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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第三章 時代は踊る
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絶崖

 ダガーに指示された岩場の陰に隠れながら、ハナは自分の生体スーツ、キキに自動小銃を構えさせて待機していた。

 目の前には一際大きく尖った岩がそそり立ち、その岩肌を背にしてガルム1が周辺の様子を伺っている。


「ルートを確保した。速やかに移動せよ」


 ダガーから短い通信が入った。ハナとジャックがすぐにスイッチを切り替えた。

 生体スーツだけに反応する人工脳の共有ビーコンがナビゲーションシステムに可視化されて、キキとガルム1のモニターパネルに鮮やかな緑色の線が浮かび上がらせる。 

 細い崖路の危険個所が赤と黄色に発光した小さな円錐となって、パネルのあちこちに点滅する。それはまるで、野原に咲き乱れる花のように賑やかだ。


「先に行きます」


 ハナに合図したジャックが、ごつごつとした岩肌にガルム1の腹を擦り付けるようにしながら近くの岩に足を乗せた瞬間、ガラッと大きな音がしてガルム1の巨体がハナの視界から消えた。

 ハナは慌てて岩の下を覗き込んだ。踏み抜いた岩と共に落下していくガルム1が、隆起した岩を掴もうと右腕を伸ばした光景が目に入った。


「ジャック!!」

 

 岩を掴みそこなったガルム1の五本の指が空しく宙を踊る。このまま崖下へと転落すれば、生体スーツの強度を持ってしても無事では済まない。

 ハナは咄嗟にキキの左手を崖のクラックにねじ込んでから、落ちていくガルム1に向かってワイヤーガンを発射した。

 太い鋼線が、ガルム1の右腕に絡みつた。

 キキの腕が岩の割れ目から抜けないように祈りながら、ハナはガルム1の落下の衝撃に耐えるために両足に力を込めた。

 自分の足場も崩れれば、二人仲良く崖下の岩場に墜落だ。

 緊張で額から細かい汗が噴き出す。幸いにも、思ったほどの衝撃は訪れなかった。

 ハナは深く息を吐いてからガルム1を確認した。

 崖端から宙にぶらんと身体を浮かばせているガルム1の黒いフォルムが、キキの暗視カメラに映る。右腕の他に胴体にもワイヤーロープがしっかりと巻き付いている。

 ワイヤーはキキの後ろの切り立った崖から伸びていた。

 見上げると、その天辺にリンクスの姿があった。


「気を付けなさい!レイノルズ一等兵!」


 ハナが怒鳴った。


「スクラップになりたいの?!」


「すいません。山登りがこんなに難しいなんて、想像してませんでした!」


 イヤホンから聞こえるジャックの情けない声に、ハナは苛立ちを隠せなかった。


「あんたのつまらないミスの巻き添えになるのはご免だからね」


「ジャック、気を怠るな。ハナ、怒るのは構わないが、言葉が過ぎるぞ」


「…申し訳ありません」

 

 ジャックが岩肌をよじ登り足場を確保したのを確認してから、ダガーとハナはガルム1からワイヤーロープを解いた。


「あと少しで待機地点だ。迅速に行動せよ」


 そう言い残すと、ダガーは崖の頂上から姿を消した。その滑らかで素早い身のこなしに、ジャックが感嘆の溜息を洩らした。


「すげえな。俺達もこんな崖道を這うように進むんじゃなくて、軍曹みたいに岩を跳んで行った方が早いんじゃないんですか?」


「馬鹿ね。崖道を満足に歩けないあんたが、あんな荒業を真似できると思っているの?今度こそ谷底に叩き付けられて、ぺしゃんこよ」


 早く歩けと言わんばかりに、キキはガルム1の背中をぐいっと押した。


「おっかないなあ、これ以上ミスはしませんって。(ねえ)さんってば、そんなにイラつかないで下さいよ」


「ミッション中よ、レイノルズ一等兵。言葉に気を付けなさい!」


 ハナは厳しい口調でジャックを咎めた。


「はいはい、わかりましたよ」


 ガルム1は両手を上げ下げしてから、崖をそろそろと進み出した。


(まったく。我ながら、最低だわ)

 

 ジャックの失態をあげつらって、自分の苛立ちをぶつける。兵士失格だ。

 この棘だらけの感情が久しぶりに復活したのは、ブラウンに自分の性格を言い当てられてからだ。


(剛直、か)


 父と同じ資質が備わっていると、幼い頃から言われ続けた。

 サトー大佐は戦域内戦車隊を縦横無尽に動かす策士として下士官から慕われていた。

 部下を無駄に死なせない優秀な上官だと。

 尊敬する父親に似ていると言われて嬉しかった。

 父と同じ軍人になろうと思った。

 多感な年齢で父を亡くしてから、その道しか考えなかった。

 異邦人の子孫でありながら功績を上げて連邦軍組織で異例の出世をしていく父は、上級貴族のみで構成されるプロシア軍閥に(うと)まれ、愚策としか言いようのない作戦の総指揮を押し付けられた果てに戦死した。


(だから、私は) 


「諸君はヤガタの優秀な兵士、プロシア軍の雄である。極秘任務を速やかに遂行し、必ず、ヤガタ基地に生きて帰還せよ」


 ブラウンの餞別の言葉に、何の感慨も覚えなかった。

 口に含んだ砂のようにざらついた不快感だけがハナを支配した。

 決して死を恐れているのではない。ただ、意味のない死に方をしたくないだけだ。無謀な作戦の犠牲にはなりたくないと言い換えるべきか。


 



 十年前、戦域で無念の戦死を遂げた父のように。

 

 新兵のハナが最初に所属した小隊の部隊長だった、セイジ・ハシモト少尉のように。


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