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「……預ける?」


 エマの言葉に喜びが隠せないのか、右手で口元を隠したままクラークはシャルロッテに疑問をぶつける。この流れで「渡す」でもなく「預ける」とは、と言い回しが不思議なのだろう。シャルロッテはそんなクラークを鼻で笑ってみせた。


「そうよ、あくまで預けるだけよ。この前のアンタの言う通りならエマがそっちの家に行っても問題はないんでしょう? でもね、アンタの言葉ってだけで完全に信用なんてできないし、アンタ自身が大丈夫と思ってもこっちからしたら全くこれっぽっちも大丈夫じゃないかもしれないじゃない」

「だから【預ける】なのか……」

「少しでもエマとハリーが不幸になったら、その時は即取り戻すからそのつもりでいなさいよ」

「正式に夫婦になったのを無理矢理別れさせるって? お嬢さんが?」


 ひとまず話が纏まったからと、テオがまたしても横やりをいれてくる。このクソ従者本当に腹が立つ、とシャルロッテは不快感を隠そうともせず彼を睨み付けた。


「そういやお嬢さんはまだうちの主人の家の事とか知らないんだよな?」

「別に知らなくて構わないわ」

「へえ?」


 愉快そうにテオは片眉を上げる。それがさらにシャルロッテの怒りを刺激するが、どうやら彼はそれを分かってやっているらしく、まんまと乗せられてしまっているのがシャルロッテはさらに面白くない。


「たとえどれだけお偉い方だろうと関係ないわ。わたしの! エマを! 不幸にするならそれ相応の態度で望むだけよ」

「言いがかり、ってので莫大な慰謝料とか請求されても?」

「それで片が付くなら大いに結構」


 シャルロッテの即答にテオは軽く吹き出した。クラークも苦笑を浮かべているが、丸っと全部シャルロッテの本心なのだから仕方がない。


「……エマがアンタの所に行くって言わなかったら、アンタの言い値で手切れ金をくれてやるつもりだったのよコッチは!」

「いくら積まれようとエマを諦める気は毛頭ないが」


 クラークは穏やかな笑みをシャルロッテへ向け、そしてエマに「ありがとう」と言葉を向ける。


「君を傷付けた分、いや、それ以上にこれから先は君とハリーを幸せにする事を誓うよ……ありがとうエマ、こんな私を選んでくれて」

「――一つだけ良いかしら?」

「なんだろうシャルロッテ嬢」


 漂い始めたイイ空気、をシャルロッテの冷たい声が一掃する。クラークは居住まいを正してシャルロッテに改めて向き合った。


「エマもだけれど、特にハリーは完全にうちのお金で育っているの」

「ああ、まあ、そうだろうね?」

「つまりはエマとハリーの身体を作っている成分はうちのお金で買った食材でできているわ」


 うん、とクラークは不思議そうな顔をしつつもとりあえず頷く。


「現時点でエマとハリーの筆頭株主はうちだから!! なにかあったら株主権限だって使うから覚悟しておきなさいよ!!」


 ひあ、と間の抜けた声はテオからで、クラークは一瞬吹き出しそうになったもののすぐに生真面目な顔に戻り、大仰に頷いてみせた。


「充分肝に銘じておこう」


 こうして八日間に及ぶシャルロッテとクラークのエマを巡っての攻防戦は幕を下ろした――はずであった。

 






「シャルロッテー!!」


 大声と共に応接室の扉が開く。飛び込んで来たのはシャルロッテの伯父であり、後見人でもあるクライド・フェルベークだ。小柄でわりとふくよかな体躯をしているが、脱げばしっかりとした筋肉を持ち、俊敏な動きが可能な運動神経を兼ね備えた、見た目に反して実は武闘派である。例に漏れずフェルベークの血筋であるからして血の気は多く、今日も可愛い姪の大事な家庭教師に不義理を働いた男が来ていると耳にし、こうして突撃してきたのだ。


「我が家のエマにとんだ真似をしてくれた下衆は貴様かーっ!!」


 そうしてクライドはクラークに飛びかかろうとした、が、彼の顔を認識したと同時にその動きが止まる。と言うか、固まった。


「――なっ、あっ、えっ!?」


 クライドは貴族の屋敷に直接出入りしてフェルベークの商品を販売している。当然貴族社会に精通しており、シャルロッテが知らずにいたクラークの素性に彼は気付いてしまった。


「シェインデル公! なぜ貴方様がここに!?」


 え、と堪らずシャルロッテは声を漏らす。クラークとテオドールは何とも言いがたい表情でシャルロッテとクライドを見やる。


「……シェインデル、って?」

「恐れ多いぞシャルロッテ! こちらの方はクンラート・ファン・シェインデル公爵だ!」

「は……はあっ!?」


 シャルロッテは叫んだ。クラークと言う名が偽名だろうとは最初から気が付いていた。そしてその身分が相当高いのだろうとも。でも、だからといって、まさか公爵家だとは思いもよらなかった。


 そうだ、だって、公爵家だと言うのであれば――


「なおのことシモの面倒ちゃんと見ときなさいよ馬鹿ぁっ!!」


 どうにも頭に血が昇りすぎたため、今度こそ不敬罪に問われかねないシャルロッテの叫びが屋敷中に木霊した。





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