第二十五話 日常
翌朝。
学校に着くと靴をスリッパに履き替えた。
廊下の角を曲がろうとしたところで誰かが俺の胸にぶつかる。その誰かがの顔を見ると他者でもなく綾乃だった。
「あ、川宮先輩、おはようございます」
「おはよう」
彼女は挨拶をしながら頭を下げると俺は挨拶を言い返す。
喜多村綾乃の調子も仕草もアヤとそっくりだ。間違いなく、あの世界のアヤと同じ人なのだ。
あの世界は夢ではないはずだ。ここも夢ではなく、俺のもとの現実世界だ。
それなら、どうしてあの世界に行ったのだろうか。
なぜかあそこには美月も美鈴も美奈子も喜多村もいたのだろうか。
俺だけはその世界のこと思い出せるのだろうか。それとも、彼女たちも思い出すのか。今は知るすべはない。確かめる方法を見つけなければならないのだ。でも、それは難しいかもしれない。
「先輩、何かあったんですか?」
喜多村は彼女の顔を俺の顔に近づけてそう聞いた。
「いや別に」
俺の答えに彼女は一歩を下がり、言葉を継ぐ。
「川宮先輩はぼーっとしたから何かがあったと思ったんです」
彼女は言うと口を押さえて笑った。
「改めて、昨日のことありがとうございます」
昨日の彼女とバイクの出来事。俺は喜多村を引っ張ったからバイクに轢かれるのは避けることが出来た。
「おう……でも、気をつけるほうがいいぞ」
「子供扱いしないでください、先輩」
拗ねながら喜多村はそう言って、再び彼女は近づて、二つのふわふわな何かを俺の腕に感じる。そんれは何なのか分かるので楽しんでいるけれど同時に罪悪感も覚える。人間は複雑な生き物なんだな。
「していないけど」
あの世界と同じく、喜多村は幼く思えても、彼女は二年生だから十七歳だろう。それでも、喜多村のアレは見えるより大きいもんだろう。
「そういえば川宮先輩……中沢先輩と付き合ってるんですか?」
「いや、中沢とじゃなくて、美月と付き合ってるぞ」
冷静なトーンで言ったけれどそれを言うのはちょっと恥ずかしい。
「川宮先輩にそれを言うのは恥ずかしいですね」
「……」
気がついた。やばい。この子は鋭い。それとも俺は分かりやすいのか。
どうにせよ、喜多村を誤魔化すことが出来ないみたいだ。
「長谷川先輩とですか……たぶん難しいですね……それでも、わたしはまだ出来るんですね」
喜多村の呟きを聞くと何が言いたいのは気になった。
「何のこと?」
「なんでもないんです」
そう言うと喜多村は距離を開き、俺が行く方向へ先に歩く。
「またね、川宮先輩」
彼女はそう言い、小走りで角を曲がっていった。
スカートはやばい。小走りをするだけでめくれやすい服だ。まだそのパンダの残像は浮かんでいる。
ただし、喜多村の行動は変だ。俺とぶつかったときに、俺が来た方向へ向かった。けれど、今は俺と同じ方向へ行った。
変わってる人だ。さすがアヤだな。
***
昼ご飯を食べきった後、美月は俺の席の隣の席に座り、彼女の手にあるイヤホンを俺に差し上げる。
「雄一くん、い、一緒にき、聞こうよ」
真っ赤な顔で美月がそう言うと俺はイヤホンを受けた。右耳のイヤホンであった。
俺は右耳にイヤホンを付けたのは確かめた後、美月が頷いて彼女のスマートフォンの画面をいじって再生のボタンを押す。
一つ目の歌のジャンルはクラシック音楽だった。落ち着かせるタイプの曲だ。
二つ目の歌はポストハードコアの曲だった。よく盛り上がらせる曲である。
三つ目の歌はアニソンの曲だ。人気アニメのエンディングで、『バニラ』という言葉がよく繰り返されて、恋に落ちることは感じさせる曲だ。
三つの歌は結構好きでいい音楽だと思う。でも、三つ目のソングは美月と一番似合わない曲だと思う。
一目で彼女の横顔を見ると美月は笑みを浮かべながら彼女の頬がもっと赤くなった。無理もないことだ。この歌で、今は俺の頬だって真っ赤であるかもしれない。
―そうだ。
三つ目の歌は美月と似合わないではないのだ。ただ、俺にとってその歌は彼女と似合わないという思い込みだ。でも、それを決めるのは美月だけだ。
自分と何が似合うのか似合わないのかは自分だけが決められる。
三つ目の歌の終わるところで予鈴が鳴ると俺は微苦笑な笑みを浮かべてもう一度美月の横顔を見る。
「俺と好きな音楽を聞いて、ありがとな」
「うん。わたしも雄一くんと一緒に音楽を聞くのは嬉しいわ」
彼女は笑ってそう言った。
美月は俺の隣の席を立ち、彼女の席に向かった。美月の背中を見ると喜多村と今朝のことを覚えて罪悪感を感じた。その上、紫色の光に包まれたミツキとミレイの姿を思い出した。
そういえば、俺は現実世界というここにいると異世界と呼べるあそこに俺が消えたかもしれない。そうだったら、ミツキとミレイとミナも消えたのだろう。
どうにせよ、なぜ異世界に行ったの理由がないかもしれないけれども、ずいぶんと気になることだ。
***
家に着くとすぐにお風呂に入ったり晩ご飯を食べたりした。
ベットに横になるとスマートフォンの画面を見てそのままでベットに置く。何時間なのかをチェックしようとしたけれど何時なのか覚えない。あらためてスマートフォンを取るところで美奈子が俺の部屋に入ってきた。
「お兄ちゃん、遊ぼう」
ゲーム機を指しながら美奈子はそう言う。
「……いいよ」
俺はベットから起き上がって美奈子とテレビの前に腰をかける。
最初のゲームはサッカーシムレーションゲームだった。試合が終わると四対二で俺が勝った。次にシューターゲームを遊んだ。美奈子は非常に上手だから勝つのは難しかったけれど俺の勝利でゲームが終わった。最後にはファイティングゲームにした。美奈子は緑色の服と剣を持つキャラを選択して、俺は尻尾の黄色いキャラを選択した。これは一番刺激的で面白くて、終わるとスコアは三対二だった。言うまでもなく、俺の勝利だ。
「お兄ちゃんに敵わないね」
「今はそうだけど美奈子って上手になってる」
美奈子は腕を組み、微笑みながら答える。
「そうだね。一年が経ったらお兄ちゃんを負かしてみせる」
「お楽しみだな」
ニコニコだった美奈子は何かを思い出したような表情をして微苦笑をする。
「けどね、来年にはお兄ちゃんは大学に通うよね。勝負するチャンスがないかもね」
美奈子はが言いたいのは分からないでもない。
来年に大学に通ったり、バイトをしたりして忙しくなる。彼女と喋る時間が減るかもしれないし、遊ぶ機会も減るのだ。当たり前で、しょうがないことだ。
それでも、俺は妹と過ごす時間が大切に思う。
「そうだって、絶対に来年も遊ぶぞ。俺の可愛い妹のためになんでもやるぞ」
「お兄ちゃんはそのキモいセリフをそんな簡単に言えるというスキルは恐ろしい」
美奈子がそう言いながら立ち上がり、部屋を出ようとする。
「でも、そのところが嫌いでもないよ」
そう言って、部屋から出てドアを閉めた。
俺は微苦笑な笑顔を浮かべ、テレビを消した後で寝ることにした。




