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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第三章 時代は踊る
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アメリア・バートン



 機械兵器が不気味な音を立てて一直線に突進してくる。

 

 間合いを詰めてから、軽い跳躍で兵器の背中を軽く飛び越えた。

 攻撃目標を失った機械兵器が前進にブレーキを掛ける。

 ギイイッと騒々しい機械音を辺りに響かせる中、細いつま先を軸に空中で一回転させる。

 吸い付くようにフィオナの両足が地面に着地した。

 兵器は後ろ向きのままで長い腕の先端を尖らせて襲い掛かる。

 ニ秒後、自分のいた場所に鋭いドリルが撃ち込まれているのを、フィオナは再び舞い上がった天井から見ていた。

 両腕に装着されたマシンガンで兵器の頭を縦横無尽に撃ち抜く。

 重厚な甲冑で覆われた機械兵器が、呻き声に似た金属音を立てながら地面に崩れ落ちた。


「すごいぞ、フィオナ!もう完全に回復したね。いや、それ以上だ」


 ニコラスが嬉しそうに拍手する。

 その姿をはにかむ笑顔でフィオナは薄茶色の瞳に映した。

 体調はアウェイオン攻撃の前に戻っている。ニコラスの言う通りに身体能力は格段に上がっていて、俊敏である筈の機械兵器の動きが遅く感じるくらいだ。

 

(でも、もっと精度を上げなくちゃ)


 連邦軍の生体スーツにニドホグを倒された時の記憶がフィオナの脳裏に甦った。

 大地にニドホグの尾の先端を串刺しにされた。たったそれだけで、ニドホグの巨体が呆気なく倒された屈辱。

ニドホグがフィオナに痛みを感知させないために己の全神経を遮断した結果、フィオナの視覚と聴覚は闇に閉ざされ、身体を覆う筋肉は全て動かなくなった。

 声も出せず、瞼の落ちた眼球も動かせず、微かな呼吸だけで何とか身体の機能を維持させた。


 恐ろしかった。自分もニドホグも、このまま死んでしまうと思った。


 ニドホグの体内で意識を失いかけた時、顔に光を感じた。目をこじ開けると、ユーリーが立っているのが見えた。

 ニドホグに内包された身体をしゃにむに動かして、両腕を解放させた。重くて動かない両腕を必死に差し出すと、ユーリーに抱き留められた。

 会いたくて仕方のなかった顔に向かって、叫んだ。ユーリーと。父さん(ファーザ)、とも。

 そこからフィオナの記憶は途切れた。極度の緊張から解放されて気を失ったのだ。

 気が付いたのは白いベッドの上だった。

 ニコラスの優しい顔を見たら胸を潰すくらい苦しかった。

 思わず抱きつくと、ニコラスは震えていた。生きていて良かったと耳元で囁くか細い声も震えていた。

その声を聞いて、フィオナは泣き出しそうになった。でも、歯を食い縛って涙を止めた。

だって。

 自分が泣いたら、悲しみでニコラスの胸が張り裂けてしまうから。


「疲れただろう、フィオナ?そろそろ訓練は終わりにしたらどうだい?」


「いいえ、ニコ。まだやれる。あと一体出して。もっと攻撃スピードのある機械兵器はないの?」


「なくはないけど、危険だよ」


「それではPC―R3を出そう」


 突然の声にニコラスは血相を変えて後ろを振り向いた。いつの間にか背の高い男がニコラスとフィオナの後ろに立っていて、冷たく光る瞳で二人を見ていた。


「ユーリー!だけど、その兵器は…」


「バートン博士が開発した大型機械兵器だ。深層学習(ディープラーニング)を加速させた人工知能を搭載しているから、敵の攻撃を瞬時に計算して反撃出来る最新型だよ。やれるね?フィオナ」


 フィオナは目をきらりと光らせてユーリーに頷いた。片頬だけで微笑みながら、ユーリーが手に持った遠隔装置のボタンを押す。

実験場のドームの一番端にあるシャッターが開口して大型ロボット兵器が姿を現した。

 頭部にロケット砲、両肩に銃砲を乗せた四脚の兵器は左に(シールド)、右は長剣(ソード)を備えている。


「これで連邦軍の戦車部隊を殲滅する計画だが、対生体スーツ戦にも使用できる攻撃力は持っている。フィオナ、試してみるかい?」


「いいの?もしかして壊しちゃうかもしれないよ。バートン博士に怒られないかな?」


小首を傾げたフィオナが大きな目を瞬かせながらユーリーに問う。


「ああ。問題ない」


ユーリーは嬉し気に首を振り上げた。


「お前の攻撃能力を高める為だったらスクラップにしても惜しくない。それにこれは試作機だしね」 


 じゃあ、と言って、フィオナは軽くステップを踏んでから、PCーR3に向かって突進した。

 PCーR3も従来の機械兵器とは格段に違う速さでフィオナに銃口の照準を当て、フィオナの位置を的確に捕らえて銃弾を撃ち込んでくる。

 銃弾がフィオナの白い頬を掠り、華奢な肩を掠り、薄い脇腹を掠った。


(危ない!フィオナ!!)


 思わず叫びそうになってニコラスは慌てて両手で口を覆った。

 自分の間抜けな声でフィオナの集中が削がれたら一大事だ。

 フィオナとPC―R3の戦闘に息を詰まらせて固まっているニコラスの姿に、呆れた様子でユーリーが口を開いた。


「実験場で実弾を使う訳ないだろう?あれはゴム弾だ」


「分かっているけど。でも、直撃を受けたら、衝撃で骨が折れるくらい威力はある」


「おもちゃのプラスチック弾で撃てと言うのか?それじゃ、実戦訓練にならんだろうが」


(今迄の機械兵器と格段に性能が違う。本気を出さねばやられてしまう)


フィオナの見開いた目の中心に黒い縦の線が現れた。


微かに開けた口からシャアと音がして白い牙が光った。撃ち込まれる銃弾を俊敏にかわしながら、目にも止まらない速さで高く跳躍したフィオナは大きな盾に飛びついた。

 盾にしがみ付いたフィオナを振り落とそうと、PCーR3が大きく腕を振る。

 盾から離れないフィオナにPC―R3は右腕の剣を自分の盾に突き刺そうとした。

 動作の変化に機械の巨体が一瞬止まった。その一瞬の隙を逃すことなく、フィオナが盾から機械兵器の頭部に飛び移る。

 PCーR3の右腕がフィオナを追って、自分の頭を剣先で突き刺す。

 バリバリと音がして頭部が破壊され、PC―R3は動きを止めた。


「この機械兵器の深層学習システムには重大な欠陥があるな」


 ユーリーが盛大に顔を顰めて唸った。


「PCーR3の人工知能は、懐に入られるくらいの至近距離での戦闘になると、自分の機体を破壊してでも敵を仕留めようとする」


「だけど、自己防備を第一設定にすると、敵と戦わなくなってしまうよ?」


「そこが現在の人工知能、機械脳の限界だな」


 ニコラスの困り顔を眺めながら、ユーリーは思案気に口に握り締めた手を当てた。


「フィオナの動きを敵追撃のデータに入力して、人工知能を仮想特訓したらどうだろう?フィオナの動体は生体スーツに類似するだろうから、PC-R3の人工知能が新しい戦闘方法を編み出すかもしれん」


「そんな事したら、PCーR3はフィオナも敵と認識してしまうわ。彼女と生体スーツの相違認識システムモデルシミュレーションは可能だけど、少し時間が掛かるわね。それよりも、物理的攻撃を改善した方が手っ取り早いわ。盾に機関銃を取り付けましょう」


 赤毛の大柄な女性が、床に派手なヒールの音を立てて、ユーリーとニコラスに近づいて来た。


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