おくびょうな王さま
むかしむかし、あるところに、とてもおくびょうな王さまがいました。風がまどをふるわせると、ビクリ。ネコが草をふむ音に、ビクリ。いつでもどこでも、あらゆるものにビクビクとして、そしてかってにビクビクしているのに「ワシをおどろかすな!」とおこる、じぶんかってでわがままな王さまでした。
王さまはきょうもふあんでしかたがありません。だれかがじぶんのいのちをねらっているのではないか。となりの国はあすにでもせめてくるのではないか。ところが大臣にそうだんしても「そんなはずはありますまい」とわらわれてしまいました。大臣はのうてんきで、ふかくものをかんがえないのです。
「そうだ!」
王さまはとてもよいことをかんがえつきました。だれがおそってきてもだいじょうぶなように、たくさんぶきをあつめよう。けんにピストル、たいほうに大きなぐんかんまで。こちらがとってもつよいことを見せつければ、あいてもおそってこないにちがいありません。ミサイル、ばくだん、せんとうき。王さまはせかいじゅうからぶきをあつめました。
おしろのそうこいっぱいにつみあがったぶきを見あげ、王さまはごまんえつです。
「これで我らを襲おうという愚かな連中も思い直すに違いない」
おくびょうな王さまのおさめる国のまわりには、いくつかの国がきょうかいをせっしています。それらの国々は、おくびょうな王さまがたくさんのぶきをあつめていることをしって、こまったかおをしていました。
「あの国はどうしてあんなに武器を集めているのだろう」
「もしかして、こちらに攻めてくるつもりだろうか?」
「そうなってはひとたまりもないぞ」
「ならばみなさん、あの国が攻めてきたときは、我らは結束して立ち向かうことにしましょう」
しゅういの国々はだんけつし、おくびょうな王さまの国がせめてきたときには、すべての国がきょうりょくしてたたかうとやくそくしました。だれもが、そんなことにならなければいいとおもいながら。
そうこからあふれるほどのぶきをてにいれてようやくすこしあんしんしたはずの王さまは、けらいからあがってきたほうこくをきいて、まっさおになりました。なんと、まわりの国々がてをくみ、王さまの国にたいこうしようとしているというではありませんか。やっぱり、王さまのしんぱいはきのせいではなかったのです。まわりの国々は、王さまの国をせめほろぼしてやろうと、ずっときかいをうかがっていたのです。
「それぞれの国は小さくとも、皆が一度に攻めてくれば厄介だ。ここは攻めてくる気が失せるほどに強大な力を示してやらねば」
王さまはけらいにめいじ、さらにきょうりょくなぶきをつくらせました。それひとつでまちをひとつふきとばすことができるほどの、とてもきょうりょくなばくだんです。王さまはそのばくだんをいくつもつくらせました。そのかずは王さまの国のまわりをかこむ国々のまちのかずよりもさらにおおく、すべてをばくはつさせればせかいをほろぼせるほどでした。あたらしくつくったそうこにつみあげられたばくだんを見つめ、王さまはじょうきげんです。
「ここまですれば、我が国を脅かそうなどという愚か者は決して現れぬに違いない」
おくびょうな王さまが、とてもきょうりょくなばくだんを、せかいをほろぼすほどにたくさんじゅんびしている、というじょうほうをえて、しゅういの国々のだいひょうはふたたびあつまり、はなしあいをすることになりました。
「あの国の王はいったい何を考えているのだ!」
「きっと世界を我が物にしようと企んでいるに違いない!」
「あの爆弾は脅し?」
「そのうち我らは決断を迫られよう。服従か、死か」
おくびょうな王さまのおさめる国はたいこく、だからといってばくだんを手におどしてくるようなあいてにくっぷくするわけにはいきません。ちいさな国であっても、そこにはずっとむかしからすんでいるひとびとがいて、ぶんかがあり、しあわせがあるのです。それらがぼうりょくによってふみにじられてよいはずがないのです。しゅういの国々はちからをあわせ、王さまの国にたいこうすべく、あたらしいへいきをかいはつすることにしたのでした。
しゅういの国々がしんへいきをかいはつしているといううわさがみみにとどき、王さまはたいそうおびえていました。もうこれはどうかんがえても、しゅういの国は王さまの国にせめてくるつもりにちがいありません。王さまは大臣に、たたかいのじゅんびをすすめるようにめいれいしました。ところが大臣は、
「爆弾の開発に予算をつぎ込んだために、国民の生活は苦しくなっております。こちらが手を出さねば周囲の国が攻め寄せるなどありえませぬ。どうか目をお覚まし下さい」
といってめいれいをききません。王さまはあきれはててしまいました。しゅういの国はしんへいきまでかいはつしてこの国をおびやかそうとしているというのに、大臣はまるでそのことをりかいしていないようです。
……いえ、もしかしたら、大臣はもうしゅういの国とつうじていて、わざとたたかいのじゅんびをさせないようにしているのかもしれません。そういえばこのあいだ、だれかとこそこそでんわをしていたようなきがします。かぞくとはなしていた、なんてごまかしていましたが、ほんとうはスパイとれんらくをとっていたのでしょう。きっとそうにちがいありません。
あやうくだまされるところだったとひたいのあせをぬぐって、王さまは大臣をしけいにすると、あらためてたたかいのじゅんびをするようけらいにめいれいしました。大臣とおなじようなうらぎりものはほかにもいて、たたかいのじゅんびをじゃましてきましたが、王さまはそれらをすべてしけいにして、きちんということをきくしんのあいこくしゃたちにじゅんびをまかせました。じゅんびはとどこおりなくすすんでいきます。もう、王さまにはんたいするものはいません。
王さまはおしろのバルコニーからこっきょうをにらみつけました。
「来るなら来てみよ! 返り討ちにしてくれよう!」
おくびょうな王さまの国がこっきょうちかくにぐんたいをあつめている、というほうこくをうけて、しゅういの国々はみたびあつまり、たいおうをきょうぎしました。
「もはや戦争となるのは時間の問題だ」
「どうにかならぬものか」
「王はまるで聞く耳を持たぬ。重臣を次々に処刑しているとも聞く」
「そもそも王がなぜここまで事態を悪化させたのか、理由が分からぬのだ」
だいひょうたちはたたかいにそなえつつ、なんとかたたかいにならないほうほうをさがしていました。たたかいになればたくさんのひとがしんでしまうでしょう。こんな、りゆうさえはっきりしないせんそうで、へいしやしみんのいのちがうしなわれるなんて、そんなバカなはなしはありません。
「一時、あの国との貿易を停止しよう。我らも身を切ることになろうが、あの国も全てを自国でまかなうことができるわけではない。もはや世界は一国で成り立つことはないと、気付いてくれることを期待するしかあるまい」
だいひょうたちはたがいにかおをみあわせ、おおきくうなずきました。そしておくびょうな王さまの国に、いっせいにぼうえきのていしをつうこくしたのでした。
ぼうえきをとめられたおくびょうな王さまは、「やはりな」とかくしんにみちたかおでうなずきました。しゅういの国は王さまの国をほろぼそうと、いよいよたたかいをいどんできたのです。まずはたべものやねんりょうなどをてにはいらないようにして、じわじわとこの国をよわらせるさくせんにちがいありません。そしてじゅうぶんによわらせたあとで、せめこんできて、この国をむちゃくちゃにするにちがいないのです。しかし王さまは、しゅういの国のそんなさくせんをみぬいていました。
「むざむざと弱らされるのを待ってやる義理はない! その前に打ち滅ぼしてくれるわ!」
これはみずからをまもるためのたたかいです。わるいのはこちらをほろぼそうとたくらむしゅういの国々なのです。王さまはむねをはり、ぐんたいにめいれいしました。
「愚かな侵略者どもを根絶やしにして、世に正義を示すのだ!」
ぐんたいはめいれいにしたがい、むすうのせんしゃがこっきょうをこえたのでした。
ついに、せんそうがはじまってしまいました。しゅういの国々はいかりといきどおりをもっておくびょうな王さまの国のぐんたいをむかえうちます。かくちではげしいたたかいがくりひろげられました。おくびょうな王さまのぐんたいはきょうりょくなばくだんをつかっていくつものまちをむちゃくちゃにしました。そのしかえしに、しゅういの国々のぐんたいはしんへいきをつかってせんしゃのむれをなぎはらいました。たくさんのいのちがうしなわれました。かなしみがそこらじゅうにころがっていました。
せんそうはながくつづき、かなしみはふるつもるばかりです。おくびょうな王さまの国でも、もののねだんはあがり、あるいはものがたらなくなって、ひとびとのくらしはどんどんくるしくなっていきました。ひとびとはおもいます。このせんそうはいったい、なんのためにおこなわれているのだろう。やがてひとびとのなかに、ぽつり、ぽつりとこえをあげるものがあらわれはじめました。
「この戦争はおかしい。こんなことはすぐにやめるべきだ」
そのこえはさざなみのようにひろがり、おくびょうな王さまのくにをおおっていきました。
せんそうをやめろ、というこくみんのこえに、おくびょうな王さまははげしいいかりをもってこたえました。
「敵のプロパガンダにまんまと乗せられおって! 戦いをやめればすぐにでも奴らはこの国を亡ぼすつもりだとなぜわからん!」
おくびょうな王さまは、はんたいのこえをあげるこくみんをかたっぱしからつかまえ、しけいにしていきます。
「私はこの国を守っているのだ! お前たちを守っているのだ! それが分からぬ愚か者などこの国には要らぬ!」
ほんにんどころかそのかぞくまでしけいにするてっていぶりに、こくみんたちはくちをとざしました。ようやくわかったか、と、おくびょうな王さまはまんぞくげにうなずきました。
さいしょこそたたかいをゆういにすすめていたおくびょうな王さまのぐんたいは、しゅういの国のぐんたいのはげしいていこうをうけて、じょじょにそのいきおいをうしなっていきました。たべものやねんりょうのほきゅうもとどこおり、へいしたちのししゃもかなりのかずにのぼり、そしてなにより、へいしはじぶんたちがなんのためにたたかっているのか、わからなかったのです。ぶたいからだっそうがあいつぎ、しゅういの国のぐんたいにおされるかたちで、ついにおくびょうな王さまのぐんたいはこっきょうまでてったいすることになりました。しゅういの国はみごとにおくびょうな王さまのぐんたいをしりぞけたのです。
しかし、それでせんそうがおわることはありませんでした。いみもわからずはじまったこのせんそうで、いえをやかれ、かぞくをうしなったひとびとのにくしみが、いかりが、せんそうをおわらせることをゆるさなかったのです。しゅういの国のぐんたいはてったいしたてきをおってこっきょうをこえ、おくびょうな王さまの国へとせめこんだのでした。
「やはり私は正しかった!」
おしろをとりかこむ、むすうのてきのすがたをみおろしながら、おくびょうな王さまはさけびました。
「お前たちは最初から、この国を亡ぼすつもりだったのだ! 私を殺すつもりだったのだ! 見よ! 今こうして城を囲む兵の姿を! 私だけが気付いていた! 私だけが真実を見抜いていたのだ!!」
王さまのまわりにはもう、だれもいませんでした。王さまをいさめたものはすべて王さまがしけいにし、王さまにだまってしたがっていたものたちは、おしろにおしよせるへいしをみるなりにげだしていました。ひろいおしろのなかで、王さまはひとり、わらっていました。
「皆が愚かなのだ! 私が正しかったのだ! 私だけが、正しかったのだ!!」
へいしたちのぐんかのおとがおしろにひびきわたります。王さまはおおきなこえでわらいながら、ばくだんのスイッチをおしました。
こうしておくびょうな王さまはいのちをおとしました。みずからの国と、そこにすむたくさんのひとびとをまきぞえにして。
おくびょうな王さまがしに、おくびょうな王さまの国がきえて、なにもかもがなくなってしまったこうやをめのまえに、しゅういの国のひとびとはぼうぜんとたちつくしていました。このせんそうはいったいなんだったのだろう。なぜはじまり、なぜたくさんのひとがしななければならなかったのだろう。うしなったものはあまりにおおく、えたものはなにもありませんでした。なにも、どこにもいみをみいだせないたたかいのはてに、ひとびとはなみださえながすことができずに、ただ、てんをあおいだのでした。
臆病者が世界を滅ぼす。