第8話 目の前での死
俺は彼女に腕を引っ張られ、ラミリアの家の玄関に立った。
俺は彼女に促されるまま家の扉を叩いた。
しばらくして、寝間着姿のラミリアが出てきた。
ラミリアは俺の汚れようと血まみれの服や手を見て驚いた後、俺の後ろにいる『彼女』のほうを向き後退った。
『彼女』はニマッと不敵に笑っていたのだ。
「私に何か御用ですか?」
ラミリアは警戒心むき出しで『彼女』に尋ねた。
「はぁい。ラミリア・メイレー・ストロディアに御用でございまぁす」
ラミリアは疑念の色を顔に見せたが、すぐに『彼女』から距離をとった。
「あなたは誰なんですか? なんの用ですか?」
「私の名前はフォルミドよぉ。察しているでしょう……。眠らせてあげに来たんですわよぉ」
「――ッ」
彼女はほんの少し動揺するだけで、すぐに戦闘態勢に入った。
「おおっとぉー。だめよぉー、抵抗なんてしたらこの子がずったずったになっちゃうわよぉ」
彼女は俺を人質にラミリアを殺したいのだろう。
ラミリアは悔しそうに顔をゆがませた。
――いやだ。死にたくない。助けてほしい。
けど、俺のせいでラミリアが死ぬ様子を見るのはもっといやだ。
そう考えると自然と力がもとに戻ってきた。
「わ、かり、ました……。彼を解放してください……」
――なっ! だめだ! 俺は俺なんかより、可愛くて素直な君に生きていてほしいんだ。
困っていた俺を助けてくれた君に、文字を教えてくれると言ってくれた君に、夕日に照らされながら微笑んでくれた可愛いに君に、そんな俺の大好きな君に生きていてほしいんだ!
俺の体は自然に動き出していた。
俺の後方で気味悪く微笑んでいるフォルミドに、渾身の拳を食らわせてやろうと……。
しかし、振り向いたときにはすでに、フォルミドの姿は眼前にはなかった。
そして盛大に空を切った拳とは逆の腕が捕まれ、肉と骨の鈍い音と伴に後ろに――ありえない方向に曲げられた。
「うぁあああああああ!!!!」
俺は悲鳴を上げた。いや、悲鳴を上げることしかできなかった。
ラミリアを守るため、行動した。結果は俺が肩を脱臼しただけだ。
――なさけねぇ……。守ってやることすらできなかった……。やられて叫ぶことしかできなかった俺 が、情けねぇ……!
俺は常に襲ってくる痛みとふがいなさで、座り込み涙を浮かべることしかできなかった。
「いやぁあああ!! ミナト君!」
ラミリアはこんなに無様な俺を見て、恐怖と心配で顔を両手で覆っている。
――ほんっとに優しいな君は、俺は何にもできなかったのに……。ごめん……。ごめんな、ほんとに……。
俺は涙を浮かべながら、でもしっかりとラミリアを見ながらそう思った。
「うんーん。その顔もさいっこうだわぁ。今日はまさに最高の日ねぇ」
フォルミドは俺から視線を外しラミリアのほうを向いた。その顔には興奮と期待がまじりあっている。
「この子はこれくらいで許してあげるから、ラミリアちゃん今度はあなたの番よぉ」
そう言ってからフォルミドはラミリアに近づいていく。
その言葉にラミリアは一瞬肩を震わせ、そして俺を見た。
「――ッ」
その眼には怯えの感情と涙が浮かんでいる。
大粒の涙が頬を伝って落ちていく。
それはあまりにも儚く消え落ちていった。
「さようなら……」
ラミリアは大きな涙をこぼしながら震える声でそう言い微笑んだ。
ラミリアを救いたかった、俺なんかの命よりも彼女の命を残したかった。
なのに消えるのは君の命。
そう考えると自分へのどうしようもないふがいなさが溢れてくる。
「ごめん……。俺なんかより、君に生きていてほしいのに……」
俺の目からはさらに涙があふれ出てきた。
「そんなこと言わ――」
言い終わることなく突然ラミリアの腹に赤い直線が描かれた。
そして、大量の血と……見るに堪えないものが溢れだし、ラミリアは涙を舞わせながら床に倒れ伏せ、転がった。
フォルミドは奇妙な形のナイフに付着した血を舌でなめとっていた。
「へ…………? ラ、ミ、リア?」
俺はこれ以上ないほどに悲痛に顔を歪め、すでに倒れているラミリアに近づき震える声で尋ねる。
しかし、ラミリアから答えは出てこない。出てくるのは床を侵食し続けている大量の血だけだ。
「ラミリア? なあラミリア? そんな……。なんで、なんでラミリアまでも俺から消えていくんだよ」
もはや肩の痛みも過ぎ去っていく時間すら感じない。俺の片方の腕の中で動かないラミリアのように、世界が白黒で止まっているように見えるのだった。
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