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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第三章 時代は踊る
94/303

救世主 ※

挿絵(By みてみん)

「トランシルバニア・アルプス・アメリカ基地に生体スーツで奇襲攻撃をかける」


 ハナとジャックは、直立不動でブラウンとダガーに敬礼した手を各々の腰の位置に降ろしてから、互いの顔を見合わせた。ブラウンの言葉に戸惑った二人は、直属の上官から補足を求めようとブラウンの隣に立っているダガーに視線を向けた。

 ダガーは、当惑して揺れ動くハナとダンの瞳を静かに見つめ返した。

 二人が何を考えているか手に取るように分かっているという顔だ。

 トランシルバニア・アルプス山脈の中腹に隠されたアメリカ基地を襲撃するなど、不可能に近い。絵空事の計画だと。

ダガーは口を開かずに、二人の部下から視線を外すと、テーブルの上の戦地図に視線を向けて眺め始めた。ハナは苛立つように視線をダガーからブラウンに戻した。


「中佐、それは、ダガー軍曹とその部下二名で敵基地へ特攻せよとの命令ですか」


  恐ろしい言葉をハナは躊躇なく口にした。特攻と聞いて、ジャックが頬を引き攣らせる。


「特攻ではない。特殊作戦だ」

 

 ブラウンがハナの言葉を言い換えた。


「生体スーツのパイロットである君達は、我々プロシア、いや、独立共和国連邦軍の中でも重要な地位にある戦闘員だ。簡単に死なれては困る」


「ならば、残存する我が軍の兵力を鑑みて、ヤガタ防衛を第一に考え、生体スーツの兵力を二分せずに戦域の主戦力として投入するべきかと」


 ハナはブラウンに強い口調で言い放った。その物怖じしない態度に、ジャックが慌ててハナの腕を小突く。


「君が驚くのも無理はないな、サトー上等兵」


 率直過ぎる言葉に機嫌を悪くすることもなく、ブラウンはハナに頷き同意した。


「我々はアウェイオンの戦いで軍事同盟に大敗して、これまでにない窮地に立たされている。兵士は勿論、戦域において主力戦闘の要である戦車もかなり数を減らしてしまった。

 今、軍事同盟軍が攻めてくれば、我々に勝ち目はない。プロシアが支配していた戦域は全て軍事同盟軍の手に落ちるだろう。無論、この最新基地のヤガタもだ」


「ならば、なおの事、生体スーツの戦力を二分する中佐の作戦は同意できません。ヤガタを守る為には青の戦域で軍事同盟軍を全軍で迎え撃つ方が、まだ勝算があると思いますが。

 それに、中佐の作戦はロング・ウォー開戦時に定められた条約から逸脱するものであります。戦域外での戦闘行為は重罪です。連邦軍の軍事裁判に掛けられたら中佐は確実に死刑です」


「サトー上等兵、中佐の作戦にあからさまに異を唱えるなんて、いくらなんだってまずいですよ。懲罰ものだ」


 堪り兼ねたジャックがハナの口を閉じさせようと、その腕を掴んで強く引っ張る。


「無礼を承知で申しております」


 自分の腕に狼狽えたジャックの手が縋るのを、ハナはうるさそうに振り解いた。


「私は重要な戦闘兵ですから。事態が切迫している今、牢屋に叩き込むことも出来ない」


 ブラウンはハナの顔を興味深そうに眺めてから、おもむろににやりと笑った。


「さすがはあのトシオ・サトー大佐のご息女、連邦軍プロシア戦車隊大隊長の忘れ形見だ。歯に衣着せぬ物言いはお父上譲りとお見受けした。剛直そうなところもね」


 最後の一言に、ハナが目を怒らせてブラウンを睨み付けた。

 余計な言葉を口にした自覚はあったので、ブラウンは表情と口調を和らげた。


「疑問は率直に口にしてくれて結構だよ、サトー上等兵。その方が、この作戦の真意が伝わるだろうからな」


「中佐、我々に特攻を強制するのでないならば、その真意とやらを私にお聞かせください!」


 ハナの口の荒さに色を失ったジャックが、泣き顔でダガーを見た。ブラウンもダガーにちらりと視線を走らせる。ダガーの顔が戦地図からゆるりと持ち上がり、ハナに向いた。


「それが知りたければ、まずは、お前の怒りを鎮めろ。サトー上等兵」


 ダガーの鳶色の瞳がハナの両眼に据えられる。その鋭い視線にハナははっと息を飲み、手前に突き出していた左右の握り拳を瞬時に解いた。腰を落として前かがみになっていた背筋を真っ直ぐに伸ばし、ブラウンに向かって敬礼し直した。


「上官に不敬不遜な物言い、誠に申し訳ありませんでした!」


「いやあ、そんな最敬礼で謝らなくたって大丈夫だよ、サトー上等兵。ボリス大尉で慣れているからね。 私は礼を失した言葉遣いくらいで、一々目くじらなんか立てたりしないから」


 澄まし顔で宣うブラウンに、ハナは、はいと小さく答えた。

 話に熱中し出すと、階級構わず誰に対してもざっくばらんな態度になる事で有名なミニシャと同等に扱われたことがかなり堪えたようだ。

 見る見るうちにハナの頬が赤らんで、口がへの字に曲がっていく。


「サトー上等兵、君も知っての通り、連邦軍はアウェイオンで軍事同盟に大敗を喫した。それが何を意味するか、分かるかな?」


 突然のブラウンの質問に、ハナは当惑するように眉を顰めて「いいえ」と答えた。


「ロング・ウォーの終結だ」


「ロング・ウォーが終わる!?」


 衝撃的な宣言に、ハナが微かな音を立てて息を飲んだ。青ざめた顔でブラウンの表情を探る様に見つめる。


「そうだ。戦域限定で三十年続いたロング・ウォーは終わった。だが、戦争が終結するわけではない。共和国連邦がロシアの提示した条件を全て飲んでも、軍事同盟軍は連邦国に対して戦闘行為を続けるだろう。むしろこれから拡大すると私は読んでいる」


 ハナとジャックが我知らず喉を上下させた。ダガーがゆっくりと瞬きをして再び戦地図に目を落としたことに、二人は気付かない。


「剣や弓槍で戦っていた中世に突如現れた大砲を想像してみたまえ。新兵器を持ち得た者が、己の一分の利にもならない条約を律儀に守ると思うかね?ロング・ウォー開戦時に定められた条約は、もはや何の効力もない」


「そんな…」


 ハナの唇が震えた。


「次の戦闘は軍事同盟軍の一方的な停戦解除で始まるだろう。青の戦域の大半を失った我々の前に、アメリカ軍の機械兵器が怒涛の如く押し寄せて来る。我々は生体スーツで迎え撃つ。新兵器同士の激突だ。

 それはもはや共和国連邦の体制を守るという大義を掲げた戦いではない。ヤガタ基地を死守せよとヘーゲルシュタイン少将から命令を受けている、我々自身の生き残りを掛けた戦争だ」

 

 ブラウンはハナの大きな黒い瞳を、じっと見据えた。

 瞬きもせずに真っ直ぐに自分を見つめるハナの表情が、胸中でエリカのそれと重なる。美しいと思った。


「だから、我が軍の全滅を回避する為に、私はラストプランを立案した。君達にヤガタを守ってもらうために、だ」


 ブラウンの話の後を継いでダガーが口を開いた。


「チームαの真の敵が誰なのか、お前たちは、アウェイオンの戦いで十分に理解したはずだ」


 ハナとジャックの脳裏に悪夢のような光景が甦った。耳障りな金属音を立てながら大地を疾駆する二足走行兵器。禍々しい姿をした飛行兵器ドラゴン。怪物の放った弾丸は、連邦軍の兵士の身体を貫き、戦域の乾いた地を真紅に染めたのだ。二人は険しい表情で握り締めた手に力を込めた。


「俺達がアメリカ軍基地を直接叩かなければ、ヤガタが生き残る道はない」


 ダガーは顔を地図に向けたまま、視線を部下に移動させた。二人は素早く敬礼した。もしも人間の眼が刃に変わるなら、まさに今、自分達に向けられた上官の眼がそれだ。


「これで私の真意を理解して貰えたかね?サトー上等兵」


 ハナはブラウンに向かっておずおずと頷いた。話は理解した。だけど…。


「だけど、どうやってアメリカ基地を攻撃するんですか?」


 ハナが口を開く前に、ジャックが疑問を放っていた。緊張で声が掠れている。


「誰も見たことのない、難攻不落の要塞ですよ!?」


「そのことだが」


「来ました」


 地図から素早く顔を上げたダガーが扉に目を向ける。ブラウンも喋るのを止めて、自分の執務室の扉を見た。


「え、誰が?」


 ジャックが慌てた様子でダガーと扉を交互に見た。

 ガチャリとドアノブが音を立てて、繊細な彫刻を施された分厚い扉が開いた。


「お待たせしました!」


 満面の笑みを浮かべたミニシャが、部屋にぬっと顔を差し入れる。


「連れて来ましたよ!我らが救世主を!」



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