男爵令嬢と賢者の書物
結論から言えば、ミラクルショット、ありました。
お兄さまに我儘を言ってようやく手に入れたのは賢者の本。
この本、実は裏設定だ。
よくあるじゃない。魔力を空になるほど使うと限界を超えてどんどん魔力が増えていくという設定が。
あれ、実はこの世界にも適用されている。中世ヨーロッパ風の世界に魔法をぶち込んだ時に設定した。
その方法論が書いてあるのがズバリ賢者の本。
この賢者が守銭奴で胡散臭い人物だったせいで、本当だと思われていない。だがそれでも賢者なので王都の古本屋とかに置いてある。人気はない。
この本を8つ年上のお兄さまにお願いして探してもらった。
お兄さまは今年16歳で、王立魔法学校へ入学した。貴族はこの魔法学校に必ず通わなければいけない。ここで魔法の適性や教育をされて、国に登録されていくのだ。
この世界は国の外に出れば、魔獣なんかがうようよしている世界だ。突然、溢れるようにして発生することがあって、国としても使える人材を管理しておきたい。もちろん、冒険者という血沸き肉躍る職業だって健在だ。
できるなら冒険者の筋肉を拝みたい。悪役令嬢が活躍するこの世界で、むきむき筋肉が活躍できるのはひとえにわたしが初期設定時に頑張ったからだ。小説を書いている友人はどちらかというとキラキラ王子様系が大好きで、脱いだらすごいんです程度の筋肉が好き。
最初は筋肉モリモリ冒険者を入れることを渋っていた。でも本編に関係ないからいいじゃないと無理やり突っ込んだ設定だ。
「この本、役に立たないと思うけどな」
「そうかもしれないけど、読んでみたかったの。ありがとう、お兄さま大好き」
満面の笑顔でお兄さまを褒めたたえれば、照れたように笑ってくれる。このお兄さま、友人の小説では名前すらも出てこなかったが、ヒロインの兄だけあってとても麗しい。
ピンクゴールドの髪に甘い顔立ちをしている。どちらかというと、ビーでエルの方のヒロインになりうる人材だ。男の割には華奢だし、腰細いし。ムキムキのSランク冒険者と反発しながら見つめあって……ああ、ダメだ。ここはそいう世界じゃない。友人にだいぶ毒されている。
古ぼけた賢者の本を手に入れたわたしはにこにこしながら、応接室の長椅子に座り本を広げた。隣にお兄さまが腰を下ろした。どうやら一緒に本を見てくれるようだ。
「シャーロットは偉いね。学園に入るまでまだ8年もあるのにもう魔法に興味があるのかい?」
「うん。魔法が強くなったら、ユーリに会えるかもしれない」
無邪気さを装っていってみれば、お兄さまの表情が曇った。
「シャーロット、ユーリが好きなの?」
「もちろんよ。結婚するって約束したし、わたしは諦めたくない」
「ユーリは魔術師団長でもある侯爵の跡取りだ。男爵家の令嬢でしかないシャーロットには手が届かない人だよ? それでも頑張るの?」
わかっている。わかっているから、ミラクルショットにかけているんじゃないの。
この体の持ち主のシャーロットだって戻ってくるかもしれないし、わたしは元の世界に戻れるかもしれない。だから諦めるわけにはいかないのよ。
わたしはわかりやすく顔を歪めた。
「ユーリだってわたしのことを大好きよ」
「そうだけど。それだけでは……」
お兄さまは渋い顔をしていたが、何かを思いついたようだ。
「一つだけ、身分を超える方法があった」
「え?」
それは是非とも教えてほしい。
お兄さまの腕をがしっと掴んだ。
「光魔法だ。光魔法の使い手になれば、ユーリどころか王族とも結婚できるぞ」
いや、王族はいらない。横恋慕の王子を思い出して、顔が引きつった。
とりあえず、ヒントがあったのでそれを強化しよう。
わたしはすぐさま持っていた賢者の本を開いた。残念なことに詳細はうろ覚えだが、書いてあったはずだ。隠しアイテムみたいに、都合のいい本にしてあった。
「光魔法を増やす方法が書いてあればいいな」
ぱらぱらと本をめくりあげていけば、目的の場所を見つけた。
魔法の力をつけるには、空になるまで毎日使えとなっていた。その中で一番消費する光魔法である浄化を使い続けるようにと。
光魔法は神に選ばれた人間がなるわけではなくて、単純に消費する魔力が多いため発動できないことが多いそうだ。なので、発動しなくても魔法を行使し続ければそのうち使えるようになるし、そこから空になるほど毎日消費すれば、魔力も多くなると書いてあった。
よっしゃあ! グッジョブ、前世わたし!
嘘かどうかはわからないが、やらない選択肢はなかった。すこしでもユーリに近づけるのならと、わたしはすぐさま賢者が使えと書いている魔法を使ってみた。
賢者の本に書かれている魔法陣を頭の中に思い描き、魔力を流した途端に視界が暗転した。
「え? シャーロット!」
遠くでお兄さまの声が聞こえたが、返すこともできなかった。体を優しく抱きしめる暖かな腕を感じたが、すぐに意識が遠のいた。
******
死ぬかと思った。
目を開けた時には涙を浮かべているお母さまの辛そうな顔が飛び込んできた。
「シャーロット!」
お母さまは目が覚めたと知った途端に号泣した。どれほど心配かけたのか、その様子でわかる。力の入らない手をそっと延ばして、お母さまの手に触れた。
「3日も目が覚めなくて……貴女が目覚めなかったらどうしようかと」
悲痛な言葉であったが、わたしは賢者の本が正しいことを理解した。
使える賢者、バンザイだ!
「お母さま、ごめんなさい。どうしてもユーリの側に行きたい」
「シャーロット……」
「だから、これからも倒れると思うの」
お母さまはわかりやすいほど青ざめた。お母さまは無言で部屋を出て行った。何だろうと思っているうちに、お父さまとお兄さまを連れてきた。私の部屋でそのまま家族会議となった。
「修行するたびに倒れてしまうのだ。許可できない」
難しい顔で言うのはお父さま。
「こんなにも負担が大きいのに、それでもやりたいの?」
優しい口調だが、どこか困ったようなお兄さま。お母さまは無言だ。誰も応援してくれそうにいないので、わたしは家長であるお父さまに訴えた。
「ユーリとずっと一緒にいたい。無理はしないから……」
可愛らしく見えるようにウルウルと瞳を潤ませた。上目遣いでお父さまに訴える。お父さまは明らかに動揺した。可愛い娘のおねだりに弱いのだ。
「だが……」
「お父さまが駄目だと言うのなら、隠れてやるからいい」
「それはもっと駄目だ!」
条件付きで、わたしは努力することを認められた。嬉しくて嬉しくて、男爵領の土地を浄化し続けた。
8年もたてば、浄化の力は強くなり、魔力もかなり多くなった。初めの頃は昏倒したが、今は少しだるいだけだ。空になる直前でやめるコツも掴んだ。
この訓練は意外な効果があった。毎日のように土地が清められたせいなのか、男爵領で取れる作物はとても大ぶりで美味しいのだ。作物の病気もなくなり、収穫高が上がったことで男爵家は潤った。
当然、この様子を見ていたお兄さまも私と同じ訓練を始めた。暇人の私と違ってお兄さまは忙しいので、一週間に2日程度だが、それでもかなりの使い手になった。
ふふふ。
やればできる子なのだ。なんていったって、ハイスペックヒロイン(ざまぁ予定)なので。
光魔法はほとんど覚えた。
回復魔法から、治癒魔法、浄化魔法。ただ光だけの魔法というのもある。光魔法を使った結界というのもあった。どれもこれも恐ろしいほど魔力を使うが、今のシャーロットだったら3発ぐらいは大きいのが打てる。どれぐらい大きいかといえば、一度で王都を全部浄化できるほどだ。
一か月後には、王立魔法学園に入学だ。
ユーリにも会える。
どんな感じに成長しているだろう。最後に会ったときはまだ幼くて華奢な感じだったけど、少しは筋肉ムキムキになっているかな。
あの甘い顔立ちにバッキバキに割れた腹筋なんて持っていたら、もう素敵すぎる。
ちょっとぐらい匂いを嗅いでも気がつかれないわよね?
ユーリと筋肉。
シャーロットも満足、わたしも満足。
幸せオーラ2倍だ。
わたしはユーリに会えることを想像して、鼻血を出した。




