異世界転生したみたい
「……ここ、どこ」
ふと目を開ければ、綺麗な白い天井。
天井は高く、今まで住んでいた家とは違う。都心近くの3LDKのマンションで家族と一緒に暮らしていたわたしは6畳の部屋をもらっていた。
わたしの部屋はこんなにも天井は高くないし、白くない。どこかで貧血でも起こして倒れたのかとぼんやりと思い出そうとしていた。ドアの開く音がしたので、反射的にそちらに顔を向けた。
「ああ、目が覚めたのね。よかったわ!」
入ってきた女性と目が合えば、大げさに喜ばれた。ストロベリーブロンドの髪を綺麗にまとめ上げ、上品なドレスを着た女性が大きな瞳を潤ませている。見たことのない女性に、わたしは思わず体を後ろに引いた。
だって驚くでしょう、普通!
髪の色がストロベリーブロンド、つまり薄桃色よ。
わたしの驚愕に気がつかずに、女性は安堵の笑みを浮かべた。白くてほっそりとした手がわたしの頬に触れる。少し冷たくて気持ちがいい。
「ユーリを追いかけた後、熱を出したのよ。気分はどうかしら?」
「わたし……」
しゃべろうとしたら、膨大な記憶が入ってくる。
ナニコレ、ナニコレ!
まるで映画を見ているような不思議な感覚。
同時に知識や感情やら色々と湧き出てくる。
最後には小さな女の子が見えた。
泣いていた。
泣いて、泣いて、泣いて。
ユーリに会いたいとそれだけを願って。
そのまま閉じこもってしまった。
あまりの情報の多さに、何も言えず再び昏倒した。
***
結論的には、どうやらわたしは異世界転生したのだと思う。
今、頭大丈夫かと思ったでしょう?
でも本当なのよ。わたしはついさっきまで可愛らしい男爵令嬢だったのに、すっかり前世の人格が表に出てしまって残念仕様に変化してしまった。
うーん、ちょっと違うかも。
男爵令嬢として育った少女は自分の殻の中に閉じこもってしまったので、仕方がなく前世のわたしが出てきた感じ。
生きることを放棄するなよと言いたいが、いくら呼びかけても反応しないのだから仕方がない。
異世界転生、わかる?
異世界に、転生することよ。
異世界よ、異世界。
どうして異世界だとわかるかといえば、この世界、将来は小説家! と鼻息荒く宣言している友人の書いた世界に酷似しているから。彼女の書く小説の世界はわたしが構築したのよ。
ヤンデレ好きを封印し、テンプレを使ってランキングに乗りたいという彼女の欲望のために、ありとあらゆる悪役令嬢ものを読み漁り、人気のあるテンプレを解析、さらには独自性を求めて空白の領域を探した。
読み漁った知識をベースに、彼女の書く小説の世界を定義したのがわたしだ。彼女は主にプロットと登場人物を練っていた。
うん、ちゃんと覚えている。ハンバーガーショップで彼女の作った第1話を読んだ。手直ししたものを明日、読んでねとお願いされて別れて帰路についたはず。
……というより、どうなっているのよ。
わたしがここにいるということは、死んだの?
じっと天井を睨みつけていたが、何もわからない。
どうしてここにいるのかは判明しないけど、自分自身の立ち位置の確認は必要だわ。
ストーリーに関係ないモブなら安心できるけど。なんだかとても嫌な予感がする。
この体の本当の記憶をたどりながら、一番最後の悲しい出来事を思い出す。
大人に抑えられて、暴れるユーリに走り去る馬車。
追いかけるわたし。
ああ、これってお涙ちょうだい別れのシーンじゃない。
ということは、わたしは間違いなくざまぁされるヒロインだ。
愛情にはまだ育っていない幼い恋する二人の恋愛成就を目標にした、色々やらかすお花畑男爵令嬢。
「マジか」
わたしは幼い二人の恋を成就するために難題を乗り越えた末の溺愛系がいいと思うのだが、彼女は違った。ランキング1位を取るためには、ざまぁが必要だと。
友人のテンプレ+ランキングへの欲望により、シャーロットは「ヒロイン」と呼ばれるざまぁされる役だ。真の主人公はこれから出会う王子の婚約者で、彼女が幸せになるための盛り上げ担当でしかない。
確か彼女の作ったプロットはこんな感じ。
魔法と剣の世界。
魔法学園に通い、王子の学友として側にいる魔術師長の息子ユーリと再会する。
ユーリは侯爵家の愛人の息子なのだ。ユーリのお母様は我が男爵家の隣の領地の子爵家の令嬢だった。行儀見習いで王城に上がっていた時に、既婚者である侯爵に手を出され妊娠し、実家に帰ってユーリを生んだ。
侯爵家の正妻の息子が病死したため、跡取りが不在となりユーリを迎えに来る。ユーリが10歳、わたしが8歳の時だ。
その涙の別れが、ついさっき行われたわけだ。
この後、ユーリとシャーロットは会うことはなく、シャーロットが学園に入学する8年後に再会する。
そして幼い恋を思い出し、お互いに意識し合っていくのだ。ところが恋には邪魔ものが必要。シャーロットに惹かれるのは婚約者持ちの王子だ。
王子がシャーロットを手に入れるため、あれこれ画策し、自分の婚約者の令嬢を陥れる。シャーロットはチョロインだから、ユーリとは思い出にして、王子と新たな愛に目覚めたはず。
「……今思うと無茶苦茶よね」
封建社会、つまり貴族社会なのに身分差のある結婚など認められるわけがない。しかも横恋慕してくるのが王子とは。大丈夫か、この国。亡命した方がいいかもしれない。
シャーロットと王子、それにユーリは身分など当たり前に乗り越えられると思い込む恐ろしい設定だ。この世界で育ったシャーロットの記憶を持つわたしとしてはありえない。
それぐらい身分バンザイな世界。
中世ヨーロッパにしたのがいけなかった。確か女性はモノ扱いだったような……。
世界史を思い出してげんなりする。
男爵令嬢が庶子とはいえ侯爵令息にアプローチなんてかけられるはずがない!
そして王子の恋愛的なアプローチをスルーするなんてどんな不敬だ。普通は覚悟を決めて一夜の相手になるべきだろう。だってそれだけの身分差があるのだから。
男爵令嬢と王子というのは、『おやめになって、あーれー』なんてお約束のセリフを口にしながら美味しくいただかれて、その後捨てられても誰も咎めないほどの身分差なのだ。だからこそ、ユーリのお母様も簡単に捨てられてしまった。
わたしはむむっと考え込んだ。
ユーリとは結婚したいと思うほど好きな気持ちは消えていない。こうしてシャーロットの記憶と前世の記憶の蘇った自分が混ざり合ってもその気持ちに揺らぎはなかった。
実際前世のわたしは筋肉が好きだ。割れた腹筋と逞しい胸筋を見ると、匂いを嗅ぎたくなるくらい好きだ。だけど今はひょろっとした少女漫画風キラキラ令息であるユーリが一番に思える。
この点、具体的にユーリを好きだったシャーロットの思いが色濃く反映した。
だが、ちょっと天然ボケなシャーロットと違って、この世界を作った一人でもある前世のわたしはこのままでは小説のようにはならないことに気がついていた。
迂闊に物語の通りに行動したらすぐさま頭がおかしいと認定され修道院送りにされるか。
ウザい女として修道院送りになるか。
はたまた迷惑なストーカーとして修道院送りになるか。
「結局修道院送りしかないじゃない!」
ベッドからがばりと起き上がり、つい叫んでしまった。ひどい断罪はなかった……はず。ただ修道院にも種類があり、一番最悪なのは清貧を掲げているピンハネ常習犯の修道院に送られることだ。ピンハネするだけあって、食事は一日一食、パンとスープだけだ。
それだけは避けなければならない。
最悪修道院行きであっても、緩い場所がいい。
可能であれば、幼いシャーロットのためにユーリと幸せにしてあげたい。
わたしは友人と違い、ヒロインざまぁではなくヒロイン溺愛の方が好きだ。どうせならそちらの方へ変更したい。変更したいけど、中世ヨーロッパという適当に決めたタグが恐ろしく仕事をしている。
むむむと唸りながら色々と設定を思い返す。
何かあったはずだ。
状況を覆すミラクルショットが。




