霊能探偵
「もう、僕のことは忘れて君には幸せな人生を送ってほしい。僕が君の人生の足枷になっているのが耐えきれないんだ」
金と茶色混じりの髪をした少年が二十代位の女性の目の前に立っている。ーーしかし、なぜか違和感がある。
「ーーそんな、私はあなたのことを忘れてこの先の人生を生きていくなんて・・・」
女性は両手で顔を覆い地面に崩れ落ちた。
「僕は、君がどんなに悲しんでも、どんなに涙を流しても手を差し伸べてあげれない。ただ、側で見守ってあげることしか出来ない。今の君に必要なのは、見守ってあげる存在よりも、共に手を取り合って一緒に人生を歩んで行ける存在だと思う」
違和感の正体は、少年の顔に似つかわしくない声。ーーその声にまた女性は涙を流す・・・。
女性は嗚咽交じりに、
「わ、私は・・・貴方を失ってからも・・・どれだけ貴方を」
地面に這いつくばっている女性に手を差し伸べて首を左右に振り、
「もう、苦しまなくて良いんだよ。僕のことじゃなく自分のことだけを考えて明日を生きてほしい」
「嫌よ。一人にしないでーー」
女性は、涙ながらに少年を見上げる。
「ごめんね。さよなら」
その瞬間に少年の意識が飛んだのか、ふらふらとバランスを崩した。
「カケル君大丈夫?」
慌てて脇で一部始終を見ていた、黒髪ロングヘアーの神社の巫女のような格好した少女が駆けつけた。
「大丈夫、大丈夫」
先ほどとは別の、見た目通りの声に変わり苦笑いを浮かべるカケルと呼ばれた少年。
カケルは、首を左右に動かしポキポキと鳴らすと、座り込み気を落としている女性に近寄った。
「ーー以上が、今回の【依頼人】からの伝言です。死して尚、貴方の事が気掛かりであの世へ行けず彷徨っていたのでしょう。自分では、貴方へ想いを届けられずにいたので今回、僕を頼りに貴方へ何とか想いを届ける事が出来た」
女性は、まだ立ち上がることが出来きないでいる。そんな彼女を横目に、カケルは面倒くさそうにため息をつくと、指をパチンと鳴らした。
「顔を上げてごらん・・・」
女性は、言われるがままゆっくりと顔を上げるとそこにはーー、
「あなた・・・」
女性の瞳から涙が止めどなく溢れ出す・・・。
そこには、亡くなったはずの依頼人の姿がはっきりと見えたのだ。
「依頼人は、あなたが心配だから未だに魂が彷徨っている状態です。このままだと悪霊になってしまいますよ。依頼人を安心させる為にも立ち上がって下さい!!」
カケルの側にいる巫女の格好をした少女も小さく拳を握りしめ、女性にエールを送っている。
女性は、涙を拭きながらゆっくりと立ち上がると、依頼人の男性はその姿を見ると安心したのか微笑みを浮かべながら消えっていった。
「ーー任務完了」
★ ★ ★
都会から離れた田舎の静かな街。その小さな四階建てのビル、そこに【神崎心霊探偵事務所】がある。
地元住民ですら、ほとんど人が訪れるのを見た事がないので本当に営業しているのか分からない位だ。逆に何故、潰れないのか不思議だ。
それもそのはず、依頼人の九十パーセント以上がこの世の者ではない人による依頼だからだ。
今回の依頼人も、不慮の事故により恋人を一人この世に残し亡くなってしまった男性による依頼だった。
「えーっと、今回の案件ですが全て込み込みで・・・八万五千円になります」
巫女の姿をした少女が笑顔で、半透明な男性に声をかけた。その金額に驚く男性。
「驚くことないでしょう。一応、プランは説明しましたよね?そして、何より彼女に想いを届けられて、もう心残りもないでしょ」
半透明な男性の背後から、肩に手を回すカケル。彼は、霊能探偵と名乗るだけあって、霊に触れることが出来る。
「えっと、憑依させて伝言を伝えるのに四万円、依頼人の姿をオープンさせるのに四万円。その他交通費など五千円ですね」
ため息交じりに半透明な男性は、巫女の少女から特殊なペンを受け取ると紙に何事かを書き込んだ。
それを巫女の少女が確認すると、
「ありがとうございました。あとは、こちらで確認致します。安らかにお休み下さいませ」
静かに探偵事務所のドアが閉まったーー。
☆
「お疲れ様です。神崎カケルです、いつもお世話になっております。本日また入金の手続きをお願いしたいのですがーー、ええ、そうです。故人様より一筆書いて頂いておりますので、筆跡鑑定すれば確認がとれると思います。ーーはい、ではウチの助手の姫木がそちらに向かいますのでよろしくお願いします」
iPhoneの電源を切るカケル。書斎のようだが大きな本棚にはほとんど本は並んでいない部屋。机の上には、書類が無造作に大量に置かれていている。カケルは椅子にもたれながら、余程疲れたのか目を閉じていた。
今のカケルの霊能力では、一日一件の案件を解決するのが限界だった。特に何をするって訳ではないが、一通り案件が終わると、どっと疲れの波が押し寄せてくるのだ。
冷たい鉄の音が二回、廊下に響き渡る。その後、可愛らしい声が聞こえてきた。
「カケル君、お疲れですか?」
「・・・ちょうど良い所に来てくれた。美優ちゃん悪いけど、銀行に行って来てほしい」
ドアを開け書斎に入る巫女の姿をした少女。
「ーー先ほどの案件の振り込みの件ですね?」
「流石だね!中央銀行に連絡はしてあるから、受付に話せば後は、向こうが手続きしてくれると思うから頼むよ」
「分かりました。ーーでは、銀行に行って来ます」
美優の後ろ姿を見ながら再び、目を閉じてたカケル。
ー死者の声に耳を傾けるのも楽じゃないなー