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7話「現代の魔法使い」


「ゴールデンウィーク初日だって言うのに、自習かい? 大黒おおぐろちゃんは熱心だねぇ」

「他にやることがないだけですよ」


 連休初日、私は守衛室にいた。学校の水属性魔法実験室の鍵を借りに来ていたのだ。


「魔法が好きなんだね。でも危ない事はダメだからね?」


 できるだけ愛想良く溌剌はつらつと、「わかりました!」って返すと、おじいちゃん先生はにっこり笑って鍵をくれた。


「何時くらいまで使うんだい?」

「お昼には返しに来ます」

「わかったよ、気をつけてね」

「ありがとうございます」


 おじいちゃん先生に頭を下げてから、守衛室を後にした。

 連休初日から学校にいる生徒なんてほとんどいない。いても部活生くらいなものだ。

 部室棟は研究所塔とは別に建っているから、廊下はどこも静かなもので地下1階の水属性魔法実験室に辿り着くまで誰とすれ違うこともなかった。

 実験室の扉は金属で造られている。鍵を刺して回すだけでは開かないこの扉は、鍵づてに魔力を流して初めて扉が開く仕組みだ。


「魔法使い以外用がない部屋とはいえ、入れなくする必要もないだろうに」


 呟いて扉を押し込んだ。

 数年前魔力を持たない生徒が忍び込んで悪戯した末、備品が壊れたとかどうとかの話でこの仕組みが取られたらしい。とは言え、魔力を一定期間保存できるきんで鍵穴を造り、扉を開いた人物の特定までできるようになっていると聞いた時は、さすがに電子錠で良くないか? なんて思ったけど。


「さてと、やりますか」


 今日はカフェでアリシアと修斗から質問責めに会う予定となっている。けどそれは午後から。

 午前のうちは修斗が部活、アリシアは家の手伝いをしているらしく、私には今、執行に猶予がついている状態だった。

 一人で水属性魔法の実験室に来ているのは、それが理由だ。

 因みに莉子は、異能力学科を構えている学校に足を運んで回るらしい。せめてもの偽装工作だとか。


「魔法陣どこに置いてあったっけ?」


 たしか、黒板横の棚の中。

 体育館より一回り天井が低く、小さい部屋の一番奥にその棚はある。

 万が一にも魔法で部屋が吹き飛ばないよう、天井や壁に散りばめられたアルミニウムを眺めながら、奥へと歩みを進めた。


「違うよぉみんなぁ……」

「ん?」


 それは、部屋の真ん中辺り。どう使うのかもわからない大きな機械がずらりと並んでいるその前だった。

 瞼を閉じ切ったまま横たわっており、その女の子はまるで眠っているように見えた。


「……偏心率aパーセント、魔力量bキャロの火属性魔法が発動から30分で消失したんだからぁ、火属性魔法の減衰率cパーセントから8分速く消失してることがわかってぇ……魔力量bキャロの水属性魔法で中和させたって問題文に書いてあるから、水属性魔法の偏心率はaパーセントにはならないよぉ……」

「ね、寝てるんだよね? この人……」


 いやに長い寝言を終えると、寝返りをうつ。硬い床に寝そべっている割に、その表情はとても心地よさそうに見える。


「ていうか、どうやってここに?」


 実験室には間違いなく鍵が掛かってたし、そもそも守衛室に鍵の返却がなされているわけで。

 この人が教師なら全属性の実験室に出入りできる鍵くらい持っていても不思議はないけど、見た目からして同い年くらい。というより2学年ほど上に見える。

 服装もワイシャツに白衣で、学生服じゃない。

 起こすべきか、職員室に戻っておじいちゃん先生に報告するか悩んでいると、灰色の前髪が掛かったその奥、隠れていた紫の瞳がゆっくりと姿を現した。


「……おゃ、客人とは珍しい」


 動揺する素振りもなく身体を起こすと、細い眼が2度3度瞬きを繰り返す。

 私は返す言葉が見つからず、ただその様子を眺めているだけだった。


「初めて見る顔だねぇ、今年度の新入生君かなぁ?」

「は……はい」

「そっかぁ、私に何か用事かな? それとも部活動か何か?」


 起き抜けだからか、ゆったりとして落ち着いた口調をしている。


「部活というか、趣味というか」

「趣味かぁ」


 本当は、今後荒事が起きるかもしれないから、いざって時の自衛手段として魔法の練習に来てるだけなんだけど、そうは言えるわけもない。


「それはとてもいいことだね」


 目をこすってからようやく立ち上がったその人は、近くの椅子を寄せてから腰を下ろした。

 近場にもう一つある椅子に視線を配って、


「なにも立ったまま聞く話をするつもりはないからさ、座るといいさ、君も」

「は、はぁ」


 言われるまま、彼女と向かい合うように座った。

 あんまり和やかな話し方をするので、警戒しているこちらが変とさえ感じてしまう。


「君、名前は?」

「大黒八千代です」

「八千代君だね。名乗るのが遅くなってしまったけれど、私はハイドマッツァニー。この学園で『魔法学概論まほうがくがいろん』の教鞭きょうべんりながら、魔法理論を探求する学者の端くれさ」

「ハイドマッツァニー先生?」


 言葉遣いになまりや不自然さを一切感じないし、顔立ちも日本人のそれだ。

 けれど名前に日本人っぽさはないから、異世界から来た人ってことだよね。

 じゃあ、見た目と年齢も違う長命な種族だったりするのかな。


「まぁ本名は、灰掛松里はいかけまつりなんだけど────」

「やっぱり、日本人だ!」

「面白い反応をするね、君は」


 笑う時でさえ、この人はゆっくりゆったりしていた。


「八千代君は、転生や転移の経験ってあるかい?」

「はい、転生してます」

学園ここでは、多くの子がそう答えるだろうね。でも私は、転移や転生の経験がなくってね」

後天的魔法使こうてんてきまほうつかいなんですか!?」

「ぁぁ、そうさ」


 いくら日常生活に魔法や異能が浸透したとは言え、それらが使用できるのはあくまで転移や転生経験のある人に限られる。

 みんながみんな、魔力やマナと言った魔法的な力を手に入れられるようになったわけではなかった。


「知人に転生者がいてね。今も向こうの世界で生活しているのだが、彼女から異世界の食べ物が送られて来たことがあったんだ。それを口にしてから後天的に魔力が発現したのさ」

「でもそれ、すっごく稀ですよね?」

「そうみたいだね。それでも近年、後天的異能力発現の事例は、増加傾向にあるんだよ。旅行会社が異世界旅行のツアーを組んだり、異世界の食品をメインに取り扱う企業が増えたことに起因きいんしている。もっとも、異世界あっち日本こっちを自由に往来できる珍しい能力の持ち主は稀有けうな存在だから、とんでもない額を取られるけれどね」


 異世界へ旅行したり異世界産の食べ物を食べたからといって、その全員が魔力やマナを発現するわけじゃない。後天的に発現すること自体が稀なんだ。


「話を戻すけれど、魔法探求者の生業は転生や転移経験の有無で見られ方が変わる不思議な世界でね、経験のない私は名前だけでもそれっぽくしているというわけさ」

「そうだったんですか」


 ってことは、やっぱり年齢はそう変わらないんだよね?

 にしても、ずいぶん箔がある話し方をする人だなぁ。


「さて、私の話はこの辺で十分だろう? 君のことも聞かせておくれ、君はなんの研究をしているのかな? ここに来ているからには、今日は水属性魔法に関する研究なのだろう。専門は別属性の魔法ということも」


 さっきまでとは目の輝き方が違うけれど、それでも口調はゆっくりのまま。

 ゆっくり話しながら右手に火球を、左手に水球を瞬く間に出現させて見せた。


「け、研究なんてそんな、私はまだ1学年ですよ? 今日は午前中が空いていたので、水属性魔法の自習に来ただけなんです」

「……そっかぁ」


 これまた瞬きする間に、両手の魔法が霧散した。

 がっかりさせちゃったかな。かと言って、嘘も言えないし。


「それにしても1年生のこの時期から自習とは、とてもいいことだよ。差し出がましくなければ私を使ってみてはどうかな? これでも教師さ、君が望むなら喜んで時間を割こう」

「いいんですか?」


 その提案に迷う必要はなかった。

 ハイドマッツァニー先生は歳が近くて親しみが持てるっていうのもあるけど、この人、なんか見ているだけで和む。


「もちろんだとも、因むが、今日はどこを学習するつもりだったのかな?」

「応用魔法です、適正は火属性なんで火属性魔法は使えるんですけど、他の属性が上手くいかなくて」

「うん、わかった」


 それだけ言って、先生は徐に立ち上がった。


「おそらくそれは、基礎魔法と応用魔法の違いを理解し切れていない可能性が高い。1年生ではよくあることだから、焦る必要はないよ。まずは定義からおさらいしようか」


 黒板の前まで移動した先生は、白いチョークを持ち上げる。


「今日は……午後までだったね」


 相変わらずゆったりとしたペースで右腕に視線を落とすと、「どうやら少し話過ぎてしまったようだ」って笑った。

 ポケットから携帯を取り出して確認してみると、12時まで30分しかなくなっていた。


「もうこんな時間」

「焦る必要はないよ、そう難しい話でもない。12時を告げる鐘が鳴る頃には、君はもう、現代魔法における6属性全てを自由に使えるようになっているはずさ」


 にわかには信じがたい話だったけれど、先生はそんな私の心根も知らず、チョークを走らせた。


「現代魔法における6属性とは、火、水、風、土、氷、電気であり、それぞれ異なった特徴を有しているが、今その話は省かせてもらおう。現代魔法は端的に、『基礎魔法』と『応用魔法』に分けられる。基礎魔法は陣や杖といった魔法的媒体を必要としない(・・・)魔法であり、一人一人の適正属性によって行使できる属性も異なってくる。そこで生まれたのが魔法的媒体を用い、個人の適正に囚われることなく属性魔法を使用できる仕組み、いわゆる応用魔法だね。じゃあ、なぜ応用魔法では、適正のない属性まで使用可能になるのかという話だが────」


 それから鐘が鳴るまでの30分間。授業というより、私と先生は会話をしていた。


「うそ……」


 鐘が鳴ってはっとする。

 私の目の前には水も氷も土も風も、電気でさえ魔法となって現れていた。


「ほらね、難しいことじゃないだろう?」

「は、はい」


 未だに驚きで、視線が手元と先生の顔を行き来している。

 なにせ、特別講義が始まる直前に言っていた通り、私は本当に全属性を使えるようになっていたのだから。


「適正属性以外であっても使用できるということは、魔力に属性を付与する過程、いわゆる『偏心へんしん』の工程を魔法的媒体側に委ねているというそれだけのことなんだ。今回は小皿に刻んだ魔法陣を使ったけれど、そこに各属性への偏心があらかじめ記されていたから、事実上術者は魔力を流すだけで、その才に関わらず魔法が使えたというわけさ」

「これが応用魔法……」


 先生は、「ああそうさ」と相槌してにっこり笑ってみせる。


「おめでとう、君は今、現代魔法使いとして、その深淵を覗くための入り口に立つことができた状態にある。現代魔法は一見して、大よそ体系化されたようにも見えるかもしれないが、まだまだ解明できていないことで溢れている。いつか君が、数多あるそれらの一つでも紐解き、世界に名を馳せるその日が来ることを、私は心待ちにしておくとしよう」

「いやいや、私、魔法研究家になるつもりないですから……」

「そっかぁ……だが私は、君が望む限りまたこうして、魔法学の片鱗へんりんを説いてあげよう」


 そしてもらえるなら私も嬉しいからお礼を口にしようとしたんだけど、ちょうど実験室の扉が開いた。


「八千代ー待たせたぁー」

修斗しゅうと


 鐘が鳴ってからまだ数分。その間に着替えてグランドからここまで来たって速すぎない?


「もう終わったの?」

「ああ、練習が少し速めに終わったんだ」

「そうなんだ、ごめん、ちょっと待って」


 修斗から「はいよー」って返る返事も待たずに、私の視線はまた先生に向いていた。


「どうやらここまでのようだね」

「また、教えてもらっていいですか?」

「無論さ。放課後も休日も私は基本、どこかの研究所にいるから、もしまた会えたのなら今日の続きでも語るとしよう」

「お願いします」

「ああ。ではまた」

「ありがとうございました」


 頭を下げてから、私は修斗が待つ入り口まで駆け寄った。


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