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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第一章 長い戦争(ロング・ウォー) 
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凶報



「やはり、アウェイオンは落とせなかったか」

 

 書類にペンを走らせながら、フランツ・フォン・ヘーゲルシュタインは報告しに来た部下に言葉を返した。

「はい。主戦闘地域の最前線を任されていたプロシア軍所属の傭兵団、正規歩兵及び機甲大隊は全滅、総指揮を取っていたオルホフ大佐以下、連隊指揮官達も全員戦死した模様です。

 戦車及び重火器の損壊著しく、後方の支援部隊と予備隊でも、戦死した兵士がかなりの数に上ります。

 指揮系統を失った我が軍は総崩れ状態にあります。防御戦闘隊も機能しておりません。大逆転で優勢になった敵軍は、アウェイオンから一気呵成の勢いで進軍を開始しました」


「要するに、軍事同盟軍の新兵器登場で、我が軍は壊滅したという事だな」


 悪夢のような戦況報告をしに来た男に、ヘーゲルシュタインは唸るように尋ねた。


「そのようです。味方は巨大な飛行兵器に上空から襲われて、成す術もなかったでしょう。生き残りの兵士はハイランドまで撤退しておりますが、あの基地も、敵の攻撃を受けるのは時間の問題です」


「言わんこっちゃない。あれほど私が警告してやったのに、あの中世の騎士気取りのイングランド人貴族将校らめ。貴重な我がプロシア軍の正規兵を無駄に消費しおって!」


 苛立ちを抑え切れなかったのか、ヘーゲルシュタインは怒り声を発して、書類の隅にぐじゃぐじゃの線を書き込んだ。


「手柄を焦った馬鹿どもが。一度も戦場に出たこともないくせに、今回の作戦を立てて、このざまだ。何という体たらくだ。貴族出身という身分に甘んじて威張り散らすしか能のない、本当に薄のろ低能の」


「お言葉ですが」


 机の前に立っている部下が、ヘーゲルシュタインの罵倒を遮った。


「そこまでの誹謗は如何なものかと。大佐も貴族階級に属しておられる身ですから」


 ヘーゲルシュタインは、書類に目を通しながらサインする手を止めずに喋りまくった。これはもう、特技と言っても過言ではない。


「ああ?私かね?確かに貴族の端くれに身を置いているが、それが一体何だというのだ。エンド・ウォー以後の新興貴族という身分なんかに、感謝することなど一つもないのだよ。身分制復活というのは、あの世界最終戦争(エンド・ウォー)後の、最も愚かな制度だと思わんかね?

 まあ、今、議論する話ではないが。私が言いたいのは、立身出世いうのは、身分でなく能力で決まるべきだということだ。特に、軍においてはな。戦場で身を削る人間が報われるようにせねばならん。

 だがこれで、ヤガタにのさばっている上級貴族の高級将校どもは、失脚を免れないだろう。やっと、目の上のたんこぶがなくなるってことだ」

 

 いかにも愉快そうに笑ってから、ヘーゲルシュタインは書類から顔を上げ、椅子の高い背凭れに幅の広い上背を預けた。

 

 自分の目の前に直立して微動だにしない部下を見上げ、繁々と眺める。

 

 上背のあるがっしりとした体躯の男が金茶色の短髪をした頭を少し俯かせて、鉄色に光る怜悧な瞳をヘーゲルシュタインに向けている。刃のように光る無機質な色をした両眼からは、何の感情も読み取れない。

 頭の切れる男だ。それも、恐ろしいくらいに。

 

 平民出身の彼の才を見出して直属の部下に置いてから、ヘーゲルシュタインに運が向いてきた。


「ところで、例の採取とやらは成功したのかね?ウェルク・ブラウン大尉」


「はい。ダガー部隊が、無事任務を果たしました。採取したものはすぐにラボに回し、解析の準備を進めています」


「映像はどうだ?うまく撮れたのか?」


「鮮明とは言い難いですが。今までにない兵器だと上層部が理解するには、十分でしょう」「ふん。空を飛んでいるのだから、どんな馬鹿でも見れば分かるだろう」


 ヘーゲルシュタインは軽く頷いてから、ペンを置いた。


「今回の大敗戦で、君たちの開発した新型兵器が、日の目を見ることになりそうだな」


「残念ながら、そのようです。これからの戦争は、今までとは比べ物にならない戦いになるでしょう。我が軍の兵士、兵器共々、一気に前時代的な代物となる可能性があります」


「それは、エンド・ウォー以前の戦争状態に戻るということかね?」


 ブラウン大尉の言葉に、ヘーゲルシュタインが顔を曇らせた。


「想像したくもない」


「エンド・ウォー以前は陸、海、空軍と存在しましたが、現在のヨーロッパの国々はわが国を含め、陸軍の兵力を保有するのみです。青の戦域での戦闘に収まるのであれば、エンド・ウォーのような大戦は起こらないかと。ただ、今回、軍事同盟軍の飛行兵器復活で、その可能性はゼロとは言えなくなりました」


「軍事同盟軍も戦争規模を大陸全土に拡大したいとは思っておらんだろう。そう願いたいところだ。再びエンド・ウォーのような世界規模の戦争が起きれば、今度という今度は、人類は滅亡してしまうだろうからな」


 ヘーゲルシュタインは短い溜息を吐いた。


「さて、これから私は、上級貴族将校の方々との軍事作戦会議に出席しなければならん。敗戦の責任の押し付け合いで、気の滅入る話し合いになるだろうよ。新兵器の出動判断は、君に一任する。宜しく頼む」


「了解しました(イエス・カーネル)」


 ブラウンは、ヘーゲルシュタインに敬礼して執務室を後にした。部下が退出するのをヘーゲルシュタインは目を細めて見送った。口元を引き締めようとしても、自然に頬が緩む。

 アウェイオン敗戦はかなりの痛手だが、大昔の戦争に固執するロマンチストの上層部をこれでやっと一掃できる。


 この“長い戦争(ロング・ウォー)”をいつまでも続けている訳にはいかないのだ。停滞した時代を一気に進ませなければならない。

 

 彼ならやってくれるだろう。ウェルク・ブラウンなら。

 

 ヘーゲルシュタインは自分でも気付かぬうちに、満面の笑みを浮かべていた。




 上官の執務室の扉を閉めると、ブラウンは人差し指と親指の腹で眉間を摘むように押し当ててから、短く息を吐いた。人の気配に顔を上げると、自分を待って待機している部下の姿が目に入った。


「アウェイオンの大敗で、大佐はかなりお怒りのようですね」


「そうでもない。怒ってはいるが、機嫌は悪くない」


「廊下にまで怒鳴り声が響いていましたが?」


 ダガーが執務室の扉にちらりと目をやった。


「ああ、あれは」


 ブラウンは苦笑した。


「司令部に悪態を付く時はいつもそうだ。罵詈雑言が廊下まで聞こえるのは拙いんだがな。本人は一向に気にしていないからな。いつもこっちが冷や冷やしてるよ。軍事作戦を立てるより苦労する」


 ブラウンの言葉にダガーが口元を微かに緩めた。ジョークと受け取ってくれたようだ。


 ブラウンは自分の隣の青年を眺めた。


 ヴァリル・ダガー。

 階級は一等軍曹。幼い頃から傭兵として過酷な環境で生き抜いて来たからだろう、すらりとした身体は優形だが、全体が鞭のように引き締まっていて、動きに全く無駄がない。いつも冷静。口が重く、余計なことは喋らない。

 ヘーゲルシュタインと比べると、寡黙と言っていいくらいだ。

 

 無駄口は利かないが、ちょっとした表情やしぐさで、感情を表に出すタイプではある。本人は気付いていないようだが。


「難しい任務だったが、よくやってくれた。大佐も喜んでおられるよ」


「前方に配置した斥候部隊が優秀でした。敵の新兵器の情報を入手出来たのも、彼らのお陰です。ただ、任務遂行後、前線に残った兵士の誰とも連絡が取れなくなりました。全滅したようです」


「そうか。それは残念なことをした。優秀といえば、君の隊に隣接配備した小隊のガス・トゥージス曹長は無事だろうか?彼も優秀な兵士なのだが」


 ダガーの表情が暗くなったのを見て、ブラウンは全てを察知した。


「小隊は全滅か」


 覚悟はしていたが、想像以上に戦局は悪いらしい。


「残存兵はハイランドに結集させているが、戦力としてどのくらい残っているだろう」


「あまり期待は出来ないかと。生き残っていたとしても、怪我が酷い負傷兵が多そうです。五体満足でも、初めて見た飛行兵器に攻撃を受けた者ばかりですから、戦意喪失している兵士が多くて、使えるかどうか」


「ハイランドでは立て直しが出来ないと?」


「多分」


 口元を引き結び、ダガーが頷く。


「そうか」


 ブラウンは眉を顰めてから、再び眉間を摘んだ。


「飛行兵器の威力が、我々の想像をはるかに超えていたということか」


「トゥージス隊で、一人、生き残りがいます。新兵の少年兵です」


「新兵の、少年兵?」


 ブラウンは驚いてダガーの顔を見た。


「それは、かなり重要性があるのだな」


 ダガーは頷いた。


「そのことで、報告に上がりました」



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