男爵令嬢と学園生活
学園は前世のような楽しい場所ではなかった。
ユーリと結婚できる材料を揃えていき込んでやってきたけど、この学園内で男爵家は低い地位だし、身分関係なくなんて表向きの話。
やっぱり上位貴族には見下されるし、何を言われてもいい返すことはできない。
ユーリに近づくには、身分的に難しかった。その上、彼は上位学年で、授業が被ることもない。入学した日にユーリ、その後にこの国の王子とその護衛とのやり取りを見られていたわたしは初めから遠巻きにされていた。
上位貴族たちにしてみたら目障り、同じぐらいの貴族たちにしてみたら巻き込まれたくない。
授業も黙々と受ける日々だ。あっという間に半年が過ぎ、実力テストが実施された。日本の学校のように成績順に張り出されることはないが、皆、誰がどのくらいの位置にいるかは把握している。
わたしはひたすら勉強をしただけあって、主席を取った。
主席だから頭がいいとかではない。転生による特典だ。
座学は簡単すぎ、魔法学に至っては入学する前に賢者の本を極めてしまったから簡単だった。男爵家のわたしが成績優秀であることが気に入らない上位貴族たちからは嫌がらせが始まっていた。
嫌がらせをするぐらいなら、死ぬ気で勉強しろよ! とマジで叫びたい。
叫んだ瞬間に物理的な排除が始まりそうだから、言わないけど。言わないけど、言わないように我慢することがストレスになりつつあった。
さらに最悪なのは、ここ一か月ほど、王子が暇を見つけてはわたしに話しかける。王子はユーリと護衛を連れて、朝やお昼に声を掛けてくるのだ。
本当ならば避けてしまいたい。避けてしまいたいけど、この接点がないとユーリと顔を合わせることができない。ユーリは未だにわたしを思い出してくれない。
悩みに悩んだ末、ユーリが思い出すまでは我慢しようと王子たちから逃げないようにした。
キラキラ集団を避けないことにより、学園での居心地は最悪になった。
ものが隠されるのはまだいい。水が降ってくるのもまだ許容範囲だ。陰でくすくす笑われても気にならなかった。
気にならないけど、徐々にちくちくとした何かが胸の中に溜まっていった。
近くで見るユーリも評判が悪かった。授業はさぼるし、よく寮を抜け出して夜の街に行っているようだ。女遊びをしているのでは、というのが噂されている。ユーリがそんなことするわけない、噂だけだと自分に言い聞かせる。
「ねえ、君」
そんなある日、ユーリが一人で会いに来てくれた。嬉しさに笑みが浮かぶが、それもすぐに消える。
「王子を狙っているのかも知れないけど、身の程はわきまえなよ」
「わたしは」
「男が欲しいのなら、僕が付き合ってあげてもいいよ」
ユーリに距離を詰められて、初めて怖いと思った。そして、目の前にいるユーリはわたしの好きだったユーリではないことに気がついた。同じ顔をしているのに、わたしのユーリではない。とてもしっくりときた。
大好きだったユーリは8歳で別れたあの時にいなくなってしまったのだ。
あんなに頑張ったのに。
死にそうな思いをしてまで頑張ったのに。
同じように思ってくれていると思って努力をしてきたわたしがとても滑稽で、とても可哀想で、とても惨めだった。
わたしの中のシャーロットがユーリの名前を呼びながら泣く。
自分に気がついて、前のように一緒にいてと。
どうやって寮に戻ってきたのかわからないけど、部屋にこもると大泣きした。ずっとそばにいたいと思っていたのはわたしだけだったと知って、胸が痛かった。
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わたしは避難場所である裏庭の隅の方に座った。色々と整理をするためにも静かな環境を求めて、ここにやってきた。裏庭の、貴族などはなかなか来ないような寂れた場所だ。張り詰めた気持ちを緩めて、だらしなく座る。
友人はざまぁ系の悪役令嬢小説を書こうとしていた。
見せてもらったプロットは、初恋の彼に会うために魔法学校に入学し、再会。ところが王子から熱望され、気持ちがぐらつく。初恋の彼はヒロインに見向きもしない。さりげなく助けてくれる騎士がいて、彼女は周囲の羨望と嫉妬を一身に集める。当然、王子の婚約者である令嬢からも目を付けられて、いじめられる。命にかかわる嫌がらせに、王子が婚約破棄を叩きつけ、沢山の観衆の中、愛を告げる。
ところが、これはヒロインの自作自演。冤罪だと主張して、婚約者であった令嬢からの反撃を食らう。
身分を追われ、ヒロインは修道院へ。婚約者だった令嬢はその毅然とした態度と、貴族のお手本のような振る舞いに称賛を浴び、隣国の王族に見初められて、ハッピーエンド。
いじめられている。今、ココ。
次のステージになると、お約束の階段突き飛ばしか、ならず者からの襲撃か。
彼女のプロットに書かれているように自作自演じゃないんで、襲われることはないと信じたい。
強制力が半端ないので、このままこの学園にいたらプロット通りに進む未来しか見えなかった。確かに多少の違いはある。プロットの中の男爵令嬢は光魔法の素質なんてなかったし、王子さまが気持ち悪い変態ではなかった。ユーリも女好きではなく、どちらかというと人間不信気味だった。
でも、王子たちは変態チックな言葉と共に絡んでくるし、わたしは貴族たちには嫌われている。表向きはプロットと何ら変わらない。
残りのパートも順調にそれっぽく進んでいくのだろう。
このまま、ざまぁを食らってしまえば、男爵家が没落してしまう。なんとしてもそれは避けたい。プロットにはそこまで書かれていなかったから、変更可能なはず。
「シャーロット、ごめんね」
そっと自分の胸のうちに声を掛けた。彼女の存在は常に感じるわけではないけど、自分ではない何かがいる感じがあった。昨日、ユーリのことで泣いた後、その存在を感じることができずにいた。
もしかしたら完全に閉じこもってしまったのかもしれない。
できればこの体の持ち主であるシャーロットの願いをかなえてあげたかったけど、わたしにとってユーリよりも男爵家の方が大切だ。優しい両親とお兄さまを不幸にしたくない。
わたしはこの舞台から退場することを決めた。




