第三十三話 ミヤとリョウヤ
辺りに視線をやると真っ白な景色を見る。些細な雨が降った途端微かな霧が広がっていった。
この場所は、他の場所を覚えさせる。
雨。霧。真っ白。
―そうだ。灰色空間だ。
けれど、ここは白いから白色空間と呼べばいいかもしれない。
「川宮雄一さん、ここにいたんっすか」
声を聞くとその声が来る方向へ視線をやって、そこに見覚えの顔の男子が座っている。男子が立ち上がって、彼の隣に見覚えの顔の女子の姿が現れた。
「川宮雄一さんですね」
女子がそう言ってにっこりと笑う。
どこでみたのだろうか。
「あの、失礼かもしれんけど、お前らは誰?」
男子はため息をつき、呆れた顔を浮かべながら口を開く。
「本当に僕たちを忘れたっすか? まったくっすね、川宮さん……彼女はミヤ僕はリョウヤっす」
―そうだった。
その白い髪。その茶色くてぼろぼろな服。
あそこの世界でアヤの妹と弟。ここにいたら俺は今あそこの世界にいるということだ。
「ここはあそこの世界か?」
俺はそう聞くとリョウヤは小首を傾げて言葉を口にする。
「あそこの世界?」
「お兄ちゃん、川宮さんが言いたいのは私たちは猫ではない世界だと思います」
「その通りだけど……」
「そうっすね……ここはあそこの世界ではないっすよ」
「いや、ちょっと待ってくれ。私たちは猫ではない世界って、それはつまりお前らはあの二匹の猫ってことか」
ミヤとリョウヤがお互いに顔を見るとにっこりと笑った。
「そうなのです。私たちはお姉ちゃんの猫なのです」
「そうか……」
ファンタジーの世界というあそこ世界には無理もないことだ。
中沢美鈴と川宮美奈子はミナとミレイ―守る精霊だ。
長谷川美月はミツキ―半女神だ。
喜多村綾乃はアヤ―ホンユジ精霊部族の代表だ。
そして、猫であるみやとりょうやはあそこの世界ではアヤの妹と弟だ。
けれど、ここはどこなのかまだ知らない。俺は腕を組みながらその疑いを口にする。
「それなら、ここはどこだ?」
「どう言えばいいのでしょう……そうですね。あそこの世界の守る精霊の灰色空間みたいな場所と言えます」
「そうだったら、ここってあそこの世界だろ」
「違います。灰色空間みたいな場所だけれどもあそこの世界ではありません。しかし、私たちは猫である世界でもありません」
異世界でもなく現実世界でもない場所。分かりがたいものだ。
リョウヤは俺は考えていることを理解したようで声をかけてきくる。
「僕たちもここに初めてっすよ。変なところっすね」
「変だな……いやでも、お前らも初めてここにいるって、なぜこの場所の経緯を知ってるのか?」
「神様は教えてくれたからっすよ」
「神様?」
その言葉はまだ俺の頭に響いているところでミヤはリョウヤの肩をやさしく触る。
「お兄ちゃん、時間は」
「そうっすね。忘れてたっすね」
リョウヤは指を鳴らすとまた俺に話しかける。
「お姉ちゃんに言ってもらいたいことがあるっすよ」
お姉ちゃんと聞くと血まみれの風呂場の記憶が浮かんできた。
―そうだ。喜多村は出血していた。そのせいで、彼女の脈は弱かった。その状況が続いたら喜多村は死ぬはずだ。
「喜多村は!?」
「お姉ちゃんは大丈夫っすよ……死んだけど蘇たっすよ」
「それは―」
「お姉ちゃんが蘇たから私たちは消えます」
俺のセリフをミヤが遮ってそう言った。
そのミヤの言葉の意味を理解出来るまで頭に繰り返した。
喜多村は死んだけれど生き返た。でも、喜多村は生き返たからみやとりょうやは消えるべきなのだ。
それは、つまり―
「お前らは犠牲にしたってことか」
「そうなんっすよ……お姉ちゃんの命は僕たちより大切だからっす」
リョウヤがそう言うとミヤは寂しげな笑みを浮かべて頷く。
「いやでも、どうやって生き返たのか?」
「神様は助けてくれたからです」
また『神様』という言葉が耳に入った。けれどそれに関してを聞く前にミヤは言葉を継ぐ。
「時間はすぐに終わります。川宮雄一さん、お姉ちゃんに『生きてくれてありがとう』と言ってください」
「それに『僕たちのお姉ちゃんでいてくれてありがとう』とも言ってくださいっす」
ミヤとリョウヤはまだ気がついてないらしいけれどいつの間にかふたりの目から涙が零れてきた。
「分かった。ちゃんと言うぞ」
俺はそれだけ答えて兄妹を見る。
ふたりは手を繋ぎ、お互いに顔を見て笑い合った。
白いルームは崩れかかり、だんだんと黒くなっていく。ミヤとリョウヤはやっと俺を見てありがとうといわんばかり笑顔を浮かべた。白い光に包まれるとミヤとリョウヤは白く光っている玉になって、浮かんでいきながら離れていく。
その白色空間ような場所から消える前に、俺はミヤとリョウヤが言った神様に祈った。
喜多村のために犠牲にしたこのふたりは、いつかでどこかで喜多村と会えるように、と。




