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すべてが完璧だと思えた日に・雲の十字路で・琥珀糖を・得意げに披露しました。

 本日は晴天なり。花粉の飛来は少なく、鼻水少なく目のかゆみもまったくなし! なんて素敵な日だろう、紫外線情報も本日は少ないときた。日焼け止めを塗って遠出しても肌がひりつかないなんて、素晴らしい! 素晴らしい日だ!


 人間はあまりにも地球の気候変動に脆く、植林を推奨した国家の負の遺産のおかげでアレルギー大国になってしまったけれど、何にせよ本日は素晴らしい一日だ。おまけに仕事らしい仕事や、他者が絡む予定も入っていない。テレビの電源を点ければ人混みを映す定点カメラの映像がお天気情報と共に流れてくる。だがこの部屋には人混みは存在していない!私はそこに行かなくてもいい!

 なんて優越感だろう。この映像は、下々の者を眺めるお姫様の気分にさせてくれる。あるいは蟻が巣を黙々と作るのを眺めていた幼少期の私に戻ったみたい。飽きもせずに黙々と土をこねていた蟻が不思議でたまらなかったが、大人になってからふと調べたら土中の栄養を取っていたのか巣を作るためかはよく分からなかった。だがこの世の中は不思議なことに充ちていて、私は自室でくつろいでいるのに空には鳥がばたばたと羽ばたいて、鉄の塊の飛行機が飛んだりして、

さらに上には大気圏を抜けて宇宙にだって働いている人がいる。そう考えると、自室の天井の上には無限の空間が広がっていて、巨人になった私はひょいひょいと覗けるみたいな気楽さと力を持った気がしていた。


 今の私なら、思い立って準備しただけで終わっていたことが出来るかもしれない。SNSでバズっているお菓子を作ってみようと、仕事帰りに自暴自棄でお菓子を買い込んでいた私の頭がなんとか生み出した娯楽だった。自分をほめてあげたい。一目惚れした琥珀糖の作り方と材料をスマホに穴が空くほど眺めていたおかげで、仕事で疲れた頭の中に、買い物中にふわっと浮かんできた。まるで神懸かっている、お告げのように。私はその材料を迷うことなく買い物かごに入れて、チョコレート多めのお菓子と共に冷蔵庫に突っ込んだままだったのだ。よし作ろう。もう一度手順をおさらいしようとスマホをフリックし、掲載されている完成図を見て、その美しさにため息を吐く。こんなものが作れたなら、きっと私は私を好きでいられるに違いない。ずっとご機嫌でいられて、SNSで天才と崇められるに違いない。うきうきと私は手順通りに制作を始めた。

 そもそもお菓子づくりなどはしたことがない。料理も最低限はするが、それでも出来るだろうと確信を持っていた。着色料の色合いは完璧だ、あとは寒天を流し入れて固めて・・・ああなんと美しい。固まったら完成だ。

 うれしくなってうれしくなって、途中経過もスマホで写真を何枚も収めた。SNSに公開したら、きっとみんな誉めてくれるに違いない。確信が優越感をどんどん大きくして、出来上がった瞬間が待ちきれなかった。クラウドにも保存し、天才製菓職人の私は誕生したのである。固まれば完成なのでその間に私は何をするでもなくうきうきとして、ベッドで寝転がって自分で撮った写真を眺めてはにやにやとしていた。ああ天才の到来に、今後の仕事がこれ一本になったりして。勉め人を辞めて、YouTubeやTickTokの収入だけで生きていけたりして?! うきうきわくわく、私はベッドで輝かしい未来を想像してごろごろと寝転がった。きっとそれで憧れの俳優や動画配信者とコラボしたりして、お付き合いや結婚に発展したりして!? 嬉しくって私はベッドでごろごろと転がった。

 そうこうしているうちに固まったのではないかと待ち望んで、冷蔵庫を開けては障り、開けては触り、ようやく固まった頃には一部分指紋が付いていた。まあこのくらいは誤差だよね。天才だから、この程度は見逃してもらえるでしょう。スマホのカメラを向けて、写真を撮る。だが唐突にそこで天才製菓職人の夢が弾け飛んだ。


 何回撮っても美しくない仕上がりだ。寒天はでこぼこで均一じゃないし、色合いだってあんなに綺麗だと思ったのに寒天に気泡が入ったのか屈折してとっちらかって見える。何よこれ、誰かが私の作品を盗んで代わりに失敗作を置いていったんだ!と現実逃避をしてみても、定期的に冷蔵庫を見ていたのだから犯人は私であり、制作者は私であるのは間違いなかった。

 とりあえず工夫して、綺麗に見える部分だけをSNSにアップする。反応はそこそこだった。急激にSNSで誉めてくれない友人が憎たらしくなって、十字路で別れてその背を見送っているような気持ちになる。勢いで大半の写真を消し、クラウドの中の写真も消してしまった。目の前にあるのは失敗作の残骸だ。捨てても良いが、それらを一気に口に入れてこの世から消してしまった。おいしくない。思ったよりもおいしくはない。確かに検索結果には、「琥珀糖 まずい」とあったけれども。でもあんなにバズっていたのだから、美味しくない物がバズらないはずは無いと、けなげにも彼女はSNSを信じすぎていた。だがスマホを放り投げて、反省点を活かそうと琥珀糖に向き合う姿勢は見られない。彼女の体は、ずっとベッドの上でスマホを見ているためだけにある。

 次の行程に進もうとしないのが、彼女らしい行動なのであった。


原典:一行作家

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