第七話 呪いが流させた涙
「ミツキちゃんが偽精霊に呪われた」
座ったまま、ミレイそう言うとため息をつく。心配そうな表情をして語り続ける。
「普通な偽精霊に呪われたら問題ないけど、ミツキちゃんの場合は違う」
「普通な偽精霊って?」
太もものところで長いスカートの上に、ミレイが指を絡み、自分の指を眺めながら考え事に耽るように見えた。
「うん、そうね……偽精霊って二つの類がある。普通な偽精霊はあたしたち精霊より弱くて、でもあたしたちより普通な偽精霊の方が数が多い。そうだとしても、あいつらは大したこともない……そして、総偽精霊」
説明の途中でミレイが躊躇いそうな顔をしたけれど、すぐに言葉を継ぐ。
「総偽精霊って六人だ……けど、精霊より十倍ほど強いんだ」
「……やばいな」
「……恐ろしいですね」
雄一は精霊はどれくらい強いなのか知らなくても、だいたい総偽精霊の強さは分かった。何者だって他者と比較的に十倍程度で強いと言われたら明らかに強いものだ。
「総偽精霊が不幸を与える。いや、勝手に与えていきたがる。誰もでもいい。人間にも精霊にも自分の仲間はずだの偽精霊にも不幸を与えたい」
「普通な偽精霊にも? 意味があるのか?」
そう言う雄一にミレイが微苦笑まじりのため息をつきながら話す。
「大体の偽精霊って元精霊なの。精霊が普通な偽精霊か総偽精霊に呪われたら偽精霊になる……まあ、先に言った通り普通な偽精霊の呪いは大したことない……でも、その偽精霊の呪いがいつか終わるから、不幸でその呪いを続かせる」
「そうですか」
ミナが呪いの説明を理解したように頷くと雄一は組んだ腕を解いて何か気がついたらしく口に開く。
「……いや、待って。ミツキって普通な偽精霊に呪われなかったと言ったろ。つまり、総偽精霊にってもんか」
「……そうだよ」
雄一の正しい推測にミレイが頷いた途端微苦笑を浮かべた。
「でも、その上、どんな呪いによって、その呪いの激しさは強かったり弱かったりする。誰の総偽精霊がその呪いをかけたという要素もある」
「…………」
無言なままの雄一はただミレイを眺めて、彼女の次の言葉を待つ。
「でもミツキちゃんって同時に六人の総偽精霊に呪われた」
「……それは―」
「そう……ミツキちゃんの呪いがこの世界のもっとも酷くて最低な呪いなんだ」
そう言いながらミレイが天井を届きたいかの如く右腕を伸ばした。ミナも天井のほうへ視線をやり、彼女のか黒い髪は淡くなって見えた。
「可哀想ですね」
「おかしいだろう……なぜわざと彼女にこの世界の最も強い呪いをかけられたんだよ? 理由でもあるか」
なぜ彼女に最も強い呪いをかけられたか。その呪いをかける相手は間違いなく凄いものだ。
その問いに、ミレイがすうっと答える。
「理由があるよ……ミツキちゃんは、この世界の神様の血統を持つ人だ。総偽精霊が神様を嫌うからね」
「……つまり、彼女は女神ってことか」
「半女神のほうが正確だよね……でも、この世界の神様が消えたからミツキちゃんは一人ぼっちだよ……あたしはミツキちゃんの友達、姉妹のような関係だけど、あの呪いのせいでミツキちゃんはあたしと居たくないの」
姉妹ほどの関係をその呪いに断たれた。曰く、総偽精霊に断たれたという。雄一が苛立ちを感じた途端口を開いた。
「……その呪いって何の呪い?」
「絶対絶望って呪いだよ。その呪いをかけられた人―この場合にはミツキちゃん―とその人と長い間でそばにいる人が―例えばあたしはミツキちゃんと長い間で彼女のそばでいるとしよう―悪いことをばかり思わせて、そしていつの日か、その悪い思いに負けたら自分自身を失うことになる。それで、その自分の意識がない体が他者になる……その他者の正体は新しい総偽精霊なの」
「まるで、殺されるみたいんだ、自分の思いに」
自分の意識を失ってしまい自分の性格も失う。その上、自分の大切な人も失っていく。で、最後に、総偽精霊になってしまう。この呪いの恐ろしさは毎日自分の思いと戦うこと。それはある程度にでっかい魔獣と戦うよみも恐ろしいものなのだ。
ミレイが雄一のセリフを聞くと潤んでいく目で話す。
「だからミツキちゃんは巻き込まないでとあたしに言った。けど、あたし、心配でいたまらなくて……ミツキちゃんは一人で苦しんでるって……あたしは、ミツキちゃんを助けたいんだよ!」
ミレイがそう宣言したときに涙が溢れ出した。涙をこらえたそうけれども持ちこたえなくてミレイはぼろぼろ泣いた。
ミレイは妹のようなミツキを助けたいという気持ちが当たり前なものだ。その呪いを解きたくてミツキをその悪い運命から守りたい。雄一はそう思うと先の話を思い出した。初めにミレイが「あの子と巻き込まないほうがいいよ」と言ったけれど、数分あとそのセリフを「ミツキちゃんをできる限り困るときに助けること」に変えて約束させる。ずいぶんとミツキに言われたセリフを雄一たちに繰り返した。でも、なんだか、彼女はそうほしくないときがつき後者を言った。まるで前者はミレイの建前で後者は本音というものだ。
ミレイの涙に、ミナが自分の胸元に近づけ、ミレイの髪を撫でる。
「大丈夫ですよ、ミレイちゃん。遠慮なく泣いていいです」
「…………」
ミナはそう呟くと、ミレイは泣き声をあげた。ミレイの悲鳴が部屋の中で響いた途端雄一は自分の手のひらを見ながらミレイとミツキを助けたいと思った。
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