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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第三章 時代は踊る
96/303

生意気な少年 ※

登場人物を冒頭にまとめました。

もうちょっと増える予定です( ̄▽ ̄;)


挿絵(By みてみん)


 テーブルを取り囲んでいる全員の目が素早くドアに向けられた。

 ミニシャの身体に完全に隠れた格好で、誰かが立っている。


「ユラ・ハンヌだ」


 救世主と呼ばれた人物は、ミニシャの真後ろで抑揚のないボーイソプラノで名乗った。

ミニシャが慌てて自分の身体を脇へずらすと、人形のように整った顔の小柄な人物が現れた。

男性にしては身体の線が随分と細いが、女性特有の柔らかな曲線はどこにもない。

 髪と同色のプラチナブロンドの長い睫毛に縁取られた切れ長の目が、部屋にいる人間の顔を興味がなさそうに一瞥した。


「ヤガタ基地総指揮官のウェルク・ブラウンです」


 ブラウンは素早く動いてユラ・ハンヌの正面に立ち、手を差し出した。かなりの身長差がある事に気が付いて、ブラウンは腰を低く屈めた。


「お会い出来て光栄です。ユラ・ハンヌ殿。ヤガタによくお越し頂いた」


 ユラ・ハンヌは自分の正面に立ったブラウンの顔にぞんざいな視線を投げた。両手はローブのような青い着衣のポケットに突っ込んだままだ。お世辞にも友好的な態度とは言い難い。

 冷たく光る黒い瞳で、ハンヌは目の前のブラウンの顔を見上げた。

 興味深そうにひとしきり眺めると、自分の前に突き出された手に視線を落として肩まである髪をさらりと揺らした。まるで反抗期の少年のような態度だ。


「ブラウン、ごめん。言い忘れてた。ガグル社では握手という習慣は廃れてしまっているんだよ」


 ミニシャが慌てて口添えすると、ハンヌは片頬を歪めて口を開いた。


「そうだ。儀式的な風習、失礼…慣習と言い直そう。とにかく、そういうものを、我々はエンド・ウォー以後に一切排除してしまったものでね」


「ボリス大尉、こいつ、じゃなくって、このエラそうなヒト、何なんですか?俺より年下に見えるんですけど」

 

 ジャックがわざとぞんざいな口を聞いた。

 ハンヌのあからさまに見下した態度と口調が相当不愉快らしい。


「だから、救世主だって」


 ミニシャが困ったように頭を掻きながら言った。


「言葉を慎みなさい、レイノルズ一等兵!ユラ・ハンヌはガグル社に数人しかいない上席研究員で、生体スーツ開発の第一人者だ。執行役員も務めている、とっても偉い人なんだよ―!」


「構わない」


 ハンヌが煩わしそうに首を振った。


「言葉使いなど、どうでもいい。ボリス、話を進めろ。彼らがアメリカ軍モルドベアヌ基地急襲作戦に選抜された人間だな?」


 ハンヌはダガーを始めに、ハナとジャックの順に視線を鋭く移動させた。


「そうです。彼ら、ダガー隊チームαは、共和国連邦軍の中枢、プロシア軍の中で最も優秀な兵士で構成されています。その八人の中から三名を選抜致しました」


「資料には目を通してある。それ以上の説明は不要だ」


「了解しました」


 ハンヌに頭を下げて大人しく口を閉じるミニシャに、ジャックが目を丸くする。


「アメリカ基地を叩く為に、ガグル社が開発した最新兵器を装備させるのだからな。優秀ならば、口の悪い生意気なガキであっても、一向に構わない」

 

 華奢な顎を突き出して尖らせた眼差しをジャックに向けて、ハンヌが辛辣に言い放った。


 憮然とした表情で口を引き結ぶジャックの前を横切って、ブラウンが作戦を立てる時の定席の位置にその華奢な身を据えた。ハンヌはテーブルの上を睨め付けると、突然、広げてある戦地図をごみでも払うように床に落とした。


「何するんだ!大切な戦地図だぞ!」


 声を荒げるジャックを無視して、ハンヌはポケットから出した小さな立方体をテーブルの中央に置いた。ミニシャを除いた部屋の人間が不思議そうな顔をして、その黒い立方体を一斉に見つめる。

 ハンヌが右手を胸の位置まで持ち上げた。手袋をはめている掌を上に向けると、五本の指を忙しく動かし始める。

 ブーンと小さな音がして、立方体から鮮やかな色が飛び出した。

 さっきまでブラウンが広げていたものとは比べ物にならない精密な戦地図が、テーブルの端から端へと広がった。

 ブラウンを始め、ダガー、ハナとジャックも驚愕に目を瞠った。

 ハンヌが右手の中指で掌を軽く叩く。平面だった地図の一部が隆起し始めて見事な山の形になった。


「ガグル社の超細密立体地図だ。旧態然とした君達の平面地図とにらめっこしなくて済むから、作戦会議の時間短縮になる」


「それは有り難いですな」


 ブラウンが苦笑しながら腕を組んだ。


「このランド・ナビゲーションシステムも生体スーツに搭載される。戦域しか知らない我々にとって、地形の起伏が激しい山岳地帯は未知の領域だからね」


「絶えず新しいデータを収集して製品に生かすのがガグル社のモットーだ。君達の原始的な平面地図とコンパスで、斜距離の計算間違いでもされたら計画が台無しになるからな」


 嬉しそうに顔を輝かせるミニシャの隣で、ハンヌが仕方なさそうに肩を竦めた。


「アメリカ基地襲撃は時間との戦いでもある。移動時間の超過は実戦場での指揮統制に支障を来たす。そうなればこの戦いに勝算はない。連邦軍が戦域から全面撤退となると、少なからずガグル社にも影響が及ぶ。そうでしょう?ハンヌ上席研究員殿」


 慇懃な口調のブラウンに唐突に同意を求められたハンヌは、テーブルを挟んで立っている長躯の男を忌々し気に睨み付けてから、はっと短く息を吐いた。


「確かにその通りだ。否定はしない。現在、我が社は、新兵器を開発したアメリカ軍の動向に注意を払わなければならない状況だからな」


(アメリカ軍ね)


 ブラウンはうっすらと片笑んだ。


(ガグル社から流失した技術と人材だとは、我ら連邦軍には口が裂けても言えないだろうからな)

 

 十年前にガグル社で起きた亡命事件が今、戦争拡大という深刻な事態を引き起こそうとしている。

 ガグル社の軍事技術を以ってすれば、アメリカ軍に亡命した人間など容易く奪い返せただろうに。

 何故、十年という長い歳月、ガグル社は彼らを放置していたのか。


(それが出来なかった、という事は)


 ガグル社が簡単に手出しできない何かをアメリカ軍が所持しているのか。


(ガグル社を凌駕する軍事技術とか。まさかな。エンド・ウォー以前の軍事技術をアメリカ軍が維持できていれば、旧態然としたロシア軍の傘下に入って連邦軍と戦う理由がない)


「本題に入るぞ」


 ブラウンは机を囲む人間の顔をぐるりと見渡した


「先ずは走行ルートだが、生体スーツをヤガタから南下させる。旧ドナウ川沿いを進み、途中の森林地帯から北上してアメリカ基地に到達する」


「旧ドナウ川沿いですか」


 ダガーが厳しい表情でブラウンに目をやった。


「ドナウ大亀裂帯。あそこを使って敵基基地へ進行せよと」


「そうだ。エンド・ウォーで地殻変動を起こして干上がったドナウ川跡だ。あそこから敵が北上して来るとはアメリカ軍も想定していないだろう」


「そうでしょうが、あそこで敵に挟み撃ちに合うと逃げ場がありません」 


「軍曹、心配いらないよ」


 ミニシャが得意そうに踏ん反り返った。


「生体スーツの能力を持ってすれば、最大の高低差が二十メートルくらいの浅くて狭い渓谷なんか、朝飯前で闊歩できるさ。広範囲レーダー探知機を起動させておけば、もしアメリカ軍の機械兵器が現れても、事前に察知できる。それにガグル社製の対敵レーダー妨害装置をスーツに装備させるから、ロシア軍は勿論、アメリカ軍だって君達に気付く事はない」


「そうですか」


 ダガーが思案気にミニシャを見た。


「アメリカ基地へのルート案内を生体スーツの人工脳にインストールした。だから紙の地図とにらめっこする必要もない。細かい補正は自前でやってもらうことになるが」


「何ですか、細かい補正って?」


 ジャックがミニシャに聞き返す。


「緊急事態だよ。崖が突然崩れたとか、レーダーに捕捉できなかった敵が目の前に出現したとか」


「細かい補正ね」


 ハナが肩を小さく竦めた。


「軍事同盟軍と遭遇する確率はほぼゼロの地域だが、万が一と言うこともある。慎重に行動するに越したことはない」


「了解です、中佐」


「それから、スーツに追加される装備品と武器なんだが」


 ミニシャが興奮を隠しきれないように目を輝かせた。


「凄いぞ!ガグル社製の最新技術がフルオプションで搭載されることに決まったんだ!!」


「先行投資としては悪くない。スーツ三体でアメリカ軍の要塞に打撃を与えることが出来るのなら、安い出費だ」

 

 ハンヌは右の耳朶を中指で押さえた。

 無色透明からほんのりと虹色に色づく最新型の美しいイヤーピースを、ミニシャが垂涎の眼差しで見つめる。


「たった今、生体スーツのカスタマイズが完了したとの報告が入った。すぐ彼らに新装備のスーツを装着してもらう。優秀な兵士に口頭での説明など無用だろう。昔から習うより慣れろと言うからな」


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