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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第二章  絶望のインターバル
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ラストプラン


 ブラウンの執務室に来るように通達を受けたのは、夜も更けてからだった。

 ノックをしてドアを開けると、昼間と同じように戦域地図を見つめるブラウンの姿があった。椅子に浅く腰かけて両肘を机に乗せて手を組み、その上に顎を乗せて地図を眺めている。

 入室して敬礼するダガーの姿に素早く視線を投げると小さく頷いて、再び地図に目を落とした。


「座りたまえ」


 用意しておいたのだろう、机の正面に座るブラウンが組んだ手を解いて、すぐ右脇にある椅子を指差す。言われた通りにダガーは椅子に腰を下ろした。ブラウン同様、地図にダガーも目をやると、昼間の計画立案時にはなかった色々な記号や文字が細かく記されていた。地形が青の戦域のものと全く違う。

 一度も見たことのない地図が何故、テーブルの上に広げてあるのか。ダガーは眉間に微かに皺を寄せた。


「これは?」


「トランシルバニア山脈を中心に作成されている地形図だ」


 ブラウンは右の中指で地図の上を軽く叩いた。


「これが、モルドベアヌ。海抜二千五百五十四メートルあるトランシルバニア・アルプス最高峰の山だ。エンド・ウォーの災厄で、人の足で登れるような丘陵は全て崩壊してしまった。今は切り立った険しい崖ばかりが目立つこの山のどこかに、アメリカ軍の基地で唯一の要衝が隠れている」


 ブラウンの言葉に、ダガーは地図から顔を上げて上官の横顔を訝し気に窺った。ブラウンは地図を凝視したまま恐ろしく低い声で話を続けた。


「ダガー、私が夜遅くにお前を呼んだのは、昼間とは別の作戦を遂行して貰う為だ」


 ダガーは地図から顔を上げてブラウンに向けた。その表情は、昼間見たより随分と憔悴していた。

 両眼が痛々しい程、充血している。アウエィオン敗戦から多忙を極めて寝る間もない。さすがの偉丈夫も、心身的な消耗が表に出初めているらしい。

 ブラウンの疲れた表情に、ダガーは微かに頬を引き締めた。兵士と機甲部隊の師団編成が遅々として進まないとは聞かされてはいたが、それは、想像以上に深刻なようだ。


「従来の兵器しか所有していないロシア軍は、アメリカ軍に前線攻撃を任せて後方に回ると私は読んでいる。我が軍の前衛部隊が最初に目にするのは、マクドナルド大佐と名乗ったサイボーグが率いる二足走行兵器、それとドラゴンだ。

 戦域は土漠、もしくは砂漠化が進む平地が多い。共和国連邦の全軍がヤガタまで後退してしまっている今、防弾壁を新しく増設する余力も時間もない。防弾壁を置けたとしても、アウェイオンの時と同じく、ドラゴンが空から我が軍の頭に弾雨を降らせたら、どうやっても防ぎようがない。そうなれば、最前線の部隊は捨て駒同然になる」


 顎を引くようにして俯いたブラウンの顔に濃い翳が落ちる。


「故に、最前線の部隊長は、若手の将校に任せることになる。彼らは若さ故、純真で勇敢だ。古参の貴族将校と違って、私の作戦を躊躇せずに遂行してくれるだろう。自分達の身を呈して、ラストプラン、最終電撃作戦の時間を十分に稼いでくれる筈だ」


「最終電撃作戦?」


 ダガーは微かに眉を上げた。


「ラストプランとは?」


「チームαだけで敵の本陣を急襲する作戦だ。これが成功すれば、我が軍の置かれた圧倒的に不利な戦況がひっくり返る」


「敵の本陣?ロシア軍が集結しているウクライナ基地ですか?」


「いや」


 ブラウンは首を振った。


「アメリカ基地を攻撃する」


「アメリカ基地!」


 ダガーの驚くのも想定済みと言わんばかりの表情で、ブラウンは頷いた。


「そうだ。トランシルバニア・アルプスに隠れているアメリカ軍の大本営だ。かつて世界一と言われた超大国の、現在は唯一無二となった要塞だ。あれを叩く」


「しかし、どうやって?!」

 

 ダガーの声が上擦った。


「アメリカ軍の基地は、エンド・ウォーの災厄で急峻な山脈へと地形が変わったモルドベアヌ山付近に巧妙にカモフラージュされて作られていると聞いています。主要な部分は隆起した山の分厚い岩盤に隠されていて、だからその正確な場所も、連邦軍には把握できていないと」


 ダガーの言葉を聞いたブラウンはにやりと笑った。


「そのことだがな。実は、アメリカ軍の輸送機の飛行路を計算してみたんだ。奴ら、飛行機を所有しない我々を油断していると思ってね。今の時代ジェット燃料はかなり貴重だろうから、輸送機は最短距離を飛ぶと踏んだ。そこで割り出した基地の場所が、これだ」


 ブラウンは新しい戦地図に書き込んだ記号に指を置いた。


「アウェイオンから直線で約百五十キロメートル東の山間部だ。誤差は半径で約一キロメートル。あまり正確とは言えないが」


 記号をトントンと叩くブラウンの人差し指を、ダガーは無言で見つめた。


「確かにこの崖だらけとなった山々に囲まれた要塞を攻めるのは、生身の兵士や戦車では不可能だ。エンド・ウォー以後、連邦軍は第四パリ条約で決まった戦域でしか戦ったことがないから、我が軍の兵士は、少数の特殊部隊を除いて山岳戦の訓練を受けていない」


 ブラウンはトランシルバニア・アルプスと書かれた地図の文字を指でなぞった。


「アメリカ軍が山岳地帯の岩山に基地を作ったのは、我々の軍事及び戦闘技術では到底攻撃出来ないのが分かっていたからだ。戦闘能力は上だが、数で劣る兵士を無駄に失わないようにする為もあるだろう。

 だが、その鉄壁の守りを崩せるのが、生体スーツだ。俊敏で強靭な生体スーツならば、敵の防衛線に容易に侵入出来る。スーツが難攻不落の要塞を攻撃すれば、アメリカ軍は完全に浮足立つだろう。軍事同盟軍が総崩れになったところを、五体のスーツと連邦軍で総攻撃をかける」


 一呼吸置いてから、ブラウンは付け足した。


「かなり難度の高い作戦だが、やってみる価値はある。と言うか、圧倒的な軍事力で攻めてくる軍事同盟軍を崩すにはもはやこの作戦しかないと私は考えている。非常に危険な任務となるので、そこは心して欲しい」

 

 ブラウンは椅子の背もたれに深く寄りかかって、両腕を組んだ。上下に頭部が揺れて、一旦ダガーから外れた視線を再び鳶色の瞳に戻す。


「前線に立つ生体スーツが一体もないとなると、敵の新兵器と対峙した我が軍は、恐怖で戦意喪失してしまうだろう。ラストプランを成功させる為にも、アウェイオンの二の舞は避けたい。主戦力が二分するのを承知で、チームαを二手に分ける。青の戦域の戦闘部隊五名とアメリカ軍基地急襲部隊三名にだ。ヴァリル、君がアメリカ基地急襲の指揮を担え。戦域でのチームの指揮は、ロウチ伍長に執らせる。後の人選は任せた」


「了解しました」


「この作戦は極秘で執り行う。作戦開始時間は、明後日の00:00。新月だ。明日の午後に君の選別した部下と共に作戦の伝達を行う。以上だ」

 


 長い説明を終えると、ブラウンの厳しい表情が崩れた。

 ダガーに向けた瞳が驚くほど柔和になっていく。


「ヴァリル、この後の予定はあるかね?」


「いえ、別に」


「ならば、少し私に付き合ってもらうか」



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