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深淵・1
震える右手が自分に向かってゆっくりと伸びてくる。
ベッドの上から片腕を持ち上げるのに、最後の力を振り絞って。
力の入らない指先が、目的の鼻梁と頬を捕らえ、掠るようになぞってから、満足したようにぱたりと音を立てて落下する。
自分の顔に焦点を当てたまま動かない両目が潤み、目の縁に涙が溜まっていく。
溢れた涙がシーツに零れると同時に、ただのガラス玉のように冷たい色に変わっていく黒い瞳の奥を、瞬きを忘れて見つめた。
命の灯が消える直前、薄く開いた口の両端が微かに上がり、途切れ途切れの言葉を、声のない唇が紡いだ。
地獄で待っている、と。




