戦闘訓練・2
疲れた。
身体が床に張り付いてしまったように動かない。息をするのも億劫だ。
兵科の訓練もきつかったけど、ビルとの対人格闘はそれ以上だ。
攻撃どころか防御も怪しくなってきて、空気を切る音を立てて襲ってくるビルの拳が身体を掠める度に本当に殺されると幾度となく思った。
疲れ果て、棒のように動かなくなった両手両足を投げ出して倒れている自分の横で口論しているミニシャとビルを、ケイはぼんやりと見つめた。
ビルの二メートル近い長身から放たれる大きな声に圧倒されることもなく、ミニシャがこめかみに青筋を立てて怒鳴っている。
「伍長!何でこんなぼろ雑巾のようになるまで、対人格闘させるんだよ!ケイをこれからフェンリルに搭乗させようっていうのに!」
「お言葉ですがね、大尉。俺はダガー軍曹から、こいつの面倒を見るように命令を受けているんです。スーツ用に体幹を鍛え上げないと、使い物になりませんからね」
への字に曲げた口から舌を突き出さんばかりでビルが言う。
「だからって、昨日まで病院のベッドに寝ていた子だよ!今日くらいは手加減したって…」
「このくらいの格闘戦で動けなくなるようじゃ、こいつ、先のドラゴン戦の二の舞っすよ?」
(大尉、伍長の言う通りですよ。俺だって、早くチームαの一員として認められたい)
虚ろに開いた目で人ごとのようにぼんやりと考えていたら、ビルに腕を掴まれ、ケイは乱暴に床から起こされた。
「立て。次は生体スーツを装着しての訓練だ」
ビルが疲労困憊して足元の覚束ないケイの両の頬を、軽く叩く。
「ロウチ伍長!あんたは、どうしてそんなに乱暴なんだ」ミニシャが呆れた様に首を振る。「何もそんなに、ケイの頬を、ぶっ叩かなくたっていいじゃないか」
「はあ?俺は掌でコストナーの顔を優しく撫でただけですよ?」
驚いたように返答して、ビルは眉の間に皺を寄せた。
「撫でた?そのでっかい手じゃ、何したってイジメているようにしか見えなんだけどっ!」
「ひでえな。俺は、カワイイ新兵を苛めるようなワルイ上官じゃないっすよ!」
ビルとミニシャの喧嘩腰なやり取りの最中に、ケイは何とか立ち上がった。
「大丈夫です、ボリス大尉。俺、フェンリルに乗ります」
「ええ?ケイ、大丈夫なの?」
「はい」
「よし。ケイ、その意気だ」
ケイがミニシャに頷くや否や、ビルがケイの首根っこを捕まえてフェンリルの元に連れて行った。
子猫三体と、ガルム一、二号の二体のスーツはすでに姿はない。既に訓練の為に格納庫から出払っているのだ。残っているのは、フェンリルとビッグ・ベア、それとリンクスだった。
「ダガー軍曹は、ブラウン中佐や他の将校と次の作戦計画案の会議中だ」
ケイの表情を読んで、ビルが答えた。
「いつまで休戦が続くか分からないからな」
「また、あのドラゴンが、空を飛ぶんでしょうか?」
ケイの脳裏に一瞬にして血塗れになった戦地が浮かんだ。兵士の身体はどれも手足が千切れ、茶褐色の大地に転がっている。地獄でさえこんなに惨たらしくはないだろう。
「だったら、また、あの怪物が飛ぶのを阻止すればいい。ケイ、お前がドラゴンの翼を落として、地面に叩き付けたんだろう?」
そうだ。自分が。
ケイはフェンリルを見上げた。フェンリルがドラゴンを空から落とした。
「自信を持て。ケイ・コストナー、期待してるぞ。チームαの全員が」
ビルの言葉にケイは目を見開いて、隣に立っている大男を見上げた。ビルは不敵な笑みを浮かべている。
「はいっ!」
力一杯、返事をする。
そうだ。俺たちは負けない。絶対に。
「ケイ!早くフェンリルに乗って。同期率を上げて、戦える時間を少しでも伸ばしたい」
「了解しました!」
ミニシャの言葉に力強く頷くと、ケイはフェンリルが開いた搭乗席に身を収め、フェンリルの人工神経線維に自分の身体を纏わせた。
(フェンリル。俺を仲間と認めてくれ。一緒に戦う仲間だと)
願いが届きますように。
ケイは頭上に降りて来たヘルメットをしっかりと頭に被った。




