約束の日
こんにちは、姫木心優です。
皆さん、運命って信じますか?
運命と聞いて赤い糸を思い浮かべる人も多いでしょう。それは、本当に決められているのでしょうか?
決して交わることのないまま、終わる運命もあるのです。それは何の前触れなく突然やって来ます。
あなたは、突然やって来る運命に立向かえますか・・・?
* * * * * * * * * * * * *
「ーー人捜しですか・・・」
部屋の真ん中に木製のテーブルがあり、その周りを茶色の革張りのソファーがかこんでいる。その奥には、業務用の机があるが、山のように書類らしき物が積まれている。
テーブルの上には、オレンジジュースとコーヒーカップが置かれており、カップは湯気を立てている。カケルはそのコーヒーカップに手をかけ口に運ぶ。
「仲の良かった友達を捜してます。同じ小学生で同い年の恵美子ちゃんって言います」
【普通の人間】からは、何も見えない・聞こえないがカケルはその姿、声を認識出来る。
そして、今カケルの目の前でソファーに腰掛けているは小学生くらいの女の子だ。
紅い頬にあどけなさが残る女の子は、おかっぱ頭で黒髪のちびまる子ちゃんがテレビから飛び出した様な雰囲気がある。白いブラウスにちょうど膝が隠れる位までの長さの赤いスカートを履いている。今時の小学生にしては、少し質素な服装だ。
「えーっと、お友達が住んでいた場所を教えてもらえるかな?」
メモ帳を片手に、心優が笑顔で女の子に質問する。
「はい。【下吉田村】になります」
「ん、下吉田? 富士吉田かな」
心優は、聞き間違いだと思い自分で修正しメモを書き換えた。その何気ない一言に眉間の真ん中にしわを寄せるカケル。
「・・・下吉田、富士吉田ねえ」
ポツリとつぶやきカケルの口元が緩む。
「ここからだと少し距離がありますが、早速調査に行きましょうカケル君!」
「・・・・・・」
「宜しくお願いします」
女の子の初々しい声が探偵事務所に響いたーー。
★ ★ ★
八月の夏真っ盛りでも、夕方にはその夏を忘れさせてくれる程、涼しい富士吉田市。
カケルと心優は、全ての小学校を訪問し情報を集めていたが有力な手がかりは掴めないでいた。
「ぜ、全然見つからない・・・全ての小学校を捜したのに情報ゼロなんて」
心優は、がっくし肩を落としている。夏の暑さに耐え市内全域を移動した疲労が今、一気に遅いかかった。
「ーーだろーな」
アイスキャンディを片手に、カケルの表情は心優とは対照にけろっとしている。
「えっ? 何か分かったんですかカケル君」
「分かったも何も【初めからいない】だろ」
「はい?居ないって、依頼主さんが・・・」
その突拍子もない言葉に耳を疑う心優。
「まあ、ついて来いよ!!」
カケルは再び歩き出す。その足取りは自身に満ち溢れていた。
☆ ★ ★
陽が傾い辺りは薄暗くなり始め、市内の街灯にも灯がともり始めた。
「ーーたぶん、この辺りだと思うんだけど」
カケルがキョロキョロと首を左右に振りながら路地を歩いている。
「カケル君、カケル君!あの子、あの子じゃないかな?」
心優が慌てて指を指す先に、女の子が立っていた。
ゆっくりと女の子に近づき声をかけた。
「あのー、失礼ですが、恵美子ちゃんってお名前でしょうか?」
女の子は、声をかけられ一瞬目を丸くしたが冷静に、
「いいえ、違います。私の名前は絵里ですが」
心優の希望はその一言で粉々に砕け散った。再び、肩を落とした心優を余所にカケルが女の子に声をかける。
「失礼ですが、【お祖母さん】のお名前は?」
「は? 祖母ですか・・・」
「絵里さん、ひょっとして恵美子ってお名前ではなかったですか?」
女の子は少し考えたが、ハッと表情を変え
「恵美子です。祖母の名前は、深井恵美子です」
カケル口元に笑みがこぼれた。
「えーっ!! カケル君どー言うことですか」
* * * * * * * * * * * * *
「恵美子ちゃん、恵美子ちゃんずっと、ずっと逢いたかったよ」
女の子は、大粒の涙を流しながら絵里に近づく、
「ごめんない、その子はーー」
心優が本当の事を言おうと思った瞬間、カケルがポンと絵里の背中を押した。
「恵美子の孫の絵里です」
「お、お孫さん・・・?」
「祖母は、私が産まれるずっと前に他界しました」
「ーーーー!!」
「依頼主さんが小学生だからと、小学校を捜してました。どーりで見つからない訳です」
心優が苦笑いを浮かべる。
「ああ、僕も最初はそう思ったよ。だけど、今時の小学生に比べ、依頼主さんの服装と髪型。そして何より『下吉田村』と言う古い言い回し。小学生がその地名を言ったのに違和感を感じたんだ」
「言われてみれば、違和感はありましたね」
心優は、顎に手を当て頷いた。
「そっか、恵美子ちゃんはもうこの世にはいないのか。【あの時の約束】の事最後まで謝らなかった」
「約束・・・?」
心優は、不思議そうに依頼主の女の子を見つめる。
「そー言えば、母から祖母について聞いた事がありました」
☆
「それは、祖母が幼い頃の話で仲の良い同じ年のお友達がいて、あるお祭りを一緒に行くと待ち合わせをしていたらしいのです。しかし、祖母は当日体調を崩してしまったらしく待ち合わせ場所に行けなかったのです。その子にどうしても謝りたくて、その後毎日のようにその子を捜したけど見つからなかったそうです。それが、最後まで心残りだったようです」
再び、依頼主の女の子の目に涙が溢れる。
「ーーあの日、私は恵美子ちゃんと夏祭りを一緒に行く約束をしていたのです。神社の鳥居の前に夕方の五時に待ち合わせをしていました。私は、浴衣を着るのに手間取ってしまい、家を出たのが遅くなり慌てて家を出ました。そして、待ち合わせ場所の神社に向かう途中に私は、信号無視の車にひかれ亡くなりました」
静まり返る探偵事務所、カケルがそっと絵里の肩に手を置いた瞬間眩い光が絵里の体を包み込んだ。
「琴美ちゃん・・・」
その声は、絵里の声ではなかったーー。
カケルは絵里の体に、恵美子の魂を憑依させたのだ。
ハッと慌てて顔を上げる、それは今まで一度も忘れた事のない大好きな友達の声。
「恵美子ちゃん、恵美子ちゃんなの?」
今、止まっていた時計の針がゆっくりと動き始めたーー。
「そーだよ琴美ちゃん。ずっとずっと会いたかった」
「私もずっとずっと会いたかった。謝りたかった」
「私も同じだよ。あの日行けなくてずっと謝りたかった」
「恵美子ちゃん」
「琴美ちゃん」
二人は小学生の頃のあの時のままの姿で抱き合っていた。それは永い年月をかけ今ようやくお互いの思いを伝えることが出来たのだった。
あの夏の日に、 叶えられなかった約束を果たして。ーー 二人の終わらなかった夏が終わる・・・。
* * * * * * * * * * * * *
「ねえ、カケル君。なぜ琴美ちゃんが亡くなった事は恵美子ちゃんに伝わらなかったんだろ?」
「ああ、それは琴美ちゃんは夏休みの間だけ富士吉田市の母親の実家に遊びに来ていたのさ」
「なるほどです」
「葬儀等は、自宅で行われたために恵美子ちゃんは分からなかったんだよ」
カケルは食べ終わったアイスキャンディの棒を見つめ、
「どーでも良い時に限って運を使っちゃうモンだよな。人生ってヤツはさ」
『アタリ』と書かれた棒を再びくわえた。
青く透き通った空がいつも以上に眩しく感じるカケルだったーー。