灰に覆われた場所
海から朝日が顔を出すよりも更に早い時刻、景色は薄暗くどことなく陰鬱な空気が漂う。
榊優一は昨夜に灰になった市場を訪れていた。
いつもであれば、魚卸業者が活発に取引を行うその時に、商売をしてる者はいない。
いつもであれば、魚が並べられる取引場には魚はおらず、所々赤黒いシミのついた白い袋がまるで魚のように綺麗に並べられていた。
布から漂う死臭、嗚咽混じりにすすり泣く声、静かに黙祷を捧げる人々、電気を使わない照明器具。暗い雰囲気は一層陰鬱になり、重く優一の胸に突き刺さる。
「くそっ!ひでぇな……」
その光景を見て、汚い悪態が出てしまう。誰に向けた訳でもないその言葉は、誰の耳に入る事なく消えていく。
「あのぅ、すみません……この写真の男性を見ませんでしたか?」
声をかけられる。幼い子供を連れたやつれた女性が写真を見せ、映った男を見ていないかと聞いてくる。
写真には「魚一」と書かれた青いバンダナを巻いた男が、子供をおんぶして楽しそうに笑っている様子が映り込んでいる。
「いえ……知りません……」
「そうですか……ありがとうございます……」
女性は簡単なお礼を言うと踵を返す。
優一がここを訪れてから、この女性に同じ質問を3回は聞かれていた。女性は心身ともに限界なのだろう。つい、言葉が出てしまう。
「あのっ……余計なお世話かもしれませんが、貴女は休んだ方がいい……と思います。どうも、お疲れのようです。」
「…………」
返事はない。少し間を置いてから、女性は告げる。
「いえ、ご心配おかけしました。私は大丈夫です。夫も何処かで人助けを頑張ってるかもしれません……あの人、いつも頑張りすぎちゃうから……」
声には全く精気が無い。絞るような声でその言葉を返すと女性は子供の手を取り、瓦礫と灰が残る市場の方に消えていった。
優一はかける言葉が見つからなかった。ただ、その消えゆく様子を見つめるだけであった。
昨日、浮かれ気分で街に出た事を後悔した。もしも、街に出ていなかったら、間に合っていたかもしれない……
そんな強い後悔の念が優一を襲う。
「こういった災害現場はいつも辛いな……ヒーローはいつもこうだ。何か事件が起きないと行動できない……」
バンッ!
優一は自分の両の頬を強く叩く。
「後悔は捨てろ。本番はこれからだ……取り敢えず状況を知る為に受付に行くか……」
***
市場の総合受付。に即興で作られた緊急受付窓口。
急に作られた場所にも関わらず、多くの人が来ていた。
献花にきたもの
いつも通りに商売をしにきたもの
何かネタはないかとうろつき回るもの
行方不明者を探す被害者の家族
……
優一は事情を聞くためにここに来た。
100人近い長蛇の列に並び、ようやく受付に入ることができた。
「ええっと?カズノコシティの先生?見学に来られた方ですか?すみません……状況が状況だけに市場の観光はお断りしております……すみません……」
「観光ではなく調査に来たんです。何があったのか詳しく教えて欲しいのですけれど……」
「すみません……色々と混乱していて……すみません……現在、私がお話しできることは何もございません……すみません……上司も対応に追われてて、興味本位の方には応対できません……すみません……」
疲れが溜まっているのだろう。青い顔をした今にも倒れそうな受付の人は消え入りそうな声で、何度も弁明と謝罪を繰り返す。
(仕方ないが、興味本位の観光客だと思われてしまってるな。自分がヒーローだと明かせば色々と教えてくれるかもしれない、が……ここで正体を明かしても余計に混乱が広がるだけかな……)
優一はチラリと後ろに視線をやる。自分の後ろには更に長い人の列ができている。そして、並んでいる人は皆、不安や苛立ちを露わにしている。
優一はこの場は諦めて、一度、受付場から外に出て考えることにした。
(正体を明かすにしろ、明かさないにしろ、どちらにせよ、もう少し落ち着いてからの方が良いだろう。)
「はぁ……悠長なことはしてられないんだけどな……どうしたものか……」
空いていたベンチに座り込み、たそがれながらため息をつく。
「おぅ!?優坊じゃないの?ほれ、榊んとこの倅の?なんでここに?」
突然しゃがれた大きな声が優一を呼ぶ?振り抜くと、そのしゃがれた声の持ち主は何度か見たことがあった顔だった。
ボサボサの無精髭を生やしたクドい顔に、緑と白のストライプが入ったペレー帽を被った男。この男性――トシはヒーローの専門記者であり、情報通としてテレビ番組にも何度か出演している。
優一も父の代からの付き合いもあり話をした事もあった。
「そのペレー帽、もしかしてトシさん?」
「どうも。覚えてくれててありがたいよ。」
「こっちのセリフですよ!何でここにいるんです?」
少し考え込み、間を置いてからトシは話し始める。
「うぅん……ヒーロー協会にきな臭い予言がまた届いたらしいじゃないの。」
「な゛っ!?」 ――変な声出た。「トシさん、なんでそれを?緘口令が出たはずなんですが……」
「情報通を舐めちゃダメよ〜?その反応。ビンゴかね」
(しまった……ブラフか?この人は本当に油断ならない……)
トシはかなりやり手のベテラン記者であった。
予言が来たという直接の情報は得ていなかったが、人脈を駆使して得られた断片的な情報から長年の経験と勘でこの一つの結論を導いていた。
「優坊がここに来たのは、ヒーロー協会が予言を信じたって感じかな?」
「流石ですね……ここだけの話にしといて下さいね? 」
もはや、優一は隠し通すのは難しいだろうと観念した。ここで言い逃れをしても、別のボロが出そうだ。精度の高い推察したトシに関心しつつ優一は回答する。
「ご質問に回答すると、予言を信じたというよりも何かあった時に備えて念のために来たって感じです。嘘でも、トビッコタウンのような事は避けたいですから。」
「あぁ……あの時も予言が来てたんだっけ?」
「そうですね。あの時は悪戯だと思って誰も動かなかったんですが……本当に怪人が来るなんて……今は後悔しかないです。」
「あの町は地図から消えたもんなぁ。で、優坊がここに来たってことは、予言はまたしても当たり?そして、ヒーローは怪人に一歩取られたって事かい?」
「いえ、予言自体はこれからが本番だと思います。書かれてた予言の内容は、『イクラシティが今日怪人に襲われるって事なんです。』恐らく、ここが破壊されたのは今日の為に潜伏していた怪人の仕業じゃないかと思います。そして、そいつらの特徴がわかれば対策も打てるかなって思ったんですが……はぁ……やるせません……そもそも、昨日時点でここに来ていたらって考えちゃいますね……」
「優坊の所為ではないから、そう抱え込みなさんな。それに、来たとしても……」
何かを言いかけて、トシはそのまま黙り込む。そして、別の質問をしてくる。
「で、ヒーローの戦力はどんなもんよ?」
「それは……トシさんを信用してないわけじゃないですけど、一応は戦力は隠させて下さい。」
「ちょっとくらい減るもんじゃないし、ええじゃないの……優坊も上手いね。
じゃあ、ここを襲った怪人の情報と引き換えならどうだ?今日、イクラシティの方に怪人が行くのかもしれんのでしょ?早く情報を入れた方がいいんじゃないかな?今から急いでも正午になっちまうだろうし。あの受付を待ってる列、全部捌くの待ってたら夜になっちまうよ?」
(正論だな……)
「それを言われると弱いんですよ……トシさんの方が上手じゃないですか……」
やれやれと髪の毛を掻きながら、優一は首部をさげる。
「そりゃ、情報は儂らの武器だしな。口ではヒーローの若造には負けんよ。」
いやらしい笑みを浮かべながら、トシはそう返す。
「なんでヒーロー側の戦力を知りたいんですか?」
「逃げるか、現地に向かうかを決めるためによ。」
「わかりました。口外しないでくださいね。イクラシティに来ているヒーローを教えます。ですので、怪人の情報を教えてください。
ここに来ているヒーローは、加速英雄アクセル、ビットマンjr、音響戦隊ビートブルー、SUMOUライダー、エレキテルガール、魔法少女タマキキャットと現地のサーモンさんというヒーローの計7名です。」
「儂、アクセル君とタマキキャットちゃん以外――」
少し考えるような頭を抑えてからトシは話を続けた。
「そういえば、ビットマンjrってヒーローはこの前、ヒロマガで出てたかな?――他は知らんのだが……そんな無名のヒーローばかりで大丈夫か?人数も君を入れて7人と少ないし……」
「無理なく動かせる人員を選んだんです。しかし、その反応……もしやあまり芳しくない感じですか?」
「そうだな……ここを襲った怪人を聞けば後悔するかもね。二匹の兄妹怪人のザ・レットとジ・オレンシだよ。」
「A級怪人の?な、なんでそんな大物が???」
「儂も驚きだよ。そもそも、儂の情報だとザ・レットとジ・オレンシは西部の方に行ってるはずなんだよ……ここにいること自体がありえない。」
「――ん?怪人の情報?どういうことですか?」
「それは、ヒ・ミ・ツだね。信用第一の仕事だからね。情報元はヒーローにも売らないよ。」
「ぐぬぬ……」
「しっかし、ヒーローには勝ち目は無いな。戦力がアクセル君とタマキキャットちゃんとは……」
「返す言葉も無い……」
「こりゃ、さっさっと逃げた方が良さそうだね。」
「トシさん!」
「ん?何かい?儂は逃げる事を責められたくは無いんだけどさ?」
「いえ、貴重な情報ありがとうございました。危険なA級怪人とはいえ弱点もあると思いますので戦略を練ってみます。イクラシティは俺たちが守りますから。」
***
優一は得られた情報をヒーローの中学生に伝える。イクラシティは既に危険な場所になっている。A級怪人の二匹は狩らねばならない。
優一はバイクに乗り込み、作戦を考えながら思考する。
(怪人どもめ、ここまで本気とは……)
ふと、玉置梢の報告書に書かれていた文末の結論の一文が頭をよぎる。
『怪人さんともわかり合う事ができるのではないかと思いました。』
(怪人とわかり合うか……無理だな……梢の奴は怪人に何を見出したんだ?)
曇り一つない快晴の空から日が差しこむ。その空はこれから起こるであろう戦いには無縁のような至る所を明るく照らしていた。




