お化け屋敷
こんにちは、姫木心優です。
毎日、繰り返している事で自然と体に染み付いている事ってありますよね。
スポーツ選手には決まった動作をすることにより、そのパフォーマンス性を上げるルーティーンと呼ばれる作業があります。
毎日、一緒にいたのに突然、目の前から大切な人がいなくなったらどーでしょうか?
当たり前の日常が狂ったらあなたはその歯車を元に戻すことが出来るのでしょうか?
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神崎霊能探偵事務所、ここを訪れるのはこの世に未練を残した者たちがほとんどである。
その探偵事務所の探偵であり所長が、神崎カケル、十八歳。金と茶色の入り混じった髪の毛をしていて、ボサボサのパーマがかかっている。本人曰く、天然パーマらしい。
今時の若者で、とても探偵で事務所の所長とは思えない。
神崎霊能探偵事務所は、三階建ての全面ガラス張りの小さなビルになっている。見た目は、かなり古く、一見廃ビルのような雰囲気さえある。地元では、本当に営業しているのか分からないと噂されている。
このビルは事務所兼自宅で、三階部分が自宅になっているのだ。なので、カケルの一日は、三階の自宅から一階の事務所に降りて、入口のドアを開けるところから始まる。ーーのだが・・・。
☆ ☆ ☆
「おはようございます!!」
毎朝、八時にこの可愛らしい声に起こされるのが日課になっている。
心優がこの事務所にやって来てからは、入り口のドアの鍵を開けるは心優の日課になっていて、カケルを起こす目覚まし代わりにもなっている。
カケルがボーッとしながら服を着替え顔を洗い終わり、一階にある事務所に着く頃にはカケルがいつも腰掛けているソファーの前のテーブルには淹れたてのコーヒーが湯気を立てていた。
それをカケルは、当たり前のように手に取り口に注ぐ。ほろ苦い味が口の中いっぱいに広がる。
「カケルくん、お目覚めですか?」
「心優ちゃん、おはよ」
「おはようございます、今日も良いお天気ですよ」
黒髪ロングヘアーで、神社の巫女のように袴姿の女の子は、姫木心優。十九歳でカケルよりも一つ年上だ。
彼女の実家は、地元では有名な神社だ。何でも祓い屋と呼ばれる、一族らしく昔から悪霊や憑き物を浄化するお祓いを専門にしていたらしい。
そんな神社の娘がなぜ、ボロビルのインチキ臭い霊能探偵事務所で働いているかと言うと・・・・・・カケルがボーッとコーヒーをすすっていると、安っぽいインターホンの音が探偵事務所に響いたーー。
カケルは、あからさまに嫌な顔をしていると「そんな顔しないの!」とチクリと心優に注意され、
「カケル君、顔洗って服着替えて来て下さい。お客様ですよ」
そう言い残すと、事務所の入り口にお客様をお迎えに行った。
カケルはしぶしぶ心優の言われるがまま、三階にある自宅に着替えに行くのであったーー。
☆ ☆ ☆
神崎探偵事務所の入り口のインターホンは、壊れている。普通の人間が押しても音は鳴らない。ーーしかし、この世の人間ではない者が触れると霊波を感知し鳴るという仕組みらしい。
カケルが着替え終え、一階に降りて行くと小学生位の女の子がソファーに腰掛けていた。
「あっ、カケル君。こちら櫻田 麻里亜さんで、今回の依頼人です」
「どうも、神崎カケルと言います。探偵です」
軽く会釈して向かえのソファーに腰掛けた。カケルは、目付きが悪いせいもあるが小学生位の子どもが大の苦手だった。
「よ、宜しくお願いします」
麻里亜は、もじもじと小さな声を発した。それを見てカケルはやはりこの手の女の子は苦手だと改めて痛感した。
「麻里亜さんは、南アルプス市出身で市内の外れにある大きなお屋敷に住んでいたみたいです」
「あの有名な【お化け屋敷】の正体が君だったんだあ」
地元では、かなり有名な心霊スポットで夜だけでなく、昼間でも誰もいないのに人影を見たと言う目撃情報が多数あり肝試しに多くの人が訪れている。
「カケル君!!失礼ですよ。ーーごめんなさいね」
心優が顔を膨らませカケルを怒鳴りつけた後、依頼主の少女に笑顔で謝った。
「大丈夫です。ーー実は、今回ご相談に来たのです」
カケルは、その言葉と少女の悲しげな表情を読み取り、
「依頼を聞かせてもらおうか・・・」
カケルの真剣な真っ直ぐな眼差しを感じ、少女はゆっくりと喋り始めたーー。
★
私は、市内の外れの大きな家に住んでいました。父は海外の仕事が多く、余り家にはいない人でした。母は、有名なデザイナーの仕事をしている人で私は、いつも家政婦さんに身の回りの世話をしてもらっていました。
市内の外れに家がある為、いつも学校には家政婦さんが車で送り迎えしてくれていました。そのため、学校の友達と遊ぶことはほとんどありませんでした。
一人っ子だった為、どろどろに溺愛され、何でも欲しいものは手に入り、何をしても怒られなかった。その反面、徐々に学校へ行かなくなって行ったーーそう、友達が出来なかったんです・・・。
学校へは週に数回が月に数回と、だんだん登校する日が減って行ったーー。
不登校気味になり毎日家で過ごす毎日、一日がこんなに長く感じるとは思いもしませんでした。
そんなある日の【昼下がり】ーー。出会いは突然やって来ました。
「すいませーーん。ボール取らせて下さい」
その声に、恐る恐るカーテン越しに外を覗いて見るとそこには帽子を被った爽やかな少年が立っていたのです。
「すいませーーん」
再び、声が屋敷に響く。いつもなら真っ先に家政婦さんが対応してくれるのだが・・・目線を駐車場に移す。ーー車が無い。きっと夕食の買い出しに出かけてしまったのです。
覚悟を決め玄関のドアは開けた。
少年は笑顔で、
「あっ!すいません。ボールを取らせて下さい」
「は、はい・・・どうぞ」
久しぶりに同じ位の人と喋り、心臓が口から出て来そうなほど、ドキドキしたのを今でも覚えています。
ボールは、家の庭に落ちていた。どうやら一人で壁にボールを当てて野球の練習をしていたらしいのです。
「どうもありがとうございました。ーーそれにしても大きな家だね」
「・・・うん。良くみんなに言われる」
「君、何年生?どこの小学校?」
「六年・・・東小・・・」
「えっ?一緒じゃん。ーー【ごめん知らなかったよ】」
「うんん。私、今不登校だから・・・」
「そ、そーなんだ。ごめん、体の具合が悪かった?」
「うんん。・・・違うけどそんな感じかな」
「そっか・・・じゃあ、また」
少年が背中を向け行こうとすると、
「あっ・・・あの、ーーえっと」
「ん?」と、少年が振り向いた。
「・・・また、お喋り出来るかな?」
少年は、その言葉に嬉しそうに、
「うん!また、会いに来るよ」
こうして、少年と私はほぼ毎日、一緒に遊ぶようになりました。
遊ぶと言ってもおやつを一緒に食べて、少年の学校での出来事などを聞いてお喋りするだけの時間。それでも私にとってはとても楽しい時間でした。
私は、そんな少年の事が大好きだったーー。
うんん。今でも大好きです。
私の今回の依頼は、あの日の少年にもう一度会いたいです。
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「ーーなるほどね。少年の名前は覚えていますか?」
「はい。野田 哲也くんです」
「家は、あの屋敷の近くって事かな?」
「・・・多分、同じ小学校だと話していたので」
心優は、二人の会話をしっかりとメモしている。
「ーー了解!早速、調べてみるよ。また報告します」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
★ ★ ★
「ふーっ、最近の話かと思えば十年以上前の話じゃねーかよ」
「そーですよね。霊はお年をとらないですからね」
心優は苦笑いを浮かべ、メモを見ながら続けて、
「櫻田 麻里亜さんは、東小学校に在籍していた記録がありましたね。ーーしかし、卒業と同時に【海外へ転校】になっていましたね」
「ーーそれに、【野田くんの在籍記録】が麻里亜さんがいた時期にない」
「どーゆーこと何でしょうか?」
「んんーー、とりあえず例のお化け屋敷周辺を散策してみるか」
「カケル君!麻里亜さんのお屋敷って言って下さい。失礼ですよ」
★ ★ ★
「古くなっても大きい屋敷だな・・・」
「・・・改めて見ると不気味ですね」
「心優ちゃんのが失礼だぞ」
心優は、慌てて口を両手で塞ぎ「失礼」と、顔を赤く染めていた。
屋敷の外壁は蔦で覆われていて、話で出て来た庭は雑草が生い茂り、どこからどこまでが庭なのか見当がつかないほどに荒れていた。
「ボール当てをしていたという壁はどこにあるんだ?」
辺りを見渡すが屋敷の近くには、家は一件もない。周りは開けていて近くは雑木林になっている。
今は、その雑木林と雑草が生い茂り屋敷にまで迫って一体化している。
「ーーお屋敷の壁に当てていたんですかね?」
「それはいくら何でもないだろ?仮にやっていたんなら家政婦さんが気付いて注意するだろ」
「ーーですよね」
「やっぱ野田くんのことを調べた方が良さそうだな。麻里亜さんの案件もあるし」
「ええ、他の小学校だったんでしょうか?一応・・・カケル君?」
心優が話かける横でカケルは、屋敷を見つめて固まっている。
「カケル君どーしたんですか?」
「・・・・・・」
「カケル君?」
首を傾げてカケルを見つめる。その間もカケルは屋敷を見つめたまま固まっている。
「・・・いや、何でもない」
「野田くんの在籍した小学校、他の小学校も捜しましょうか?」
「いや、もう一度東小学校に連絡して在籍記録を探そう。多分、野田くんは東小学校にいるよ」
「えっ?そーなんですか」
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ーー翌日、
「ここは、私が昔住んでいた家ですね。これでは【お化け屋敷】と言われてもおかしくないですよね」
「麻里亜さんは、ここへ最後に来たのはいつですか?」
「海外へ転校になってから一度も帰って来ていません。父親が海外赴任になったと同時に家族で引越しになりそのままです」
「えっ?じゃあお化け屋敷の【お化け】は?」
心優は、口をぽかーんと大きく開けた。
「麻里亜さん、野田くんは今でもあなたに会いにこの屋敷に通っているんです」
「えっ?野田くんが私の家に・・・なぜ?」
「麻里亜さんが会うずっと前に野田くんは亡くなっていたんですよ」
「・・・どいうことでしょうか?」
麻里亜は、まだ頭の中の整理が出来ないで困惑している様子だ。
「東小学校の在籍記録を調べたんです。麻里亜さんが在籍していた時期に野田くんの名前はありませんでした」
心優が丁寧にゆっくりと麻里亜に説明する。
「ーーーー!!」
「野田くんのことを調べたらそれよりずっと以前にこの土地の開拓中の工事中に事故で亡くなっていたんですよ。ボールを取りに来た時に工事のトラックに跳ねられて・・・」
カケルは、唇を噛みしめながら麻里亜から目線を逸らした。
「野田くん・・・」
麻里亜の目には、涙が溜まっていて今にも溢れ出しそうだ。
「きっと麻里亜さんが寂しそうにしてる姿を見て野田くんは麻里亜さんの前に姿を現したんだと思います」
カケルは、古くなった屋敷を見つめた。
「会って来てあげて下さい。きっと野田くんは待っていると思います」
「はい。ありがとうございました」
麻里亜さんは十数年振りに自分の生まれ育った家に帰って行った。
その間、少年はいつか彼女がまた帰って来てくると信じて待っていたんだろう。
久しぶりに会って二人はどんな会話をするのだろうか?
☆ ☆ ☆
「カケル君、麻里亜さんはどーして亡くなったんですか?」
「海外赴任が決まり、父親の待つ海外へ向かう飛行機が墜落し麻里亜さんは亡くなった。ただ、サヨナラも告げられず最後にもう一度野田くんに会いたいという想いが未練となりこの世を彷徨う結果となったんだろう」
「二人とも成仏できますよね?」
「ああ、きっと大丈夫だろう。想いが通じ合ってやっと出逢えたんだからな」
「カケル君って意外とロマンチストなんですね」
「・・・いや、そーじゃなくて」
カケルが目にしたのは、手を繋ぎ仲良く歩いている男女の小学校の姿がぼんやりと見えたのだったーー。
「何でもねーよ。腹へったな何か飯でも食べて帰ろうぜ」
「はい!」
地元で有名なお化け屋敷を後にする二人だったーー。