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 一日目と二日目は完璧に無視をしていた。昼の少し前に門前に馬車が停まり、そこから来訪したいとの旨を伝えられたが当然拒絶。たとえなんと言われようと、そして何度来られようとシャルロッテは本気で二度とクラークを屋敷の中に入れる気は無かった。


 しかし三日目から風向きが変わる。主に、シャルロッテの良くない方へと。


 朝から晩までいるのだ、屋敷の門の前に、あの馬車は。そして到着時と帰宅時に屋敷の者へと言伝をしていく。「また明日」と。けして無理強いはしてこないし、礼節も守っている。人の屋敷前に押しかけて一日中居座ってるのは礼節を欠いているのではないかとシャルロッテは苛立つが、そんな彼女を残して屋敷にいる人間は段々と絆されていく。仕方がない、だってクラークは元より、その護衛も顔が良い。ひたすらに顔が良い人間が、ひたすら丁寧に自分達に接してくれるのだ。さらには手土産までくれるのだから皆コロッと懐柔されてしまった。

 四日目辺りからちらほらと彼らに差し入れをする者や、それとなくシャルロッテに「少しだけでも話を聞くのもありでは?」と進言する者も現れた。これにはシャルロッテも面白くはない。不機嫌さが加速され、眉間の皺がどんどんと増える。それでも八つ当たりをしないのはシャルロッテの矜恃であり、根底に植え付けられた労働者を大事に、というフェルベークの教えによるものだ。

 五日目にはさらに進言してくる人間が増えた。六日目にはとうとう執事のランバートが「おそれながら」とシャルロッテに声を掛ける。


「お嬢様のお怒りはごもっともです。私も娘の様に思っているエマですから、こうしている今でも腸は煮えくりかえっています。しかし、エマの寂しげな顔を見ると……」


 クラークが毎日エマに会いに来ているのは当然彼女も知っている。それこそハリーを抱いたまま、そっと窓から様子を伺っている姿はシャルロッテも見ている。その表情が、とても切なそうであるのも。


「クラーク様はこれまでの事をとても悔いておられるようですし、このままではいつまでたってもエマの気持ちも落ち着かないでしょう……エマに、安心して子育てができる環境を用意してやれるのはお嬢様だけです。ですから、どうか」


 長年仕えてくれているランバートの言葉はシャルロッテにとっては父からの言葉に等しい。それでなくとも、シャルロッテ自身が思っていた事を口にされしまった。気持ちはどうであれ、そうすべきであるとシャルロッテの頭は理解している。

 それでも気持ちが収まらないのよ!! そう叫びたいのを堪え、シャルロッテは七日目にしてようやく許可を出した。


「明日の昼すぎになら屋敷に入れてあげるわ」








「なんて言うかお嬢さんって絆されやすいよな」

「喧嘩売ってんの?」

「いやいや、情に厚いご立派な方でと褒めているのさ」


 シャルロッテのこめかみに血管が浮く。へらりと笑う目の前のクソ従者が腹立たしくてならない。この男に比べたらまだクソヤロウ様の方がマシに思えてくる。


「自分の好感度を下げて主人の好感度を少しでも上げようとしているなら従者の鑑ね」

「なんか酷い事言われてる気がするんだけど」

「安心なさい、気のせいじゃないわ」

「なあご主人様どう思う? あれ、ひどくね?」

「テオドール、すまないが少し黙っていてくれ」


 初めて対峙した時に通した応接室。迎え入れた途端始まった程度の低い舌戦を、何故かクラークが止める事態だ。しまった、とシャルロッテは誤魔化す様に咳払いを一つすると、とりあえず二人に腰を下ろす様声を掛ける。本当なら立たせたままでいたいが、いくらなんでもそれは人としてまずかろうし、何よりそんな主人の元で働いているのかとエマが軽んじられるのが許されない。だから、即叩き出したい勢いだった初日もちゃんとソファに座らせたのだ。

 流石わたし、エマの教育の賜だわ! などと、一体誰に対しての何処方面の主張なのか分からない感情を抱きつつ、しかしそれは微塵も表に出さずシャルロッテは本題に移る。


「エマ、貴女がどうしたいかに任せるわ。わたしの事や、この目の前のボンクラご子息様の事は一旦置いておいて。貴女が、一番、どうしたいのか。それを聞かせて」


 シャルロッテにとってクラークはたとえどれだけご立派な身分で、本来は誠実で優しい人柄であろうと許せる存在ではない。帰省していたエマが戻って来た時のあの憔悴した姿は今もはっきりと思い出す事ができる。明るく朗らかだった彼女が暗く鬱々とした顔をしていたかと思えば、やがて妊娠している事が発覚。ハラハラと涙を零し「申し訳ございません」とひたすら謝罪を繰り返していた。


 あの時はシャルロッテや屋敷の人間に詫びているのだと思っていた。家庭教師として雇っているのに、父親の分からぬ子どもを身籠もってしまったという醜聞に対しての。しかしクラークを目にした時に、あれは彼自身に対しての言葉でもあったのだとシャルロッテは理解した。それ程までに、クラークからは権威を感じ取れたのだ。上に立つ者としての存在感を。だがそれでもエマを傷付けたのが彼である以上シャルロッテは譲れない。絶対に、なんとしてもエマとその子であるハリーを守り、幸せな日々を過ごさせてやりたい。


「お嬢様……」


 エマの顔には疲労の色が濃く宿っている。無理もない。この数日、ずっとシャルロッテとクラークの板挟みで気を揉んでいたのだろう。

 エマがクラークに対して憎しみや恨みを抱いていないのはシャルロッテも充分に理解している。心情的にはクラークと、そしてハリーと三人で暮らしたいのだろうとも。しかしそれを口にする事はできずにいる。シャルロッテに対する恩義と、そしてなにより、クラークに対する「差」によるものだ。


「このボンクラ様がどの程度お偉いのかわたしは知らないけど、まあ、どれだけ偉かろうと貴女に対してやったことは絶対許さないし今後も糾弾していくつもりよ? でもそれはわたしの気持ちであって、貴女の気持ちじゃないわ。だから貴女がわたしに従う必要はないの」

「それを言うとエマ様はお嬢さんの気持ちを汲まざるをえないんじゃないか?」

「ちょっとそこのクソ従者黙らせといてくれる? いくらアンタがボンクラ主人だからってそれくらいできるでしょ? ってかさせてたんじゃないの!?」

「……ああ、その通りだシャルロッテ嬢。テオ、もう一度言う、少し黙っていろ」


 テオ、と呼ばれ、テオドールは軽く肩を竦めた。従者を愛称で呼ぶのかとか、前も思ったがやたらと主従のやりとりが軽すぎやしないかなどと気になるものの、シャルロッテはひとまずそれらを横に置く。


「貴女が帰って来た時、それとハリーを産んだ時……わたしが言った事を覚えている?」


 小さく頷くエマに、シャルロッテは安心するように笑顔を向ける。


「貴女の幸せが一番の願いなの――それは今も変わってないわエマ。貴女がここに居たいと言うのならわたしは喜んでそれを受け入れる。それはわたしの願いでもあるもの……でもね、貴女がハリーと一緒に、ハリーの父親と生きていきたいと言うのなら、悔しいけど全力で送り出すわ。それが貴女の望みで、貴女が一番幸せになれる方法なんだったら」

「お嬢様……私は……」

「……なんだか嫌ね、ちゃんといつもみたいに呼んでよ」

「……ロッテ、私は……いつまでも貴女の傍にいたい……けれど、彼を……どうしても忘れる事ができないの……!」

「ハリーの父親と一緒にいたい?」

「――はい……彼と、ハリーと三人で……生きていきたい」


 涙を零しながら、途切れ途切れでエマは懸命に言葉を紡ぐ。それを聞き終えた途端、シャルロッテはパン! と一つ手を叩いた。


「これで結論は出たわね。聞いた通りよボンクラ息子! 非常に、とっても、最高に腹立たしいけど他ならぬエマの希望だもの、エマとハリーをアンタに預けてあげるわ」






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