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知らないベッドの上で

「ん……んん……?」


 目覚めると、まったく身に覚えのない部屋でベッドに横になっていた。

 いつもはどんなに掃除しても清潔とは言い難い馬小屋で目を覚ましているのだが。


 どこの家なのだろうか。タンスや鏡にキャビネット、テーブルにベッドなど一通りが揃っているようだ。


 特にこの柔らかく広いベッドの感触が堪らない。ここ一ヶ月近く借りている藁ベッドとは大違いである。でも、どうして俺はここに?


 少し考えているうちに思い出した。あの恐ろしい襲撃を。

 しかし、俺みたいな追放され何もかも失った男を、誰が何の目的で殺そうとしたのだろう。


 そういえば左脚の怪我が治っている。傷跡すらも残っていないから驚いていると、不意にドアをノックする音がした。俺が返事をすると、一人の少女が入室してきたものだから、心臓が飛び上がってしまう。


「あ! やっぱりお目覚めですね」

「あ、はい。もしかして、あなたが俺を助けてくれたんですか?」


 ぽかんとした顔で質問をしてしまったが、少女は特に気にするそぶりもなく微笑む。長い金髪に白い布衣を纏っている。その姿はどこから見ても神に仕える身であることは間違いなかった。


「いいえ。助けたのはジリアーナさんですよ。私はあなたの脚を治療しただけ! でも危なかったですねー。あのナイフには毒が塗られていたので、解毒と治療の魔法を併用しなくちゃいけなかったです」

「そうだったんですね。でも、あなたに治療してもらわなかったら、俺はもう生きてはいなかったでしょう。ありがとうございます」


 とにかく頭を下げ、俺はすぐにベッドから起きあがろうとしたが、彼女は慌てて止めてくる。


「あ! まだダメですよ。あなたは毒を盛られ三日も眠っていたんです。もう少し安静にしている必要があります。えーと……あ! そうそう。ジリアーナさんにもあなたのことを伝えてに行ってきますっ」


 あの人が助けてくれなかったら、俺は今頃間違いなく死んでいただろう。とにかくお礼は必須だし、俺一人では彼女を探し当てられる自信はなかったので甘えることにした。


「……申し訳ない。すみませんがお願いします」

「はーい! それとですけど、私ファニーっていうんです。あなたのお名前を教えていただけます?」

「あ、はい。俺はエクスって名前です」

「良いお名前ですねっ。じゃあ、絶対に安静にしていてくださいね」


 そう言うと彼女は部屋を出て行った。多分俺より少し年下なのかもしれない。端々にちょっと幼さがあったが、この町に来て初めて、人の優しさに触れたような気がした。


 しかし、これからの生活が不安だなぁ。いつまたあのフードの男がやってくるか分からない。今後の暮らしが脅かされている現状に、俺は頭を抱えていた。


 ◇


 ジリアーナさんがここにやってきたのは、それから半日ほど過ぎてからだった。


「よう! アンタはエクスって名前だったらしいな。毒塗りのナイフにやられて助かったなんて、ホント運がいい男だよ」


 会うなり尖った犬歯を見せながら笑うジリアーナさんに、俺は頭を下げる。深夜でよく分からなかったが、髪は紫髪だったらしく、瞳は熟成された赤ワインのような色をしている。肌は褐色でとにかく美しい人だ。


 でも、襲撃された夜に出会った時の迫力は凄まじかった。あの時とのギャップにも驚かされる。


「なんとお礼を言えばいいのか分かりませんが、とにかく助けてくれてありがとうございました。あのままだったら、俺は間違いなく殺されていたに違いありません」

「ふん。気にすんな。あたしは町中で人殺しが起きているのが許せなかっただけさ。で、アンタはなんであいつらに狙われていたわけ?」


 俺はフードの男達に狙われていたことについて、まったく心当たりがないことを伝えた。魔導貴族キール家の次男だったことは伏せつつ、今までの仕事や住まいなど、伝えられる限りを伝えた。


「ふぅーん。じゃあ手がかりはゼロってわけか。あの後自警団に四人とも拘束されたんだけどさ。結局のところアンタを狙った目的は知らなかったみたいなんだよね。金を渡されて都合よく使われた、ただのゴロツキどもってことらしいよ。きっと他の雇い主がいるんだろうけどさ、こういう案件は。でも、知っているとしたらあのフード野郎くらいかも」


 彼女の話には納得しかなかった。依頼を受けていたのは、恐らくあのフードの男なんだろう。奴ら自身に恨まれる覚えなんて俺にはない。


 そして奴は、引き連れた連中には一切雇い主の情報を漏らしていないようだ。結局のところ正体が掴めないことに不気味さを感じていた。


「ここまで意味わかんねーと、ちょっと気になるんだよねぇ。かといって、お姉さんもけっこう忙しい身ではあるんだけど。そうそう、エクス。アンタにはもう一つ聞きたいことがあったんだ」

「え? 何でしょうか」


 ジリアーナさんはいかにも興味津々といった感じで身を乗り出してくる。


「アンタは一体どこの剣士だったんだ?」

「……え」

「別にさー、隠さなくてもいいんだよ。アンタ、さっきの話……実は嘘なんじゃないの? どっかで剣士をしていたけど、仕事で恨みでも買っちまってこの町に逃げてきた。ところが追っ手に見つかっちまったっていう流れで、」

「いやいや! 違いますよ。俺は元々剣士でもなんでもないんです。ちょっと魔法をかじっていただけというか」

「え? エクスさん、魔法使えるんですか! 系統はなんですか?」


 強そうな紫髪の剣士はちょっとばかり訝しむような目線だったが、ファニーさんは魔法と聞いて明るい顔になった。正直言いたくなかったが、ここで嘘をついても得することはない。


「黒魔法を少々。でも、結局はファイアボールすらも覚えられなくて、魔法使いの家を追い出されたって言うところです」


 魔法にはいくつもの系統がある。キール家は攻撃に特化した黒魔法の専門だ。他にも治癒魔法、精霊魔法など、あらゆるものが存在しているんだ。話しながら、ファニーさんはきっとガッカリするだろうなと思った。家を勘当されたってくらいのことは話しても問題ないだろう。


「ええー! 酷いじゃないですか。でもエクスさん。気に病むことなんてありませんよ。たまたま黒魔法に適正がなかっただけかもしれないのです。実は私、最初から驚いていたんです。あなたの体から自然と発せられる魔力が、今まで感じたこともないくらい大きくて!」

「そうだなー。確かにコイツの魔力は半端じゃない」


 魔力……か。俺にとっては期待を煽る道具であり、むしろダメだった時の落差でガッカリ度を高める最悪なギフトなんだけど。


「なーエクス。本当に剣を振るったこともないのか?」

「はい。まったく」


 すると何がおかしかったのか、彼女は突然ゲラゲラ笑い出した。ファニーさんも目を丸くしている。


「あっはははは! いいねえ。こいつは面白そうな奴を見つけたわ。なあアンタ、あたしが教えてやろうか? 剣士の道ってものをさ」

「え? 剣士の道って」


 俺はまだ頭がぼーっとしているようだった。剣士なんて言われても、まだまだピンとはこない。明日の生活だってままならないし、変な奴に襲われるかもっていう怖さもあったから。


 だけど、そういう誰しもが抱く不安すらもなくなってしまうくらい、俺は剣の道へ没頭していくことになる。

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