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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第一章 長い戦争(ロング・ウォー) 
5/303

飛行兵器襲来

「おい!そこ、何を無駄話している!」


 突然、後ろから激声が飛んできた。

 ケイは飛び上がって居住まいを正した。古参兵はびくりと肩を上げ、声の主を振り返った。

 大柄な男が機関銃を担いで立っている。

 ケイの所属する小隊の隊長、ガス・トゥージス曹長だ。


「あ、ガス曹長、何でもありません」


 古参兵は慌ててケイの肩を放して、ヘルメットを被り直した。青い顔をしているケイを一瞥してから、苦々しい声でガスが言った。


「レリック、こんな所で新兵を苛めるな」


「いえ、ただ、戦場での心得を教えてやっているだけです。こいつ今日が初めての実戦なもんで」


「余計なことはいいから、さっさと所定の位置に着いていろ。そのだらしない着衣を早く正せ!」


「了解っす」


 レリックと呼ばれた古参兵はケイをちらりと一瞥してから、ガス曹長に敬礼して持ち場に戻っていった。


「あの、曹長」


(戦争が終わるって本当ですか?)


 言いかけて、ケイは言葉をごくりと飲み込んだ。

 さっきのレリックとの会話を問い質されたりしたら、大変なことになる。

 別の部隊を弾除けにするなんて知れたら、即、軍法会議に掛けられて問答無用で銃殺刑だ。


「コストナー、レリックが何を言ったか知らんが気にするな。戦場ではずっと気を張っていろ。緊張が切れると死ぬぞ。しかし、前方の動きが鈍いな。まだ何の伝令もない。あと一息で敵を制圧できるのに。ここは見晴らしが悪くて状況が掴みにくい。何でこんな場所に配置されたのか理解に苦しむ」


 ガスが前を睨むようにして呟いた。

 

 配属が決まったとき、ケイは教員兵士からアウェイオンは見晴らしの良い丘陵が多いと聞いていた。

 半砂漠化した土地が点在していて、塹壕も少なく、土嚢も十分に積まれていない。

 頑丈な鋼鉄筋コンクリート壁が陣地に散立しているが、あれは戦闘指揮将校の弾解けになることが殆んどだから、一般兵は敵の攻撃から身を隠すものがない。


 だから、戦車や装甲車を盾に銃を撃てと。


 教員兵の精一杯の餞の言葉を、ケイは輸送車に揺られる度に頭の中で反芻していた。

 それが前方の戦況も分からないまま、岩の陰に身を潜めているだけとは。

 ロング・ウォーの最終決戦が始まるというのに、まるで敵から隠れているみたいだ。新兵のケイでも困惑しているのだから、曹長にしたら尚更だろう。

 

 突然、前方から激しい銃撃音が聞こえてきた。


「ガス曹長、我が軍は、前線での攻撃を開始した模様です」

 

 ガスの隣にいる通信兵が叫んだ。やっと情報を受信出来たらしい。


「そうか。ロブ、我々の配置はどうなっている?」


「それがまだ、何の指示もありません」


「何の指示もない?」


 ガスが不愉快そうに眉を吊り上げた。


「我々は予備兵ではないんだぞ!一個小隊をこんな岩場に張り付かせて何もさせないつもりか?」


 砲撃の連打が地響きになって伝わってくるが、そこかしこに点在する岩で視界が塞がれて、戦闘状況が分からない。爆発音が絶え間なく続き、大量の黒煙が上空を染めるのを、曹長や通信兵と共にケイもただ見上げるばかりだった。


「曹長、前線からの情報が入りました!敵軍が攻撃を止めて後退を開始した模様です!」


 ロブが緊張した面持ちで伝えた。


「何だと?撤退ということか?随分早いな」


「いえ、まだ詳細は分かりません」


「ここじゃ、前線の様子が全く分からない。おい、ハンク」


 ガスは別の若い兵士を呼んだ。


「そこの岩に上って前方の戦況を確認しろ」


「了解しました」


 ハンクと呼ばれた若い兵士は、手頃なの高さの岩に上手によじ登って、双眼鏡を目に当てた。


「曹長!最前線に配置された敵の歩兵、戦車隊、砲撃隊、全て後退しています!味方は一挙に前進しています。アウェイオン陥落は時間の問題だと思われます!」


「やはり撤退か?いやにあっけないな」


 ガスが首を傾げながら言った。


「敵は、軍事同盟軍は、アウェイオンを死守するつもりはないのか?そこまで戦意喪失してるのか?」

 

 軍事同盟軍がアウェイオンを放棄するなど、俄かには信じられなかった。戦局を覆すのは不可能だと彼らが判断したのならば、戦争は本当に終わる。


 こんなところで死にたくないだろう?


 頭の片隅にレリックの言葉が甦った。一発の銃弾も撃たないまま、戦争が終わるのかもしれない。ケイの身体が意に反して小刻みに震えた。安堵の震えだった。


 突然、重い金属音が乾いた大地に響いた。


「今の音は何だ?」


 ガスが叫んだ。


「おい、ハンク。見えるか?」

 

 ケイはハンクを見上げた。両眼に双眼鏡を当てたままの姿で、若い兵士は岩の上で硬直して動かない。ガスが怒鳴った。


「おい、どうした?」


「後退した敵軍の中央から発射台らしき装置が確認できます。すごく大きい、見たこともない巨大な発射台です!撤退じゃない、兵の大勢が退いたから、そう見えただけだ。あれは、何か…」


 そこで言葉を切ってハンクは上擦った声で叫んだ。


「何か、馬鹿でかい物を、こっちに撃ち込むつもりなんだ!」


「馬鹿でかい物って何だ?ミサイルか?」ガスが聞き返す。「ハンク、返事をしろ」


「分かりません!」


 岩の上で震えているハンクの声は、悲鳴に近かった。


「ミサイルだとしたら、あんな大きなもの、自分は見たことがありません!」


 一瞬の静寂の後、敵陣に向かって幾つものオレンジ色の炎が弧を描いた。

 味方の対戦車用ロケット弾が、一斉に発射されたのだった。同時に後退していた敵陣からの凄まじい反撃も始まった。天を焦がす大量の火焔が戦場を覆いつくした。


 突然、ものすごい衝撃音がケイの鼓膜を襲った。思わず耳を塞ごうとして銃を取り落としそうになる。ガス曹長もロブ通信兵も両手で耳を押さえている。岩の上を見ると、ハンクも耳を塞いで身を屈め、衝撃に耐えていた。


 通信兵が空を見上げて叫んだ。


「曹長―!前方の上空に飛翔体発見!」


 通信兵が腕を振り上げて大空を指し示した。


「発射されたのか?!」


 ガスが声を震わせる。


「巨大ミサイルか!だとしたら、もう…」


「いえ、ミサイルではありません!」


 双眼鏡で確認したハンクが大声でガスに知らせる


「空に何か浮いています!!」


 ケイも自動小銃のトリガーに指を掛けたまま、顔を上げた。

 

 戦場の上空に形を成さない漆黒の物体が浮かんでいた。

 物体は細かい粒子で球状に覆われて、(もや)がかかったように見える。靄は羽虫の集合体のように不気味に蠢いていて、その両脇から突き出るように生えている物が翼に見えなくもない。


「あれは何ですか?」


(たこ)か?」


「まさか!あんな巨大な凧なんか見たこともないぞ?第一、吊っている糸がない」


「それより、あんなに砲弾を撃ち込んだのに、どうして破壊出来ないんだ?」


「…もしかして、あれが昔の兵器の一つの、戦闘機ってやつか?」


 誰からともなく発せられた言葉に、割れ声で叫び合う兵士達はぎょっとして押し黙り、互いに顔を見合わせた。


 戦闘機はエンド・ウォー以前の主力兵器だ。ただ、今の時代はどの国も保有していない。エンド・ウォーによって尽く破壊され、エンド・ウォー以前の国家の衰退と共に、その技術は全て失われたと聞く。空を飛ぶ兵器など、今を生きる人間は誰も見たことがない。


「曹長、もしあの飛行物体が戦闘機だとしたら、自分たちはどうやって戦えばいいんですか?!」


 思わずケイは叫んだ。自分が持っている武器は自動小銃だけだし、空から受ける攻撃を防御する訓練など受けていない。


「いや、あれは、戦闘機ではない」


 狼狽えた表情で曹長が言った。


「随分前に資料で見たことがある。俺が知っている飛行機の形状とは、だいぶかけ離れた代物だ。あの物体は、黒い飛行体は、一体、あれは、なんだ?」


 空に向かって轟音が響いた。


 味方の陣地から迫撃弾を撃ち込んだようだ。砲弾の一つが、黒い飛行体を直撃した。破片のようなものがパラパラと落下する。


「命中したようです!」


 通信兵が上擦った声を出した。


「墜落しないぞ!効いていないのか!?」


 ゆらりと動いて、飛行体が上空を旋回した。さっきよりも動きが格段に速くなっている。突然、両翼を中央部分から百八十度折り畳み、きり揉み上に回転したと思うと、そのままの姿で高度を上げ、垂直に空を駆け上った。

 

 生まれて初めて目にした光景だった。地上の兵士は、誰もが謎の飛行体を恐怖の目で追った。ケイも例外ではなかった。思わず自動小銃の銃口を下に降ろして、上空で悪魔のように舞い踊る物体を放心状態で眺めた。

 戦場の遥か空の上で点になった飛行体は、一瞬、動きを止めた。

 声もなく瞬きもしないまま、アウェイオンで戦う全ての兵士が銃の引き金を引くのを止め、紺碧の空で静止した黒い点を見つめた。


 次の瞬間、飛行体が急降下した。


「落ちるぞ!」


 さっきの砲撃が効いたのだろうか。あの物体はそのまま墜落して、地面に叩き付けられ粉々になる。

 ケイは落下してくる飛行体を、固唾を飲んで見つめた。

 あと少し。

 誰もがそう思った瞬間、飛行体は低空で直角に身を起こして、前線の上をすごい速さで滑空した。

 束の間の静寂が、阿鼻叫喚に変わった。

 連邦軍の上空を舐めるように飛翔した飛行体の後方で、大量の爆発が発生し、黒煙が立ち上った。砲弾の音が途絶え、聞こえるのは数少ない機関銃の単発音だけになった。


「どうなった!ハンク、見えるか?」


 岩の上にいるハンクを見上げてガスが叫んだ。


「み、味方の戦車が、物体の攻撃を受けて火を噴いてます!!飛行体の動きが早過ぎて、全く反撃出来ない。前線の部隊は…ほ、ほぼ、全滅した模様です!」

 

 あまりの展開に若い兵士は岩の上で動けないでいる。


「全滅だと!そんな馬鹿な!あと一息でアウェイオンを落としていたはずなのに」


 飛行体が、再び空に駆け上がった。また攻撃するつもりだ。ケイは自動小銃を握り締めて岩を背にして立ち竦んだ。どうすればいい?


「味方は総崩れになっています!」


 ハンクは泣きながら叫んでいた。


「撤退すらできない!」


「一体どんな兵器で攻撃を受けているんだ!確認しろ!」ガスが金切り声で怒鳴った。


「分かりません!分からないけど…兵も戦車も、飛行体の最初の一撃で撃滅されたようです!も、もうダメだ」


 ハンクは泣きじゃくっている。その姿を見て、ケイは、自分はここで死ぬのだと悟った。

 さっき見たキアゲハの姿がぼんやりと脳裏に浮かんだ。


「落ち着け、ハンク!冷静になれ。どんなことでもいいから、分かるように報告しろ!」


 ハンクは恐怖で身体を震わせながらも、ガスの命令に従った。双眼鏡で飛行体に焦点を当てる。


「来ます」


「何だと?」


「あの飛行物体が、こちらに、向かって、来ますー!!」


 ケイの頭上で、ハンクが絶叫した。


「来るぞ!全員銃口を上に向けて構えろ!ハンク!早く岩から降りんだ!」


 ガスが声を張り上げた。ケイは命令通りに銃を構えた。だけど、どうやって機関銃であいつを撃ち落すっていうんだ?迫撃弾さえ効かない化け物のような兵器を。


「撃て-!!」


 ガスが叫んだ。

 

 ケイが、トリガーを引こうと指先に力を入れる直前、肩の上から伸びてきた腕に銃のハンドガードを抑え込まれた。乱暴に襟足を掴まれて、後ろに引き倒され尻餅を付く。


 うわっと悲鳴を上げようとする口を、大きな手が塞いだ。がっしりと脇を抱えられ、身動きが取れない。首を捻じって後ろ見みると、レリックがいた。驚いて口を開きかけたケイに、口元に人差し指を立てた。


「おい、逃げるぞ」


 レリックが小声で言った。


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