死ねなかった
1
時折、沸き立つ感情がある。
死にたい。
ネガティブを通り越して死にたいのだ。
無力感と言ってもいい。
俺はこの世界では役立たずだ。
本当何の役にも立たない。
空気の方がよっぽど人の役に立ってる。
ではなぜ生きているのか。
このような負の感情が沸き立つタイミングが悪い。
夜、布団に入っている時や、授業中だったりとか、そんな感じで今までのうのうと生きている。
今日の天気は曇っていて、じめじめしている。
癖毛の人は髪がクルクルして大変だろう。
死ぬならこんな日じゃなくて陽が照っている日がいいなと思う。
下校中の今、横断歩道に差し掛かったところだった。
先に渡っている同じ高校の制服を着ている少女目掛けて、信号を無視した車が差し迫っていた。
しめたと思った。
彼女を助けて死ねば、自分の死を正当化出来る。
こんな意味のない自分の生に、明るい色を付けられる。
そう思った俺は駆け出していた。
自分の死を正当化するために。
2
「聞いとるかの?」
目の前の白い少女がそう問かけてくる。
白眼に白髪、白に近い肌の色、体は華奢だ。口を開くたびに見える尖った歯は、吸血鬼などのように不完全には見えず、自然の、あって当たり前のように見える。
「だからな、他人を自分の正当化のために使うな」
自分が今いる場所はどこかのビルの最上階、空が見渡せるほどのとてもとても高い場所だ。
どうしてこのような場所にいるのか分からない自分が答える。
「彼女は無事なんですか?」
自分は自身の正当化に使おうとした同門の少女の顛末を尋ねた。
「彼女は無事じゃよ。というかお前が手出ししていたらもっと悲惨になっていた」
という事は自分が命を投げ出そうとした瞬間に、ここに運ばれたという事か。
「彼女はな、あの学校随一と言ってもいいほど運動神経が良くてな。車に衝突する瞬間に避けたのじゃよ」
白い少女が続ける。
「世間的にも有名な彼女を知らないとなると、お主は相当なエゴじゃのう」
きっとそうなのだろう、死にたい俺はどうせ自分の事しか考えていない。自分が死んだことによる家族への迷惑を考えていない。
今の日本は死ぬためにもお金が必要なのだ。ましてや周りを巻き込んで死んだ場合は個人で死ぬ10倍以上の金がかかる。
だから異世界にでも迷い込んで勝手に野垂れ死んだ方がマシだろう。捜索届を出されても高校生の自分は異世界に行ったらこの世界で生きたまま死ぬことになる。もうそれで良いのではないか?
「そうか。……お主の望み叶えてやれるぞ」
思考をスキャニングされているような気がした。
「ただこちらがお主の目的を設定する。それでよいか?」
「はい」
そう承諾する。異世界の宿で寝ながら死ぬのも、草原で行き倒れるのも、魔物とやらに食べられるのも悪くないと思った。
「まあ、一つだけ望みを叶えてやろう。何が良いか? 金か? 女か?」
この世界からこれから消えるのだから願いはただ一つ。
「この世界から自分の記憶を消して欲しいです」
「なんじゃそんな事かつまらんのう」
何が癪に障ったのか分からないが彼女はむくれている。
「まあよい、お主が旅立ったら消えるようにしとく。それでお主の目的は、転移先の世界を破滅させることじゃ」
そうこれは人の子が勇者になって魔王を倒す物語でも、魔王になって世界を侵略する物語でもない。
ただの人の子が世界を終わりへと導く物語。
3
あっさりと凄い事を頼まれたが、この人が神様なら世界を作りすぎたから消してくれみたいなものなのか。
そういうことにしとこう。
「送る前に向こうの金銭だけ渡しておく。その袋だけで金貨10枚、日本円にして100万円入っておる。大事に使えよ」
「ありがとうございます」
礼を言って硬貨が入っている厚い皮で作られている巾着袋を受け取った。水を入れても漏れなさそうだ。
「ああ、忘れておったがこれに着替えよ。あの世界は制服は目立つ」
「これですか?」
「そうじゃ」
「これ自分の体育着じゃないですか」
渡されたのは紺色の体育着。丁寧に自分の苗字が印刷されている。
「お主の高校の体育着が紺色で良かったな。世間にはの、薄緑の蛍光色の体育着を使っている中高一貫校があるんじゃよ」
中高一貫校って大体ど派手の体育着を使用している気がする。運動部の地区大会でバリバリ目立つ。
「もういいじゃろ、不具合があったら使いを送るから早く行け!」
そう怒鳴られて、自身の足元が浮遊感に包まれた後、体ごと下へ下へ落ちていく感覚を覚えた。
4
人間、夢の中で落下現象に見舞われた時、体が凝り固まった血流を戻すためにジャーキングと言う事象を行っているらしい。
ビクッと自分の体に電流が走り目が覚めると、体が落下している最中だった。
あ、これは死んだな。
まあいい、誰にも迷惑をかけずに死ぬことが出来るのだから。
ああ、空が綺麗だ。
そんなことを思った3秒後、俺の体は湖へと落ち、とてもとても大きな水飛沫をあげた。
次に目が覚めた時、見知らぬ天井があった。
「……俺は死ねなかったのか」
そんな言葉が口から漏れていた。
「ッ!!」
上体を起こそうとすると、体がきしんで起こすことが出来なかった。
最低限動かせる顔で周りを見ようとしたら、青い青い髪が視界に映った。
空の色、水の色、そしてもう帰る事は出来ない故郷の色だ。
「……きれいな青だ」
そう呟いた自分は、またまどろみの中へと落ちていった。
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