男爵令嬢と未知との遭遇
念願の王立魔法学園に入学した。
この魔法学園は貴族しかいない。貴族も最上位の王族からわたしみたいな弱小男爵までぴんきりだ。
すでに小さな社交界なような感じ。ここでのつながりを作って、卒業する時には自分たちの領地を繁栄させるために利用する。小さな世界で経験を積み、将来に備える。
我が男爵領はお兄さまが浄化の力を持っているため、わたしたちの世代くらいは今のままで全く問題ない。どちらかというと、わたしがやらかして総スカン食って干される方がやばい。
修道院行きは嫌だし、男爵領がつまはじきになるのも嫌だから、そのあたりは状況を見つつ戦略を練る予定だ。
とにかく今日はユーリを遠くからでもいいから確認して、今後の対策を考えなくては。
魔法学園の門のところで意気込んでいたら、後ろからドンと突き飛ばされた。勢いよくぶつかったのか、足元がふらついた。頑張って踏ん張ろうと思ったが、不意打ちだったため足がもつれる。
「あっ」
「ごめん」
倒れそうになるところを腕を強く引っ張られた。驚いて顔を上げれば、鮮やかな緑色の瞳。
日の光に透ける茶金色の髪と緑の瞳が目の前にあった。
ユーリだ。
間違いない。
わたしの中の幼いシャーロットが歓喜に震える。わたしも思わず頬を熱くした。想像以上に甘さのある顔立ちに胸がドキドキする。腹は6つに割れているだろうか。ちょっと確認させてもらいたい。
ユーリに抱きしめられるように立たされると、彼はふっと甘く笑った。
「新入生? 可愛いね」
「え?」
その挨拶が初めて会う人のような感じだった。驚きに固まれば、ユーリはそっと屈んで、耳たぶを齧った。
か、齧った――!
慌てて耳を隠すように両手で覆う。わたしのそんな様子を見てユーリは面白そうにくすくすと笑った。
「先に予約ね。夜、寂しくなったら呼んでいいよ」
そんな色っぽい言葉を耳元で囁いて、彼は何事もないように去っていった。唖然としてその場に立ち尽くす。
今のは何だったの?
本当にユーリ?
混乱して彼の後姿を見送っていたわたしに後ろから来た誰かがポンと叩いた。
「きゃあ」
「驚かせたようだ。すまない」
堅苦しい言葉遣いで言われて、パッと振り返る。そこにいたのはキラキラしい二人。
金髪碧眼のいかにも王子というなりをしている男性とがっちりとした逞しい体つきをした黒髪短髪の男性。
彼らは困ったような顔をして立っていた。
「彼に何か言われたようだけど、気にしなくていいから。あいつには後で注意しておくから、安心してほしい」
金髪碧眼の男性がそんな風に謝ってくる。
どこかで見たことが……。
忙しく記憶をたどると、合致する人物がいた。
わたしは慌ててすっと頭を下げた。散々仕込まれた最上位の礼だ。足がプルプルするがそれどころじゃない。ここは無難にやり過ごして、一般学生に紛れるべき。
どうしてこんなにも攻略対象と会うのかな。
あ、違うか。
ヒロイン(ざまぁ予定)だからここで会ったんだ。
もう友人が作ったストーリは始まっている。
半端ないな、強制力!
気がつかなかった。
本当なら、ここは頬を染めて王子を見つめるところだが、そんな恐ろしいことはできない。
だって、ここ、正門よ?
好奇心を隠さない目がいくつもこちらの様子を伺っている。先ほどのドキドキとは違うバクバク感を味わいながら、か細い声で謝罪した。
「も、申し訳ございません」
「困ったな。ここでは身分関係なく学ぶことになっているんだよ。できれば親しく接してほしいな」
「それは……」
ムリムリムリ。
わたし、男爵令嬢だし。
心の声を辛うじて飲み込んだ。
そんな建前、あってないようなものだ。目の前にいる王族にどうやって親し気に接することができると言うのだ。
そう考えれば、小説のお花畑ヒロインは図太い神経を持っていたに違いない。現代日本からの転生者だから身分制度が身近ではないという理由だけで、突撃できるわけがない。総理大臣に突撃して、親しく話し始めるぐらいの無茶ぶりだ。
現代日本の意識が強いわたしだって、今すぐへへーとひれ伏したくなるほどの王者のオーラが出ている。
「殿下。あまり無理を言っては可哀想ですよ」
顔色を徐々に悪くするわたしに助け舟を出してくれたのは、もう一人の黒髪短髪の男性。金髪が王子なら、こっちは護衛騎士だ。ちょっと胸筋に触ってみたいと思いつつ、顔は伏せたままにしておく。
「でも君だよね? 新入生で満点を叩きだしたのって」
そうだったかしら?
奨学金を取るために全力で挑んだから、よくわからない。
もしかしたら満点だったかもしれないけど、どうして知っているのよ。
「まだ結果を聞かされていないのではないでしょうか?」
「そうか。そうだったね」
二人は勝手に会話をしていく。わかったことは二つ。
王子と護衛騎士の顔がわかったこと。
あとは奨学金は取れそうだということだ。
男爵家は裕福な部類であるが、お金は毟れるところから毟り取りたい。そんなつもりはさらさらないけど、もしかしたら没落してしまうかもしれないからお金は大事だ。
「緊張しているの? 震えていて、可愛いね。もっと怯えた顔をしてほしいな。きっと可愛いだろうね」
は?
その言葉、おかしくない?
聞き間違い?
「殿下」
諫めるように護衛が声を掛けるが、それぐらいで王子の行動は止まらない。するっと頬に手が伸ばされて、包み込むように上に向かされた。真正面から王子の顔を見ることになる。
キラキラ王子のオーラに目が潰れそうだ。
「うわ、すごい色だ。こんな目の色、見たことない」
どんな反応をするのが正しいのがわからず、固まった。目の色が変わっているのは自覚はあるが、まじまじと覗き込まれると恐ろしい。
「本当に可愛い。側に置いておこうかな。その目、部屋に飾っておきたいね」
王子はどこかうっとりとした表情でそんなことを呟く。不穏な言葉は自主的にミュートした。わたしは何も聞こえていない。
余計なことはしなくていいです。放置一択でお願いします。
言えない言葉を心の中で呟きながら、解放されるのを待った。どうにもこうにも、こうして触られていると体がぞわぞわして気持ちが悪い。全身鳥肌が立つ。
手を払ったら、ダメかな?
無礼をしたということで鞭打ち?
それとも水責め?
中世ヨーロッパ風なら処罰はえげつないはずだ。キラキラしている世界だと油断していると、危ない何かを踏み抜きそう。
ぐるぐるする思考を持て余しながら、早くここから解放されたいと願う。
「髪も珍しい色だね。触りたくなってきた」
そんな言葉を吐きながら、頬から手が外れ、殿下の指に髪を絡められた。馴れ馴れしい仕草に怒りがわくが、ここで一発殴ってはいけない。ぷるぷると体を震わせて我慢する。
「殿下、それ以上はやめてあげてください。彼女、顔色が悪い」
護衛の彼が呆れた口調で強めに諫めた。王子は渋々わたしから手を離してくれる。
「本当だ。緊張しているのかな。でも、私はこの子が気に入っちゃったんだよ」
お気に入りの人形でも見つけたかのような言葉にぞっとした。
どういうこと!
ここは友人の作る悪役令嬢の活躍する小説の世界で、王子は頭脳・人格・容姿すべてが最上級の人物だったはず。こんな危険な言葉を吐くような人物じゃなかった。
訳が分からず、ぐるぐる考えていると、涼し気な声が割り込んだ。
「殿下、そちらの令嬢はどなた?」
豪奢な巻き髪の令嬢がやってきた。人形のように整った容姿をしている。とても三次元の人間とは思えない。汗とか鼻水とかでなそう。
わたしは反射的に頭を下げた。この令嬢は、侯爵令嬢で王子の婚約者だ。間違っても逆らっていい人ではない。
「一年生の首席だよ。ユーリが口説いていたから助けに入ったんだ」
「そうでしたの。そこのあなた、もう用はないから下がっていいわよ」
「失礼いたします」
ようやく許可が出て、ほっとした。どこか高飛車で意地悪そうな物言いだった。まあ、いい。今はここから脱出できたことに感謝だ。
「あーあ。逃げちゃった」
「殿下、いけませんよ」
そんな会話を耳に入れながら、脱兎のごとく逃げた。




