第五話 受付譲さん
その朝にミナと雄一はほとんど同時に目覚ました。比較的にもう晩くて太陽の眩しい光が窓から漏ってくる。ミナと雄一はロビーへ下りて、ロビーには食堂もあったので朝ごはんを食べることにした。食堂のばあさんに二人は果物サラダとお茶を注文して、まもなく食べきった。雄一が最後のお茶の一口を飲み込むと、階段から下りてくる女子の姿を見取る。水色のワンピースを着、紫色がかった黒くて長い髪が揺らぎ、彼女はロビーを越えながら雄一と視線を合わせる。昨日の夜にあの部屋は暗かったからさっぱり見えなかったけれど彼女はあの女子だと分かった。
「…………」
「…………」
彼女は雄一が昨夜には彼女の部屋に入ってきた失礼なやつだとわかったらしく冷たい視線で雄一を眺める。雄一も何もいわず女子を見え返す。彼女は飽きんばかりに目を逸らし宿屋を出る。その変わったシーンを見たミナは口を開く。
「なにかありましたか、川宮さん」
「……実は―」
雄一はちょっと迷ったけれど昨日のことを語ることにした。
「そうでしたか」
語りきるとミナは茫然自失めいた表情をする。
「心配ですね」
「だよな……そうだ、受付嬢さん。受付嬢さんはあの女子にと関して何か知るかもしれんな」
雄一はそう言いながら受付のほうへ親指で示す。受付係をする人は、姿勢や服や仕草などお客様のこと余計な情報をわかる嫌いがあるかもしれないからこそ彼女に聞けばいい、と雄一が思った。ミナが妙に頭を傾げる。
「受付嬢さん? ミレイちゃんですか?」
「ミレイか……それよりちゃんって、お前の知り合い?」
「そうではりません。けれど、昨日に友達になりましたよ」
そういえば、昨日はミナが一二号室に入ったあと、また下りて一時間が経った頃に部屋に戻ってきた、という記憶をたどる雄一は微かな笑顔を浮かべた。
「そうか。まー、無理もないな。誰だってミナみたいな可愛い子と友達になれるって望ましいよな」
「……え?……私、か、可愛いですか?」
「可愛いんだけど」
ミナの頬が赤くなった途端彼女の髪が桃色に染まった。
「…………ありがとうございます」
「ああ」
誤魔化すように咳払いをすると桃色がミナの髪から褪せた。その前の表情をするミナが十倍ほど可愛く見えると思いつつ雄一は口を開く。
「で、聞くか」
「はい」
ミナが席を立ち、受付に近づく。雄一もミナの真似をするように、彼女のとなりに立つ。メイドらしい服を着ていた受付譲さんをミナが話しかける。
「ミレイちゃん」
「ミナちゃん……とミナちゃんといる人。問題でもありますか」
ミレイという受付嬢さんはミナと挨拶を交わし、笑顔を浮かべる。雄一を軽蔑そうな目線でちらっと見て、彼女の視線はミナに戻る。
「そうではありません。でも聞きたいことがあります」
「それは?」
「昨日に二一号室で寝た女子のことですが……紫色のような黒くて長い髪の女子なのです」
ミナの描写にミレイが引っかかるような表情をしながら平静な調子で話す。
「…………ミツキちゃん、ですか。彼女と用がありますか」
「そうですね―」
数分前、雄一に教えられたばかりの話をミレイに語る。ミレイの顔がどんどん鬱々たるになり、心配そうな表情を浮かべる。
「―ということです」
「…………そう」
言葉を失ったようだったが、彼女の茶色い髪を耳の高さに手ぐしで梳くと開口する。
「ミナちゃん、あの子と巻き込まないほうがいいよ」
突然の敬語ではなくため口で話し、シビアなトーンが含まれていた。
「なんでだよ?」
「……あの子が―」
雄一の問いにため息をつき、躊躇いまじり口を開く。
「呪われているから」
ミレイのセリフにミナと雄一が一目を交わし、二人は戸惑ってる顔をする。
「……呪われている?」
確かめるように雄一はその言葉を繰り返した。『呪い』という言葉の裏で『死』という言葉はいつも潜んでいる。だから、あの子は死にたくないと言った。でもその『死にたくない』というのは、実は『殺されたくない』という意味を潜んだかもしれない、と雄一が思った。
「大声出さないでよ。これは秘密なんだ」
「秘密? それなら、どうしてお前知ってんのか?」
「簡単だ」
ミレイが受付にもたらしながらミナと雄一しか聞こえない声で話す。
「あたしはあの子を守らなければダメだ。あたしの役目なんだもん」
「……あー、そうでした」
ミナはそのセリフのニュアンスを理解できた反応に雄一は不満を見せた。
「わからないけどー」
「バカでしょ、あんた」
「うるせぇ」
雄一との喧嘩めいた言葉交わしにミレイがため息をつくと、入り口へ視線をやりながら口を開く。
「あたしはミレイだ。ミツキちゃんを守る精霊なのよ」