小さくて大きな怠慢
あたし……何してたっけ?
辺りをキョロキョロと見渡すと細いスーツのおじさんが立っている。
あっ、そうだ!ゼクスさんが話があるからって残ったんだった。
「あのぅ、ゼクスさん、お話って何ですか?」
「残ってくれて有難うねぇ。タマキキャット君、いつも頑張ってくれてるからねぇ。特別にこれをあげよう思ってねぇ。」
そういうと、鞄からヒーロー図鑑を取り出し、あたしに見せる。
それは、古今東西の色々なヒーローが載っていて、ヒーロー好きでは中々手に入らないレアアイテムとして有名な本だ。
「良いんですか!やったー!!!」
「喜んで貰えて良かったヨォ!」
「でも何であたしだけ?なんか悪いような……?」
「良いの、良いの。気にしないで。これは、と・く・べ・つに……あげたかったんだねぇ。他の仲間の子たちには……明日からの合宿を楽しみにしててヨォ?」
「は、はーい。あのぉ、それで、えっと話って……」
「プレゼントをあげたかったんだヨォ。あれ?期待外れだったかナァ?」
「う、うぅん。凄く嬉しいです。あの、これ皆に見せて良いですか!」
「うーん、どうしよっかナァ?こっそり渡した意味がなくなっちゃうねぇ。秘密にしてもらえると嬉しいかナァ。」
「わかりました!秘密ですね!!!」
「聞き分けが良くてよろしい。私はタマキキャット君のファンなんだよねぇ。私はこれからも君に期待してるヨォ。応援も支援も一杯しちゃうから、これからも頑張ってねぇ。」
ゼクスさんの言葉に熱はなく、うまく言葉にできないけれど、なんというか優しい表情や、飄々したその態度とは裏腹にゼクスさんとは本心は見えなかった。
プレゼント貰っちゃった……話って本当にプレゼントだったのかなぁ?気になったけれど、あたしの本能がこの人に関わってはいけないと告げているようだった。
明日の旅行のしおりをバックに入れて、あたしはゼクスさんに別れを告げようとゼクスさんが居た方を見ると、すでに姿はなく、あたしは不思議な気持ちで一人部室を後にする。
***
僕と優一は廊下で話をしながら梢が出てくるのを待っていた。
「あのゼクスって人、誰?ブレインズ-セブンってなんなのさ?梢に何の話があるんだよ。もう30分だよ!」
「勇二、文句があるときに人を攻める様に質問にするところ、お前の悪いところだぞ。」
「だって……」
「だってじゃない。それに、俺もあの人が梢に何の話があるのかは……知らん。全く聞いてない。急に来て困ってたのは俺もなんだよ。」
「そうなの?あんなにペコペコ頭下げる優一始めてみたよ。それに、優一も敬語使えたんだなぁって感心したよ。」
「はぁ……そう弄ってくれるなよ。ヒーローもお上と女には逆らえないもんだよ。」
「ぷっ、何それ?」僕は吹き出しながら優一の言い訳を聞く。
「あの人、というよりブレインズ-セブンってのは世界を支配する人達だ。多分、勇二も大人になりゃ嫌でも理解するさ。世の中の殆ど全てにあの人たちは何らかの形で関わってるって事がな……」
「そういうのって何かヒーローっぽくない……」
「そう言ってくれるなって。俺にも絶対に守らなきゃならんものがある以上、ああいう人には下手に逆らう事は怪人と戦う時や死ぬ事よりも恐ろしいのさ。」
優一は結婚したばかりで、その様子を良く自慢するように話す。多分、守りたいものとはその事だろうと思った。
「そんなことより、なんでお前は残ってんだよ。さっさと帰って明日に備えろよ?」
「いや、梢と一緒に帰ろうと思ってさ。」
優一は大きく笑いながら僕の肩を叩く。
「お前、わっかりやすいなぁ。」
「は、はぁ?なんだよ。」
「そういや、梢がいない時お前凄く暗かったもんな。」
「そんなことないよ。梢の事は心配だっ……」
後ろから女の子の声が聞こえる。
「あれー?ゆーじと優一さん残っててくれたの?なんか嬉しいなぁ。で、あたしが何?」
それは梢だった。
「おっ、梢戻ってきたか!結構長いこと話してたようだけど、変な事されてないか?」
「そんな長い時間だったかなぁ?5分も経ってないでしょー?」
「いや、俺と勇二は30分くらい待ってたぞ?なぁ?」
僕は頷く。
「うーん?そっかなぁ?」
「で、梢に話ってなんだったの?」
「えへへ、秘密!」
「秘密かよ。まぁ、特に何もされてないんだったら良いんだ。」
「変な事はされてないよ!ゼクスさん、あたしのファンだって!!!」
そう言うも、梢は少し頭の奥が鈍く痛むような気がした。
「ファンって事は秘密じゃないんだ……」
僕の突っ込みにあっという顔をする梢を優一は笑いながら、「梢はうっかりだな。」と笑う。
「むぅ……ゆーいち先生もゆーじも酷いよぉ……」
「あっ、ご、ごめんそんなつもりはなかったんだよ……」
「なっ?俺の言った通り、女には頭が上がらないって言ったろ。」
優一は僕をからかうようにそう言う。
「なになに?何のこと?」
「梢が出てくる前に話してたんだよ。ヒーローにも勝てないものがあるって話。優一はほら新婚だから。」
なるほどといった顔をしながら梢は頷く。
「おい!勇二、それは言ってくれるなよ。」
「ゆーいち先生も苦労してるんだねぇ……エレエレ先輩は怒ると鬼だから、怒られないようにね!」
「あぁ、切れたエレナの恐ろしさは……ってあんまり、俺の家庭環境に踏み込まない!お前らは今日は早めに寝ろよ!」
「了解!梢、途中まで一緒に帰って良い?」「うんっ。一緒に帰ろ!ゆーいち先生、エレエレ先輩に宜しくねー!」
勇二と梢は優一に「バイバイ、また明日!」と告げて帰っていった。
***
正直、優一は安堵していた。
ブレインズ-セブンの1人の突然の来訪と、梢への個人的な話、優一には思い当たる節があった。
3日ほど前の事である。先の怪人によるホテル襲撃で何があったのか簡単な報告書をあげるようにと梢に指示していた。これは梢の担当医である只野公孝より、精神的な面での治療が必要かもしれないから何があったのか知りたいという要望を受けての事であった。そして、その話を聞き、優一は梢に報告書をあげるように指示を出した。すぐに、梢は誰でも閲覧できる共有サーバーにその報告書をあげてくれた。その事を只野医者に伝えて優一は自分の仕事に戻った。時を同じくして、怪人によってイクラシティが滅ぼされるという予言・脅迫じみたメールが匿名で届いた事で、その対応に慌ただしく追われていた。
もちろん、梢のヒーロー歴や今までの信頼から、優一の管理自体がおそろかになっていた事は認めざるを得ないだろう。しかしながら、タイミングも悪く、優一自身も報告書の確認をしている暇もなかったという事情があったが運悪く重なってしまっていた。
そう言い訳してもな……
内容を確認する事なくあげられた報告書は、只野医者により読まれて、問題がある事が優一に告げられるまでの約10分間、誰もが確認できる共有のサーバーに存在していた。
優一は只野医者に言われてから、すぐに文面を直したが、そう思わざるを得ないタイミングでゼクスの来訪があったので、優一は心配をしていたのだった。
しかし何事も無くて良かった……つまりあの修正前の報告書は見られてないって思っていいのか?
あの人が来たのは、怪人の襲撃予言を案じてだったのか?
きっとそうなんだろう。そうと思いたい。
優一はそれで自分を納得させようとした。抱えている問題は沢山ある。明日から始める合宿はもしかしたら勇二達が思っているよりもずっと過酷な環境に置かれるかもしれない。嫌な予感が拭えない優一だった。
俺が守らないとな。
しかし、怪人のヒーローと突然の脅迫メール、何か関係があるか?よくわからんな……
優一の胸には残るモヤモヤしたものは晴れなかった。
歴の代わりに見回りをやって俺もさっさと帰るとするか。
***
「ゼクス様……ご報告を致します……」
「んん?何かナァ?」
「只野医師の自室より、こんなものが……」
ゼクスはピクリと顔を歪めると、「成る程ねぇ……」と一言呟く「で、彼はどうしている?」
「はっ!現在、我々ーー『影』によってその身柄を拘束し捕らえております。」
「僕は話を聞く必要はないかナァって思うけど……他のB7評議会のメンバーは何て言ってるの?」
「現在確認中では御座いますが、既にアイン様、ツヴァイ様はゼクス様と同意見、フィア様は彼の話を聞くべきだとのご意見のようで御座います。」
「成る程……ねぇ……。まぁ決まり次第報告してヨォ?」
その表情はヒーローの卵と接していた時の柔らかな印象はまるでなく、何処までも冷徹に命を刈り取る悪魔のような姿であった。




