報告
部室を一人出たミュエは電話を取る。
一瞬の静寂の後、通知に表示された相手が話から伝えられた言葉はたったの一つだけだった。
「『校長室に来なさい。』」
静かに低い声でそれだけを伝えると電話はきれてしまう。
意図も分からぬが、ミュエには電話の画面に表示される発信者からの命令に逆らう事などできるはずもなく、放課後になり生徒が少なくなった校舎の中を小走りで進みだす。
校長室。普通に過ごす学生には入る事すらないだろう。
しかし、ミュエは一度だけここに来た事があった。
それはこの学園に来るときに、ゼクスから指令を受けた時だ。
その時の指示はたったの一つ。
「師を亡くし、友を失ったヒーローの子供達と仲良くやってくれ。」
ミュエが来てから一月も経過していないが、薫や陽平と随分と仲良くなれたとミュエは思う。
梢とは少ししか会えていないがきっと仲良くできるはずだ。
メイドとしての仕事は苦手だが、人とおしゃべりは得意。
だから出来の良い姉たちではなく、自分がこの学園へやってきた。
ミュエはそんな事を考えながら、廊下を進んでいく。
ミュエは立派な扉で閉ざされている校長室に到着した。
この部屋は学校の中で最も立派で、装飾が目立つドアの先にある大きな部屋だ。
ノックをすると、中から返事が返ってくる。
「開いているよ。入ってきなさい。」
その言葉を聞き、恐る恐る扉を開けた。
そこにはゼクスが背を向けて外を見ながら佇んでいた。
「お電話くれた件できました!」
ペコリと頭を下げながら90度のお辞儀をする。
返事はない。
顔を上げると、背後から夕陽が差し込みオレンジ色に染まる部屋に黒い人影が堕ちている。
ゼクスはミュエが入ってきた事を横目で確認すると、再び外を見る。
そのまま、「要件はわかるよねぇ?」っと質問される。
「……わかりません……」
それはミュエの素直な言葉だった。
小さくなりながらそう答えるしかなかった。
意図を組むことが出来れば、何かを答える事ができたかもしれないが、全くわからない。
一つわかるのは、先ほど研究室を訪れた時の陽気さ全くないことだ。
だからミュエは、何かを失敗してしまったのだろうか?と考えてしまう。
部室では薫と陽平は自分を庇ってくれたが、自分でも気が付かない落ち度があったかもしれない。
「あのぅ……ゼクス様。ミュエは何かやっちゃいましたか?」と、おずおずと聞く。
ゼクスは口を開かない。
何を考えているのかもわからない。
もしかしたら屋敷に戻るように言われてしまうかもしれない。
学校のような未知の場所で体験する色んな出来事は屋敷よりもミュエに合っていた。
(やだよ。ミュエ、お屋敷に戻りたくない……)
ゼクスの回答を黙って待つほかなかった。
握りしめる手に力がこもる。
弁明も弁解もするために頭をフル回転させているとゼクスが口を開く。
「――隠し事。」
「――っ。」
隠し事。
真っ先に出てきたのはGUYコツの事だ。
でも薫達は内緒にしておこうとしている。
一瞬の迷いが答えを躊躇させた。
「タマキキャット――いや、玉置梢が部室に居なかったねぇ。彼女はどこに行ったのかなぁ?」
ゼクスの続き言葉を聞いて、自分の隠しごとを聞いてきたわけではないのだと安堵とともに、ミュエは、「あ、あのっ。梢ちゃんは今塾の合宿に行ってるんです。」と答える。
「へぇー。合宿にねぇ。良く聞いてるねぇ。」
「はい! だから、ミュエちゃんとお仕事できます!」
「そうだねぇ。SUMOライダー君もビート君も、君を評価していたし。うん、上々のようだねぇ。」
「うん。ミュエ、皆の役に立てるよ。」
「そっか。なら、私の役にも立って貰わないとねぇ。」
「ゼクス様の? ……確かにミュエはメイドさんとしてはダメダメだったけど……できることならなんでもやるよ!」
「そうか。そう言って貰えて私も嬉しいヨォ。」
ゼクスがゆっくりと振り向く。
その目は大きく見開かれており、黒い瞳が露わになっている。
ミュエもゼクスの瞳を初めて見たのだ。しかし、その瞳には、一切の感情はない。じっとミュエを真っすぐにとらえているだけだ。
言われぬ恐怖がミュエを襲う。
しかし、指先一つ満足に動かすことができない。
まるで蛇に睨まれた蛙のように動きが止まったミュエの元に静かにミュエに近づいている。
「さぁ、見せてごらん。君の今までを。」
ゼクスの手がミュエの頭を掴む。
その瞬間、体の奥底から熱がこみあげてくる。
まるで体の中を巡る血液が沸騰しているようだ。
脳の中を巡るシナプスが凄い速さで破裂し、神経を焼いていく。
想像を絶する痛みがミュエを襲う。
「いたっ!!!! 痛い! 痛い!! 痛い!!!!! 痛い! 痛い!! 痛い!! 痛い! 痛い!! 痛い!!!!! 痛い! 痛い!! 痛い! 痛い! 痛い!! 痛い!!!!! 頭痛いの!!!」
ミュエの抵抗は空しくゼクスをどかすことはできない。
ミュエの脳内には様々な記憶がフラッシュバックしていく。
――リュエやテュエと共にゼクスの屋敷に行った日の事。
――屋敷でのメイドの仕事の事。
――陽平や薫や梢と出会った日の事。
――学校で過ごす日々の事。
――GUYコツと出会った日の事。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
すべてを吐き出したミュエはその場に倒れた。
支える物は何もない。
重力に従い床に崩れ落ちた。
ゼクスはその姿を見下ろしている。
目はいつものように細い目になっていたが、口元には笑みが浮かんでいた。
「ふぅ~ん。やっぱり、知っていたんじゃないかぁ?」
消えゆく意識の中でミュエは、ゼクスが電話を取り出してどこかに掛ける姿が見えた。




