死した兵士たちが町の外に転がっている。魔物との防衛で兵士たちを運び葬る余裕が今はない。申し訳ない気持ちになる。
ロヴィナの指はハープの弾きすぎで血まみれだ。神官は全員、魔力枯渇及び疲労がたまり回復魔法を使えそうにない。
私は軽く踊って、彼の指の傷を癒やした。
彼は真剣な表情で、
「ヴェンデルガルト様はアール王国において重要な神の一人だ」
「そうですの。肌が透けそうなくらい薄いひらひらの服を来ていたエロいお姉ちゃんでしたわよ。とても重要な女神とは思えませんわね」
「そ、そうなのか? で、でもさ、エロくても俺の国じゃ歌舞魔術を踊り手たちに伝授したとされてるんだ」
ロヴィナがエロイの部分に興味を示し、生唾を飲みこんだが、すぐに気を取り直し、
「あんたは神を降ろしたんだな。まさかここまでの踊り手がいるとは……」
ロヴィナが驚嘆していると、市長のデニスが半泣きのような表情でやって来た。
「リーゼロッテ様!」
あら、とても面倒そうですわね。




