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5話「ユニット結成!」


「で、どういうつもり?」


 問いただすと莉子りこは、近くにあった足がくるくる回るタイプの椅子を引き寄せて座った。


「どういうって、何が?」

「待ち合わせ学校じゃなかったでしょ? そもそも何で私の通ってる学校知ってるのさ?」


 莉子が話だけ聞きながら手をこまねいたから近づくと、唐突に手を握られる。


「な、なに?」

「リンク」


 言われるがままリンクを使うと、次の瞬間には莉子の膝に折りたたむタイプのパソコンが現れる。

 リンゴのロゴが入ってるやつ。


「異能力テロは当然、異能力を使える人間が引き起こす。彼らはもれなく異能力学科のある学校か、異能力研究室、あるいは異能力系企業に所属させられ、その際行う能力診断はデータとして記録してある。そしてアーティストにはそれを閲覧する権利が与えられている」


 向けられたパソコン画面には、私の顔写真と共に、名前や体重、通う学校に能力までありとあらゆる個人情報が事細かに記録されていた。


「抜ける前にこっそりバックデータを取っておいたわけ」

「それ、私が聞いていい話?」

「いんじゃない? 別に。他言しないでしょ?」


 その信頼はなに?


「ていうか人を便利道具みたいに使うな」

「だって持ち歩くの面倒じゃない? 領域が届く範囲内なら呼び寄せた方が楽なわけ」


 折りたたまれて、再びリンゴのロゴと対面した。


「ちなみに、学校に行ったのは念のため。けどあんなことになるなんて正直思わなかったわ」


 椅子から立ち上がって、背もたれを軽く押して転がした。

 カーペットの上を転がって私の前で止まったそれに、「座って」って言われた気がして腰を下ろす。


「変装までしたのになんでバレたわけ?」

「知り合いがいたの。『エキストラ』に所属してるシリカって子がね」


 エキストラって確か、警視庁直下で異能力関係の治安維持組織だったはず。

 ウチの学校にもエキストラ所属の生徒がいるなんて。


「その子の異能、『ショットログ』って言って対象のマナや魔力を可視化して記録できるんだけど、それらから個人を特定できるらしくて、それでバレたっぽい。前に交流会で顔を合わせたことがあったから」

「結構厄介な。ちなみに念のためって?」

「今朝、宮本怜夏みやもとれいかから電話が来たの」


 ノートパソコンを近場の机に置きながらも、視線は窓の外を向いていた。


「アーティストの第2席、だよね」

「そ、なんでもアルミニウム合金製の飛行機を空中で制止させ、乗客を救った英雄とやらを血眼になって探してるんだってさー」


 それで真っ先に連絡をとる相手が、魔力回路を失っているはずの莉子だとはね。

 疑われてるのかな。


「いや、いまいち話が飲み込めないんだけど。それと莉子が学校に来たのって、なにか関係あるの?」

「時速1,000キロ近い速度の飛行機に一切の損傷を与えることなく制止できる能力者なんて、私と他二人。一席神宮寺海斗(じんぐうじかいと)か七席橘涼乃(たちばなすずの)くらいでしょ? でもハイジャックの大元はアーティスト。なら、私が疑われないわけがない」


 音楽室みたいな穴だらけの壁に立てかけられたギターを手に取って、莉子は振り返る。

 防音性に優れたこの部屋は、莉子のアトリエ。アーティストの活動で使いきれないほどお金がある莉子が、趣味のためだけに用意したらしい。


「さっき隣の部屋からパソコンを呼び寄せるために領域を広げたんだけど、実はあれ自宅の方まで広げてたんだよね。んで最低でも3人張り込みっぽいのがいた。アーティストに所属する際、住所を届けて出てるから自宅は割れてるし、戻りたくなかったってわけ」

「……もしかして、昨日から帰ってないの?」

「昨日はたまたま八八地に出会って、曲作りたい気分になったからこっちに帰ってただけだけどね」


 アトリエとはいえ、ガスも電気も水道もきてるから別荘のようなもの。住むのに不自由はしなさそうだ。

 ていうか、集合場所の変更を伝えるためだけにわざわざ学校に来たってこと?


「集合場所の変更くらいLINEリーネでいいでしょうに」

「八八地アーティスト舐めすぎ。インターネット経由の情報共有は全部、アーティストに筒抜けだと考えた方がいい。八八地が敵に回そうとしてる相手って、つまりは国なんだから」


 そ、そう言われればそうだ。返す言葉もない。


「でももう手遅れなんだけどね」

「手遅れ?」

「身バレ、しちゃったでしょ? 八八地の学校で。そう遠くないうちに私が学校に来ていたこともアーティストに掴まれるはず」


 そういえば写真や動画を撮ってた人が沢山いた。それがネットに出回れば、瞬く間にアーティストの目にも入るだろう。


「でもさ、アーティストの写真や動画をSNSに投稿するのって禁止されてたよね。治安維持活動の阻害に繋がる恐れがあるとかなんとかで。元とはいえ、莉子にも当てはまるんでしょ?」

「ええ。でもネットの全てを規制なんてしてない。有名なSNSには上がらないにしても、学校の裏サイトだったりダークウェブ上にはいくらだってあげられるし、ほぼ黙認状態。比較的見つかりにくいのが不幸中の幸いだとしても、いつかはそこから足がつく。なんで私がわざわざ学校に出向いて、八八地と会っていたのかなんて、個人情報を見れば簡単に想像がつくでしょうね」


 魔力回路が使えない莉子と体の一部を共有できる私。それさえあれば、事実なんてどうでもいいことだ。

 莉子に私の魔法回路を使わせれば、ハイジャックを止められる。重要なのはその一点に尽きるのだから。


「アーティストに敵対した場合、どうなるの?」

「さあね、秘密裏消されるんじゃない?」

「え? 私まだ死にたくないんだけど」

「そっちはすぐの話じゃないって、それよりも問題はシリカの方。ゴールデンウィーク明けにアーティストとエキストラの交流会が予定されてるの。彼女のことだから、学校で私を見かけたって、怜夏あたりに話すでしょうね。足がつくとしたらそっちの方が先」

「ゴールデンウィーク明けって5日後じゃん! すぐそこの話だよ!?」

「ね」

「ねって……どうしよう、何か策ってある?」

「今のところなにも」

「ですよねー」


 ハイジャック事件の真相に莉子と組むユニット、八八地の身バレ。

 ただでさえ整理しきれていないことばっかりなのに、今度はアーティストから暗殺されるかもしれないって……


「あ。ていうか明日、アリシアになんて説明しよう」

「それ今考えること? 別にそのまま伝えりゃいいでしょ、私とユニット組んでるって」

「むりだよぉ」


 アーティストに一目を置かれてるなんて変な噂が流れようものなら、好戦的な人に絡まれたりしそうだし、私はそういうのはごめんなのに。


「莉子はウチの学校ですっごい影響力あるの、わかってないでしょ?」

「……」


 無言。だった。

 空いた間が不自然というか、不穏というか。


「……わかってるって」


 声も態度も少しピリついてて、それ以上はなにも言えなくなってしまった。


「それよりさ、焦って考えても仕方ないし、そろそろ一曲聞いて欲しいんだけど」


 肩から下がる青は、エレキギター。

 シールドケーブルをアンプに伸ばす様を見て、案外手慣れてるんだなって思った。


「……切り替え早くない?」

「思いつかないものをうだうだ考えてたってしょーがないでしょ? あと5日もあるんだし、ゆっくり考えればいいって」


 ピックが6本の弦を揺さぶって、ギターのボリュームノブをじんわり緩める。心地いいくらいの音量が部屋を満たした。


「ギター、ほんとに弾けるんだ」

「ちょっと待って、そこから信用してなかったの?」

「わりと」


 だって、普通はそう思うでしょ?


「はぁ。曲名は———いいや。まず聴いて」


 富も名声も地位だって持ってる彼女が、今更何が欲しくてユニットを組むのさ。

 アーティストでいられなくなったことに対する穴埋め。所詮は戯れ。

 何もないところから少しずつ積み上げて、何者かになろうとしている人よりずっと、生ぬるい。って。


「ぇ? この曲……」


 なのに、なんでだろうね。

 マイクを前に弾き語る彼女が、こんなにも綺麗に輝いて見えるのは。


「なんで……?」


 知ってるからじゃない。

 知らなくたってわかるし、伝わる。

 ギターの良し悪しは、正直よくわからない。

 でもアップテンポの曲をすらすらと弾き語るその様は洒脱だ。

 弦が弾かれて鳴る一音が、決して上手とは言えない歌声が、どれだけの時間と想いを込めて作られたかなんて、いやがおうにもわかってしまう。


 この曲を選んだのは、なんの因果だろうか。

 歌ってみたことがあるこの曲は、ネット上で一度、作り手とやり取りしたことだってある。

 最後にこう締めくくるのが妙に気になって、思わず歌ってみたくなったんだ。


「——私はここ」


 莉子はなんてことなしにサラッと弾いて見せた。

 無名の誰かが作って流したこの曲だって、無名だ。タブ譜なんて公開してないし、コードだけで構成された曲でもない。

 そもそも莉子がこの場でこの曲を弾くことの意味を、わからない私ではなかった。


「どう? 期待通りだったでしょ?」


 ギターを壁にかけて振り返った莉子が、ニヤついていてちょっと不服。

 それにこれを期待通りって表現するのは、ちょっと違う気がする。

 けど言うなればこれは、想像以上だ。


「知ってて誘ったわけね」


 道理で大して登録者がいるわけでもない八八地のこと、知ってるわけだ。


「どうだろうね、けどまぁ八八地本人が想像よりずっと可愛かったのが決め手かなー」

「なっ……そういうのいいから」


 何言っちゃってるんだこの人は。


「で、どう? 少しはやる気になった?」

「悔しいけど、まぁ」


 もともと登録者を伸ばすために、同じ規模感のクリエイターに声をかけてその人の作品を紹介させてもらう企画をやっていた。その一環でこの曲を歌ったことが、こんなところで繋がるなんて。


「ってことは、正式にユニット結成! ってわけだ」

「う、うん」

「じゃあユニット名考えないと。それからSNSのアカウント作って、楽曲作って、投稿したりライブしたりするとして——」

「……」

「まずは、そのうかない顔のわけを聞かないとね」

「え?」


 言われてはっとした。確かに気に掛かっていたことはあったけど、そんな顔してただろうか。


「まっ、なんとなく想像つくけど」


 言葉にすることはなかったけど、徐に手を取られたからリンクした。

 部屋中央に突然現れる、テーブルと椅子そして、氷の入ったコップ2つと半分に減ったボトルコーヒー。これらもどこかから取ってきたのだろう。


「コーヒー、ブラックでいい?」

「うん」


 テーブルを挟んで私と莉子は向かい合った。

 底が黒くて見えないコップを差し出されて、それが「話してみて」って意味に聞こえたから、受け取った。


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