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剣を教わってみた

 かくして一本の鉄の剣を購入した俺は、いよいよジリアーナさんから講習を受けることとなった。

 ちなみに剣の値段は三万G。涼しかった懐が寒くなってくる。


「よーし! じゃあ今日から、ここでアンタに剣をレクチャーすることにしようか」


 尖った八重歯がやけに印象的な姉さんは、ドワーフおじさんの工房からすぐ近くにあった公園で足を止める。元々人気がない場所であり、きっと大抵のことでは近所迷惑にはならないと思う。


 ただっぴろい砂地だらけの場所で、彼女はまず背中に差していた剣を一本抜いた。


「まずは構えからだ。とにかくいつも同じ構えを取ることが大事なんだよ。ほら、こんな感じで構えてみ」

「あ……はあ。こうですか」


 ジリアーナさんは剣を両手に持って、こちらの目に切先を向けているような構えだった。どうやらこれが基本の構えであるらしい。俺は右足を前に出して、彼女と同じ姿勢を取ってみる。


「オッケー! じゃあ次だ。その構えから斬ったり突いたりする。こーんな感じ」


 その姿は一眼見ただけで、上級者の動きだと俺にすら分かった。長い紫髪が風に揺れる間に、剣が何度も空気を斬り、突きは貫通する様が思い浮かぶようだ。多分だが、彼女はこれでも本気ではないのだろう。もっと速く振ろうと思えばできるような余力を感じた。


 見惚れている場合ではなかった。俺はすぐに彼女の行った動きを真似してみることにする。剣をがむしゃらに振り、勢いよく腕を引いて突きを放つ。ただ、何かおかしい感じがする。


「はあはあ……どうですか?」

「うーん。うーん」


 首を傾げつつ唸る様子は、どこかの小動物のようでもあった。ちょっと困り顔をしている。


「やっぱ、素人って感じだなー。いいか、剣を振るっていうのはだな。頭で考えちゃいけないのさ。できる限り体感で覚えていくんだよっ。斬る時はもっとザン! ってやるべきだし、突くときは思いきって、ドーン! といくんだ。わかった?」

「わかりません」

「あはは! だよねー。まあ、最初はそんなもんだよ。じゃあ次いこう」


 急激に語彙力が低下した説明により軽い混乱状態になった俺に構うことなく、彼女は他の練習法をレクチャーしてくる。こんな感じで大丈夫なんだろうか。


 大丈夫ではなかった。そこから先はまさに異次元。目前にいるたった一人の生徒さえ置いていくように、彼女は怒涛の剣技を披露し続ける。


「これが五月雨斬り!」

「え……ええ」

「これが三段突き!」

「はあ……」

「これが竜殺し!」

「あ、はい」

「これが連続疾風斬り!」

「見えません」


 というような感じで、もう怒涛のレクチャーに必死でついて行くしかなくなっていた俺は、気づけば彼女の劣化版素振りを繰り返しすぎて倒れてしまった。我ながらなんて見苦しい姿だろうか。そういえば昼間だったのに、もう夕陽が沈みかけている。


「はあ! はあ! 何やってんだろ、俺」

「いいよー。これが剣の道だよ」


 ほんとかよ、と突っ込みたくなってしまうが、きっと剣士として名のある人がいうんだ。そうなんだろう……多分。

 息を整えつつ、俺は数分後にようやく立ち上がった。


「やっぱすげえじゃん。よくあたしの動きについてこれてるね」

「いえ! 全然ついていけてないですよ」

「普通、最初の素振りの時点でダメになっちゃうんだって。おっし! じゃあ次は、今までのを走りながらやってみ」

「え? 走りながら……ですか。無茶じゃないですか」


 ジリアーナさんはここまで無様な姿を見せた俺に、変わらない微笑を向けて答える。


「無茶じゃないって。だってスキルがダッシュ斬りじゃん。さあ、やってみなよ。まずは走りながら突いてみな」


 うーん。それってダッシュ【斬り】じゃなくなってるけど。まあ、細かいことはいいか。とにかく基本の構えに戻り、そこから勢いをつけて走り出した。


 何もない砂地の上をひたすら進み、公園の真ん中あたりに来たところで突きを放ってみる。突く瞬間に右足で踏み込み、切先は自分の喉あたりを意識して全力で剣を押し出した。


 やっぱり走ると勢いは全然違う。スピードが全て剣に乗り、さっきとは違う不思議な感覚だった。


「……やっば……」


 ふと後ろを振り向くと、ジリアーナさんが真剣な表情でこっちを見つめている。やばいとか言われたけど、もしかして愛想が尽きちゃったのかな。


「とにかくやってみたんですけど、ダメでした?」

「いーや。逆だよ。アンタ、やっぱ持ってるわ」

「へ?」

「アタシは燃えてきた! こうなったらマジで鍛えてあげるよ! まずは体力錬成からだっ」

「え? え? ちょっとー」


 一体ジリアーナさんはどうしてしまったんだろう。全く意味が分からないうちに、俺は毎日しごかれることになってしまった。走って筋力トレーニングをして剣の練習。基本は毎日これを繰り返すことになっていく。


 とはいえ俺はお金がないので、仕事はしなくてはならない。夕方まで日雇いの仕事をこなし、終わってから夜中まで剣を振ることもしょっちゅうだった。


 しかし、どうして俺なんだろうってのは拭い去れない疑問だ。剣の練習をすればするほど、なんともセンスのない自分に気がついていく。


 それともう一つ不思議なことがあった。俺は変な奴らに命を狙われていたはずなんだけど、あの夜以来一度も襲われていない。なぜかジリアーナさんは、気にしなくても大丈夫だと言う。


 時間があっという間に流れていく。不思議なことに俺は、いつの間にか剣を振ることに夢中になっていった。

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