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第三十五話 感謝

 次の日。


 俺は無事に学校に通い、いつものとおり美月と美鈴と挨拶を交わし、授業を受ける。


 窓の外に視線をやると昨日のことを思い出す。


 喜多村の死。


 ミヤとリョウヤの身代わりとふたりの最後の言葉。


 彼女の両親を抱きしめる喜多村の姿。


 すべては浮かんでくると俺は無意識に笑みを浮かべる。


 そしてその日の放課後には―


「川宮先輩!」


 喜多村は俺を呼び止めて、後ろから小走りで来た。


「喜多村か。どうした」


「川宮先輩に聞きたいことがあるんです」


「なんのこと?」


 深呼吸をすると喜多村は真剣な顔でさらっと質問を投げかける。


「昨日の言葉はどこで聞いたんですか?」


「昨日の言葉?」


「生きてくれてありがとう。そして、僕たちのお姉ちゃんでいてくれてありがとう、と」


 ミヤとリョウヤは俺に頼んでいた言葉を喜多村が繰り返す。


 誤魔化すように俺はこめかみを掻いて口を開く。


「あ、それか……ゲームで聞いたかもな……実はさ、喜多村をからかってたんだ」


「わたしもそう思ったんです。川宮先輩はわたしをからかってるって……けど」


 喜多村は口を噤んで、曖昧な笑顔を浮かべると言葉を継ぐ。


「わたしは夢を見たんです。現実か夢か疑わせるほどリアルな夢だったんです……その夢には、わたしはダメな女になって、お母ちゃんとお父ちゃんと仲が悪くて、なんども刺殺をしようとしたんです。それから、死んだんです。しかし、そのところで二人の子が真っ白な部屋にわたしの前に現れたんです。その二人の子はぼろぼろな服で二人の髪は白くて優しそうな人に思えたんです。そして、あの子たちは川宮先輩と同じセリフを言ったんです……それで、二人は消えたんです……そうですね、消える前に、みやとりょうやだというふたりの名前も言ったんです」


「……そうか」


「変な夢なんですね。けど川宮先輩の言葉を繰り返すのってちょっと気になったから川宮先輩はどこにそのセリフを聞いたのかって聞いたんです」


 俺は思わず笑みを浮かべる。


 やがて、みやとりょうやはお別れを告げることが出来た。


 どうみても、よかったなとし考えない。


「変だとしてもいい夢じゃん……なんか、誰かに守られているって感じ」


「……そうなんですよね」


 喜多村は目を伏せると愛しく微笑んだ。


「ありがとう、川宮先輩」


「なんで?」


「変な夢のことを話してもバカにしなくてちゃんと聞いてくれたんですから」


「まあ」


 喜多村は彼女の肩にかかる茶色い髪を手櫛で梳って、笑みつつ言葉を継ぐ。


「川宮先輩のそいうところが好きなんです」


「……お、おう」


「それで、そういうところだけではいんです……あ、そうなんです。友達と遊びにいくのでまた明日、川宮先輩」


「喜多村おい」


 彼女は小走りで離れていって、廊下の角に曲がると喜多村の姿を見れなくなった。


 いや、けれど、喜多村の「そういうところだけではいんです」って告白だったじゃん。


 まあ、どうにせよ、喜多村は友達さえ出来て、彼女の両親と仲よくなっても出来た。その上、彼女の手首の傷が消えた。それはつまり、彼女は自殺未遂をやってないということだ。すべてはみやとりょうやのおかげだ。たまにペットは人間よりも潔い愛を見せるのだ。


 俺は笑うと教室に戻る。


 放課後のオレンジ色に染まった教室にはただ一人がいた。言うまでもなく、美月だ。


 彼女は俺の席に座り、腕枕に頭を置いて、俺は扉を開けると美月は俺の方に視線をやって話しかけてくる。


「待ってたわ」


「知ってる」


「わざと認める?」


「いやそうでもないけど」


「わざとでもわざとじゃないでもわたしを待たせたから許さないわ……チョコレートケーキを奢ったら許すつもりだけれど」


 俺たちは目を合わせたままで同時に笑う。いいフィーリングだ。


 手を伸ばすと俺は答えを口にする。


「分かった……行こうか」


 美月はこっくりと頷くと俺の手を握って席を立つ。


 彼女の手の柔らかさの感触は俺の手を擽る。


 そしてその時に。


 デジャブを覚えた。


 ―いや、本当に起こっているのだ。


 俺は立ち眩みを感じて、全ては消えるような感覚も感じる。


 オレンジ色に染まった教室は緑色に青色、紫色にも染まる。


 美月が徐々に遠くなってに見えて、彼女の手の感触すらなくなっていく。


 最後に見たのはぼやけた美月の笑顔だった。


 そして一瞬で全部は黒くなった。


 ―そうだ。これを経験したことあった。


 これは瞬間移動するような感覚なのだ。

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