運命のすれ違い
若干、暗い話を含みます。
赤焼けの空、少女――アレグラと、筋骨隆々の大男――原は、波の心地よい音を聞きながら、潮のにおいが溢れる市場を手を繋ぎ歩いている。
外に出たいと言ったアレグラを街から離れた市場に連れてきた。
GUYコツ達は街を見ると言っていた。恐らくここの離れた場所にある市場なら出会わないだろう。それに既に夕刻、市場も閉場時間が近く、人も少ないだろう。これなら、外出していた事もバレないだろう。
その目論見を立てて、原はこの場所を選んだ。今は市場の内を色々と散策していた。
ふっふっ、ふぅん……
ふっふっ、ふぅん……
丈の短い白いワンピースを揺らしながら、アレグラは鼻歌交じりで、始めて見る市場の様子を楽しげに見ている。原はそんなアレグラのペースに合わせて、離れないようにゆっくりと付き添う。
「ねぇ、原。市場ってわたくし初めてきたわ!色んなお魚さんが一杯いるのね。色々、見て回るのって楽しいのね!」
「……あぁ、そうだな」
アレグラは屈託のない笑顔を浮かべて原に自分の率直な心境を告げる。
GUYコツ達も居ないようだし、ここに連れてきて正解だったようだ。っと、原は一安心していた。
娘が居たらこんな感じだったのだろうか……そんな考えを持ちながら歩いていると突然、横から声をかけられる。
「そこの親子の方!是非ウチの海鮮見てってよ!」
声をかけてきたのは、屋台で海産物の串焼きを売っている店主だった。「魚一」という店名なのだろう。その名前が記された青いバンダナをつけた店主が陽気に誘ってくる。その屋台には今日採れたであろう魚貝類が置いてあり、食欲がそそられる。
「……親子……か……」
その言葉は先程の自分の思考をなぞっているようで、少し、心音が高まる。そして、アレグラの様子をチラリと見ると興味津々と言わんばかりに目を輝かせていた。そのため、少し様子を立ち寄る事にした。
(……本当なら、こういう街の奴らとの交流は避けるべきだろうが……まぁ、いいか……)
「……アレグラ嬢?何か食うか?」
「あぁ……折角のお誘いなのに申し訳ございません……わたくし、固形物は口にしないのですわ。」
回答は否定。それは、意外だと思った。しかし特に理由は聞かないようにした。
これは怪人同士の暗黙のルールのようなものである、個人の嗜好やその境遇を聞くのは、タブー視されている。
「……そうなのか?」
「なんだい。お嬢ちゃん、お魚嫌いなのかい?折角美味しい(うめぇ)もんがあるのによ。」
店主は気さくに話しかけてくれる。明日の件もある。
こういう少し情が移りたくなるような人と交流はしない方がいいだろう。そう考えた原は、アレグラに他を見ようと進める。
「……すまんね、大将。」
「良いって良いって。お嬢ちゃんが魚の美味さがわかるようになったら、また来てよ!特に朝はオススメだよ!」
「……あぁ、是非な……」
恐らく来ることでは無いであろう。
こういった社交辞令は苦手だな。そんなことを思いながら、簡単な挨拶をして店の前から足を遠ざける。
「原。折角の提案でしたのに、申し訳ございませんわ。」
「……気にすんな。」
市場の中はあらかた見終えた後、原はアレグラに伝える。
「……大体の所は見たな。そろそろ戻るか?」
「もうちょっとお外に居たいですわ……」
「……もしかしたら司達も戻ってきてるかもしれない。」
アレグラは物足りないという表情を浮かべるもその言葉で了承する。
「わかりましたわ……原はわたくしとのお散歩詰まらなかった?」
「……楽しかったよ。ただ――」
そこで一度言葉を詰まらせる。
(俺が怪人にならなかったら、こんな風に家族が居て娘と街で平和に過ごす。なんて、そんな未来もあったのか)と少し後悔があるかもしれないと考えた。
だが、そんな事も言えるわけもなく、言葉に詰まる。
「ただ――?」
アレグラが不思議な顔を浮かべながら、原の様子を覗き込む。
その心中を飲み込み、原は続ける。
「……アレグラ嬢とこうして話して、印象が変わったなって思ってたよ。」
「まぁ!わたくし、そうかしら……変わったのかしら?」
むぅっといった表情になり物思いにふける。
最初に見たときは小生意気な尖ったガキだと思ったが、今は見せている少女の顔は前のような棘がなくなっている事と思った。それは率直な感想だった。
(……この娘に何があったんだ?)
原はアレグラの変化に驚いていた。
(……GUYコツの影響なのだろうか?あいつは怪人のヒーローだとか何とか話していたな。
意味不明な奴ではあると思ってはいたが、怪人のヒーローってなんだ?
怪人は怪人でしかないというのに……)
怪人を怪人から解放する。そんな事ができるなら……期待はやめよう。どうせ、納得いく回答や自分の望む結果にはならないだろう。
疑問は霧散し、消化されずに体外に吐き出される。
大きなイベントもないまま、平穏な散歩に満足しつつ、二人は帰路につく事にした。
「また、来ましょうね!」
「……あぁ、そうだな。」
アレグラと原の手を取り、市場の外へと出て行った。
アレグラと原の入れ違い様に黒いフードを深くかぶった子供が二人、市場の中に入っていく。
***
原とアレグラが市場から立ち去ったの時と、ちょうど同じくして、フードを被った二人の子供は閉場間際の市場に入り、ヒソヒソと話している。
「レット?行ける?」
「たりめぇよ。オレンシこそ大丈夫かよぉ!?」
「私も行けるよ。あと、レット……はぁ……」やれやれと頭に手を当てて、頭を少し振った後オレンシは続ける。「何度も言ってるけど、リン兄の話し方を真似るのは辞めて。レットには似合ってないよ。」
「似合わねぇってどういうことなンだよ!?」
「リン兄だからあのオラついた話し方もかっこいいけど、レットは真似てもダサいって事。そのん「ん」のところにコブシのせるの辞めたら?」
レットは雷が落ちたような表情になり、声にならない声と共に口を開けて、大きく目を見開きオレンシを見つめる。
「マジか……」
「大マジ。そもそもレットには信念も実績よ足りないよ。」
相当ショックだったのだろう。レットは呆けてしまった。
「おーい、私の所為かもだけど、これから仕事あるぞー。呆けてる場合じゃないぞー。」
気の抜けた声でレットに囁き、ビンタをする。
衝撃で我に帰ったレットは返答する。
「わ、わかってるよ。オレンシ、目一杯暴れてやろうぜ!」
そういうと、レットはフードを取る。
下に隠れた姿は先ほどの日焼け姿をした少年の姿ではなく、居たのは異形の存在。
鋭い牙を無数に持つ大きく裂けた口は獰猛な鰐のようだった。体も黒く大きく筋肉質な体になっている。
面影があるのは、赤い瞳に赤い逆立つ髪。
オレンシはフードを取る。10個の橙色の瞳に細長く伸びた口。それは異形の存在。
うねうねとした触手が体全体から生えており、オレンシの体を跨るように俊敏に右に左に動く。
その動きは餌を求めるイソギンチャクのようであった。
閉場間際の市場で突然怪人の2匹。
ひーろーは来ない……それは蹂躙であった。
人も物も金も思い出も価値も全て――全てが無に消えた。
2匹の悍ましい怪人は市場にあった全てを喰らい尽くした。
金も――
物も――
音も――
存在も――
数時間前まで、少し騒がしかった市場はもうない。そこには炎と灰に覆われた。
二匹の怪人は市場にあった全てを奪った後、闇の中に消えていく。
風に漂った血で染まり文字の一部が欠けて「魚」と青いバンダナが燃え盛る業火の中に入り消えた……
お読みいただきありがとうございました。
楽しんで頂ければ幸いです。




