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前世を思い出し、恋を捨てました

  スタンジェル学園は王都エーヴィヒ郊外の自然豊かな場所にあり、月曜日には朝礼が行われるのが恒例となっていた。


 学園で暮らす貴族の子女たちの多くが講堂へと向かっていく。

 私、高等部2年のリーゼロッテ・フューラー・アンブロスもそのうちの一人として、木々に囲まれた石畳の道を歩いていく。


 誰かが、「見たことがない鳥がいる!」と空を指さしているが、なんておめでたいのでしょう。鳥ごときで……。


 そんなことよりも、生徒たちの中に、王太子のテオバルト様と、聖なる力に目覚めたマーヤがいないことのほうが大問題ですわ。


 テオバルト様に密かな恋心を抱く私としては、当然のようにさりげなく周囲を見回し、二人を探した。

 二人は仲が良いのだが、正直、マーヤがテオバルト様の恋人にふさわしくありません!

 私のほうが絶対に絶対にふさわしいのに……。なのに、テオバルト様はマーヤに夢中なのよ。悔しい。悔しい!


 朝礼の最初はいつもなら、学園長がスピーチをするのに、今日はテオバルト様が壇上に上がった。付き従うようにマーヤも壇上に上がった。


 今日は生徒会長のスピーチがあった日だったかしら?


「リーゼロッテ! 今すぐ壇上へと上がってきてもらおう! 生徒会長としてではなくて、王太子としての命令だ!」

 テオバルトが怒りのこもった声で叫んだ。


 あら? あれ? なんか知ってるぞ、このシーン。スチルで見た。 

 そうか。

 ここは前世でプレイしていた乙女ゲームの舞台と同じ世界だ!


 前世の私は女子高生の咲家芽衣子で、この世界を舞台にした乙女ゲーム『輝きの聖女と黄金の王子』をやり込みまくっていた。


 今の私の頭の中には、侯爵令嬢リーゼロッテと咲家芽衣子の二人がいて、混乱しているけれど、どんどん内なる芽衣子が強くなっていく。


 このタイミングで前世を鮮明に思い出すかね?

 動揺しすぎて鼓動がうるさい。


 リーゼロッテは王太子に恋焦がれていた。そして、貴族として富士山よりも高い誇りを持っていた。

 しかし、前世を思い出した途端、リーゼロッテが持つ貴族令嬢としてのプライドも、テオバルトへの恋心が吹き飛んでいた。

 もうここには貴族令嬢の体を持った咲家芽衣子しかいないのだ。


 命令には逆らえないから、怒りの表情を浮かべる王太子がいる壇上へと、私は

ゆっくりと向かっていく。


 壇上には、私の異母弟セバスチャンと乙女ゲームの主役のマーヤもいる。


 学園は貴族の子女たちが集まる全寮制の寄宿舎という設定だが、乙女ゲームでは聖なる力に目覚めたマーヤが特例として、学園へと入学する。

 立派な聖女となるべく他の貴族の子女たちとともに学びつつ、学友との恋愛に励むことになる。


 立派な聖女にならなければいけない少女が、なぜ貴族たちの学校に入学するのかという疑問が湧き上がるが、人脈作りやマナー教育が理由なのだろう。


 全校生徒も教師たちも、息を呑んで、歩く私を見つめる。


 私は壇上のテオバルトを見つめた。自信に満ちた端正な顔立ちをしている。

 彼はメイン攻略キャラで、金髪碧眼の正統派美男子だ。自信満々に振る舞うが、実は小心者という設定だ。


 そして、私の義弟のセバスチャンである。私、リーゼロッテの実母は幼い頃に亡くなり、その後妻の息子だ。今は中等部に所属している。

 柔らかな亜麻色の髪に、緑色の瞳の童顔。ショタ好き向けの攻略キャラだ。


 最後に、私、リーゼロッテはテオバルトに密かに恋心を抱き、マーヤに事あるごとにキツイ言動をするという悪役令嬢役だ。

 見た目も悪役令嬢らしく、ウェーブした長い黒髪に、気が強そうなつり上がった紫色の目。服も紫を基調にしていて、実に悪役らしい容姿だ。


 私は壇上へと上がる。

 ここは舞台なのだと思ったら、自然とスイッチが入った。

 芽衣子時代の時もそうだった。


 懐かしいな。小さな劇場だったけど、名前つきの役で舞台に上がった時のこと。


 私は鷹が獲物に狙いを定めるように、静かにテオバルトを見据える。

 私だって、この状況に動揺はしているのだ。だが、スイッチがオフになってしまえば、動揺も芽衣子も消えるのだ。


 テオバルトが怒りを含んだ声で声を上げる。

「リーゼロッテ・フューラー・アンブロス! 貴様は聖女マーヤに様々な暴言を吐いてきた! マーヤはとても傷ついているぞ! 謝罪してもらおう」


 原作のリーゼロッテは片思いをしていたテオバルトに叱責されて、ショックを受ける。そして、泣きながら講堂を走り出て、行方不明になる。

 どこに行方をくらませたかというと、聖女マーヤを狙ったり国家転覆を企む悪の組織デメルングに誘拐され、洗脳されていたのだ。


 戻ってきたリーゼロッテは、洗脳状態で主人公たちに襲いかかり、見事お約束の返り討ち。無事、修道院送りにされてしまった。


 だが、ここにいるのはそんな小娘ではない。


 原作通りに行動して、悪の組織に誘拐されてたまるか。

 テオバルトに叱責されたくらいでショックなど微塵も感じない。


 ここにいるのは、テオバルトへの恋心が吹き飛び、理不尽な断罪をはねのける強いリーゼロッテだからだ。


 目の前にいるのは王太子にして生徒会長のテオバルトでしかないのだ。


 私は背筋をピンっと立てて、高笑いをした。

「まぁ、暴言ですって!? 廊下を走っていたから、廊下を走るな。食事の時に音を立てていたから、淑女なら音を立ててはいけない。猫背にしていたから、常に背筋を伸ばさなければいけない。大股で歩いてはいけない、そういう淑女としての基本的なマナーを、教えて差し上げただけですわ」


 テオバルトは反論されると思っていなかったのか、鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔で驚いている。


 いつも自信満々に振る舞っている君なのに、私から反撃されてさすがに驚いてくれたわね。


 私は目を細めながら不敵に微笑み、下から王太子の顔を覗きこんだ。

「まぁ、テオバルト様ったら、食事の時に音を立てて、猫背で大股で太ももを誰にでも見せながら歩くような下品な女が好きなんですの? 将来は王となって、王妃とともに国を従える方なのですから、それなりにマナーが行き届いた女を選んだほうがいいですわよ。悪趣味さん」


 この私の言葉に、講堂内は騒然となった。

 あのね、誘拐されて洗脳されて返り討ちされるより言いたいこと言って、処刑されたほうがマシよ。


 そうはいっても、テオバルトはこれ以上の行動はできないよ。

 だって、常に誰に対しても自信満々に振る舞うのは、本当はいつも根はビクビクオドオドしている小心者という本性の裏返しだから。


 ゲームでのこいつの小心者加減に、私はうんざりしていたのだ。もっと堂々としろと。

 聖女一人の言動でいちいち自信を持ったり、自信を失ったりするな。自分の価値を他人に委ねすぎるなと思っていた。


 だから、ごまんとお前に言ってやろうじゃないか。

 不敬罪とかなんとかで、捕まって処刑されるかもしれないけどね。


 テオバルトは動揺して、言葉が出てこないようだった。

 そうだろうな。

 リーゼロッテは気位が高い性格だし、大勢の前で叱責されて泣きながら走って逃げ出すとでも思っていたのだろう。正解だ。原作のゲームではね。


 マーヤもびっくりして、言葉が出ないようで口が半開きになっている。人前で長々と歯を見せるなんて、はしたないわよ。

 彼女もまた、テオバルトの言葉に、私がショックを受けるとでも思ったのだろう。


 今度は義理の弟のセバスチャンが口を開いた。

「姉上! あなたは聖女マーヤ様を傷つけ、王太子テオバルト様の怒りを買いました。そんな人間は、アンブロス家にふさわしくないと母上はあなたを勘当するとの仰せです」


「そうですか」

 私はだろうなという感じで、やはりショックを受けない。

 セバスチャンは言葉を続ける。

「母上は、あなたを貴族籍からも除籍をしたそうです」


 この世界は長子相続なのだ。

 だから、長女の私がいると、セバスチャンは家督を継げない。それを義母は面白くないわけだ。

 私の父は今、病で臥せっているから、義母も根回しし放題で私を排除しようと行動を起こしたわけだ。


 随分と根回しが良いわね。

 それはともかく、これによって、私は完全なる庶民だ。

 ということは、この学園にもいられない。


 セバスチャンの瞳には、私が排除できたことに対する喜びが宿っていた。良かったわね。そんなに私が邪魔だったんだ。


 少しだけ、傷ついた。


 学園の生徒や教師たちからは、ざわめきが起こった。


 テオバルトは拳を強く握った。強い動揺を隠す時の彼のクセだ。

 自分の行動により、私が貴族籍から除籍されたことに、驚きを受けたのかもしれない。


 周囲には王太子として、威厳あるところを見せたいと、自信家に振る舞うけれど。根が小心者だから、内心の動揺も大きいんだろうな。

 その証拠に唇が、少しだけ震えている。


 もうちょっと感情を内に抑えたほうがいいわよ。王になったら、感情を見透かされて部下や他国との交渉で足をすくわれるかもしれないから。


 テオバルトがざわつく生徒たちに向かって、顔を赤くしながら、

「うるさいぞ! 外野の分際で!」

 外野たちに断罪ショーを見せたかったのは、あなたたちだろう。


 教師たちはたじろぎながら、生徒たちを静かにさせようと声をかけ始めた。


 私は王太子に向かって、

「女の趣味が悪い王太子殿下。もうよろしいかしら? 失礼」

 言い捨てると、背を向けて歩き出し、壇上から降りた。


 あー、ちょっと緊張した。大勢の前に立つのは久しぶりだったから。

 でも、うまくやれた。

 演じることには慣れている。


 原作では、泣きながら講堂を出たリーゼロッテは悪の組織デメルングに誘拐される。

 私がこのまま一人で廊下を出ると、誘拐されるかもしれないから、担任のエメリヒ先生に声をかけた。

「先生。悪いですけれど、大事なお話がありますわ。今すぐ一緒に来てください」

 エメリヒ先生はカクカクと何が起こったのか理解がまだ追いつかないという様子で頷いた。


 もう庶民の私はこの学園にはいられない。

 家族なし、家なし、身分なし、金なし。

 なんにもないけれど、自由と時間だけはある。


 さて、何をしよう。


 ふと、廊下を歩いていると、視線を感じた。

 窓の外を見ると、不思議なブルーシルバーの体毛で覆われた、珍しい鳥が木に止まっていて、目があった気がした。

 ブルーシルバーという美しい色はゲームでも見覚えがあり、懐かしくなった。でも、ゲームではこの鳥は一切登場しない。

読んでくださってありがとうございます。


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