夢の果て
司は高橋に頼まれた仕事をもくもく続けていた。
誰が何のために話したのかわからない資料を読み、その中なら大事な要点を取りだして誰が見てもわかるようにノートに収まるように小さくまとめる。
そんな事を一時間ほど続けていた。
集中力が落ちかけた時に視界の横にはまだまだ山積みの資料が見えてげんなりとしてしまう。
どれだけ積み上げられていた資料も一つづつ処理をしていけばいずれ終わるというものだ。
いつもの司ならこの仕事を無心でこなすだけだった。
しかし、今の司の胸の中にはモヤモヤとした何かが渦巻いていた。
言語化することができないが、作業中に何か大切な物を忘れているという感覚がつきまとってくる。
(これはいつもの仕事。そう、俺はいつもの仕事をやっているだけだ。今は無心で作業に没頭しよう。)
漠然とした不安を払うためにも目の前の事に集中するのは良い対策になる。
司は雑念を払うように頭を払った。
「……あのぅ……小宮くん? さっきから大丈夫? 本当に顔色悪いよ?」
キーボードに向かい直した時に対面の席からおずおずと話しかられた。
珍しいこともあるものだ。
司はそう思った。
この職場は女性が多い。司以外の同僚は全員女性なのだ。
そんな職場に来ている事もあり、自分から周囲とのコミュニケーションを取ろうとしていない。
そのため周囲も司自身に話しかけてくる事はない。
司に話しかけてくるのは仕事を振ってくる上司の高橋くらいなものだ。
それくらいの認識しかしないほど司自身は接点がない子だった。
そのため、前の席といえど顔すらうろ覚えの状態だ。
(えっと名前は……?)
座席表の名前を見て、この女性が『佐倉』という苗字であることは分かった。
「大丈夫ですよ。ご心配おかけします。」
丁寧な言葉で司は返した。
「そう? なら良いんだけど……高橋部長も小宮くんにばっかりに仕事を押し付けて。」
司の机に置かれた資料の山に、佐倉は呆れながらそう呟いた。
「ははは…」
反応に困る言葉に司は渇いた笑い声で応じた。
実際に高橋自身が古い考えの人間なのだろう。
どうしても男の司に無茶な量の仕事を振りやすい傾向はあるように思う。
「あまりに気分が悪かったら言ってね。小宮くんが早退できるように高橋部長に言ってあげるから。」
心の中で何かがつっかえっている感じがしているだけで体調自体は悪い訳ではない。
やる事、やるべき事。
その大事な何かを忘れてしまっている。
(折角心配して声をかけてくれたのだから、このモヤモヤの正体を相談するべきだろうか?)
司が悩んでいると反応がないことを心配した佐倉が司の席までやってきて声をかけてきた。
「小宮くん、本当に大丈夫?」
司は佐倉の顔を認識した。
子供っぽいおさげ。丸渕の眼鏡。
「……梢!?」
佐倉の顔に玉置梢の面影を見た。
突然にフラッシュバックが脳を駆け巡る。
「えっ? なんで下の名前? 急に呼ばれると恥ずかしいんだけど……」
そんな佐倉の呟きと共に世界が捻じれていく。
―――
――
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怪人になったことも、ヒーローになったことも夢ではない。
寧ろ、先ほどいた会社の中が夢なのだ。
退屈だと思っていた日常も安息が保証された一時であったのは間違いない。
持たざるからこそ欲するのだ。
心につっかえていた物。
それはまだ守るべきものを守れていないことだ。
ライ雷オンとの戦いの最中。自身の体の限界に迎えた。
司が背負っていた物は、自身の勝利だけではない。
暴走した狂獣を止める事を梢から、学生達から託された。
それをやれずして止まっていいはずはない。
倒れていたGUYコツの瞳に火が灯った。




