第3話 唐突の美少女
次の日の朝、目覚めは非常に悪かった。いや、いいのかもしれない。
美少女だ。
しかも俺の上に四つん這いになっていて、顔が近い。息が当たるほどだ。
髪は薄茶色で背中まである。
目は赤に染まっており、胸の膨らみは年相応といったところか……、これからの成長を期待したい。
背も年相応か……、どちらかといえば低いほうだろう。
――いやーやっとかー、異世界万歳!
と、他愛無いことを考えていると彼女が口を開いた。
「起きたんですか、動かないでくださいね」
彼女はさらに顔を近づけてきた。
――今の俺ならゴリラに殴られようと動く気がしねぇ。どうぞお好きなようにあんなことやそんなことを……。
そんなことを考えている間に彼女は、俺の首元まで顔を近づけて口を開いた。
――息が、かかって……、いい。
そして彼女は俺の首筋を噛んだ。
戯れの甘噛みなどではない。文字通り噛んできたのだ。
「痛った!!」
しかし痛かったのは初めだけ。
吸われている感覚がやけに気持ちよくなってきた。
彼女の喉に液体が流れる音や首筋に当たる彼女の息、すべてが初めてだらけだが脳が溶けていくような感覚が押し寄せてきた。
――あぁ。こういうのもありかもなぁ。
しばらくしてから彼女は俺からゆっくりと離れた。
「ごちそうさま」
彼女は真顔のままだがほんのりと顔に満足感が表れている。
――お粗末様でした。
――て、ちっがう!! え、なにこれ?
俺は快楽の酔いから目覚め、何が起きているのかわからず混乱した。
「き、君は?」
「人の名前を聞く前に名乗らないんですか? 侵入者さん?」
この人がこの家の住人さんか!
やっと気付き俺は慌てて名乗った。
「サツキ・ミナトです! 勝手に上がってしかもベッドで寝てしまい、すみませんでした!」
「謝るならもっと早く言ってほしいです」
彼女はベッドから降りながら言った。
やはり背はそこまで高くはない。中学生くらいの年だろうか。
「で、それだけなんですか?」
彼女は不思議そうに俺を見ていた。
「何が?」
「……何でもないです」
何が「それだけ」何だろう。
「謝り足りないのならもっと謝るよ?」
「いえ、違います。何でもないです」
「で、君は?」
「私の名前はフィリム・ミクロンです。ミクロンはないも同然ですけど……」
後半、彼女――フィリムはつらそうに小さく言った。
「それにしても不思議な格好ですね。あなたはこんな田舎にどこから来たんですか?」
「東の金の島からさ!」
キランと効果音が付きそうな口調で俺はごまかした。
フィリムは俺の反応で何かを察したようで、問い詰めようとはしなかった。
「ところでフィリムは吸血鬼なのか? さっき俺の血吸ってたみたいだし」
フィリムはビクッと肩を震わせ俺を見たまま固まった。
――俺まずいこと言ったの?
フィリムは視線を落とし俺に伝えた。
「はい……。そうです。あれは我慢できずつい……」
「へぇ……。すげぇじゃん」
途端、フィリムはとてつもなく驚いた様子で俺を見た。
「え……?」
「えってなんだよ。普通にすごくないか?」
「あなた知らないんですか? 私も含めて吸血族って差別対象なんですよ!」
――自分のこと被差別対象とか言っちゃったよこの子。
「へぇ、そりゃ可哀そうだな」
「へぇ……って…………、……そんな……やっと……」
そう言ったときフィリムの中で何かが崩れたのだろう。
彼女は目じりに涙をためて言った。
「なんでもっと早く来てくれなかったんですか……? ずっと苦しかったのに……。泣かないようにずっとずっと何年も頑張ってきたのに……。」
フィリムは大粒の涙を流しながら近づいてきて、俺の服を震える手で掴んだ。
そしてゆっくりと息をして震える声で言った。
「ずっとずっと一人で……、私を認めてくれる人が助けに来てくれることを毎日お星さまに願っていたのに……。なんでもっと早く来てくれなかったんでずかぁ!」
俺は衝撃を受けた。
そこまで差別ってひどかったのか。
こんなに幼い子がずっと一人で、甘えるべき親も友達も頼れる人も誰もいない……。
そんな状態でここまで生きてきていたんだ。
毎日毎日信じられるのは定刻に昇る星のみ。それも夜のうちだけ。
そしてやっと俺がフィリムを認めてやれる人間としてやって来た。
そう考えると慰めてやりたくなるし、そばにいてやりたくなるだろう。
俺は目の奥がじんじんして涙が出るのを必死にこらえた。
今泣いていいのはフィリムだけなのだから。
――ずるいよな、この顔は。
俺を強く抱きしめながら激しく泣いているフィリムの顔にはまだ幼さが残り、俺は自然とフィリムの頭を撫で、優しく抱き返していた。
泣き疲れたのか、フィリムは俺に抱き着いたまま寝始めた。
規則的でかわいらしい寝息と安心しきった天使のような寝顔は、二次元を凌駕するといっても過言ではない。
俺は頭を優しく撫でながら、静かに寝顔を見つめていた。
――これからどうすっかな。フィリムからは離れないほうがいいだろうし……。考えてもなんも分らん。この世界の情報がなさ過ぎて考えるのも無駄だわ。
俺は考えるのはフィリムが起きてからとし、起きるのを静かに待つことにした。
が、いつの間にかフィリムを抱いてベッドに座ったまま眠っていた。
「んぁ」
どれくらいたっただろう。
俺は目を覚ました。
「うー」
頬に違和感が。
つつかれている?
驚いて俺は目をこじ開けた。
すると、眼前に美少女が広がっていた。
「うおゎっ!」
唐突の美少女は本日2度目だ。ほんと心臓に悪い。
認めてくれる人Aが死んでしまうぞ。
フィリムは髪を後ろで結んでいた。
俺はフィリムの後方を見て結んだ理由に納得した。
掃除だ。しかももうすでに家中ぴかぴかだ。
さすが一人で生きてきていただけある。
俺が感心していると、怒った口調でフィリムが聞いてきた。
「どこを向いているんですか? 目の前にミナトだけの美少女がいるのに!」
――「だけの」とは嬉しいことを言ってくれるではないか。
「あぁ、かわいいよフィリム。掃除したのか、すっごいぴかぴかだな。俺の家じゃないけどね」
――今日あったばかりの子にかわいいとか言うのはさすがに恥ずかしいな。
フィリムは真っ赤に顔を染め上げたが、また怒りだした。
「今日からここがミナトの家です!」
「え、俺住んでいいの?」
「逆に離れないでください」
またもや顔を真っ赤にしながら、フィリムはそう言った。
無理しなくていいのに。
「わかった」
そうして俺はこの家に美少女と住むことになった。
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