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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第二章  絶望のインターバル
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ドラゴンとサイボーグ

「そうだ。これは昆虫の神経だ。とんでもなく興味深い発見だったよ。あの弾丸の中身は虫なんだ」

 

 唖然として目を丸くした三人の男の顔を、ミニシャは面白そうに眺め回した。


「虫って、あの形状でか?羽なんかなかったぞ。どうやって飛ぶのだろう?ただ…」


 ブラウンが首を傾げてスクリーンの画面を感心した様に眺めた。


「ダガーがドラゴンの弾丸を蜂に例えたのは、中らずといえども遠からずってことか」


「弾丸にはいくつもの流線形をした溝があった。詳しく調べて見ないと分からないが、回転すると飛ぶようだ。とにかく、ドラゴンが遠隔操作していたことは間違いない」

 

 ミニシャが唸りながら螺旋の映像を睨みつける。


「私が推察するに、電気信号みたいなものをドラゴンから発生させて、この弾丸を動かしていたんじゃないかと思う。表面の材質は真似できそうにないが、神経線維の構造は、生体スーツを開発した我々にとっては得意分野だ。この弾丸の弱点を解明出来る手掛かりをつかんだのは間違いない」


「それは、死に体に近い我々にとっては、唯一の朗報だな。ドラゴンの弾丸が無力化できれば、戦死者がかなり減る」


 思わず自分の口が溢した言葉に、ブラウンは苦笑した。


「今の言葉は不謹慎だな。忘れてくれ」


 アウェイオンで兵と士官を多く失い、上層部の指揮系統まで混乱している状況を思えば皮肉でも何でもない。アウェイオンからヤガタまでの防衛陣地を全て失ったこの基地は、今や裸も同然だ。


「確かに我々の状況は危機的だけど、軍事同盟軍だって、ドラゴンが動かない状態では攻撃を開始してこないよ。彼らだって我が軍の生体スーツで痛い目に遭っているんだ」


「そうだな」


 ブラウンがミニシャに頷く。


「連邦軍が軍事同盟軍の停戦を飲まなければ、少しは戦局を巻き返せたかもしれない。ウィーンでウォシャウスキーにポーランド移譲などという屈辱的な条件を提示されることもなかったろう」


 力を増してきたラッダイト主義者や、それを取り込んで権力維持に努める貴族、国と国との利益配分の複雑な思惑が政治に絡んで縦割り支配になった軍の上層部が、戦地での状況判断を見誤った。

 その失態は、共和国連邦軍の筆頭を務めるプロシアにだけ背負わされた格好だ。


「ミニシャの言う通り、アメリカ軍がドラゴンを元の状態に戻すには結構な時間を要するだろう。その証拠に、奴らは我が軍が混乱している好機を見逃すことなく、交渉を有利に運ぶ為に暫定停戦から休戦協定会議へと持ち込んだ。要するに、我々は、ドラゴン修理の時間稼ぎに付き合わされているのさ」


「最初にマクドナルド大佐って奴に一芝居打たれたのがまずかったって、話ね」


「そう。彼には、してやられたな」


 ブラウンは掌を額に押し当てて、ふうむと唸った。

 あの男は絶妙なタイミングでヤガタに現れた。ドラゴンと戦勝を、舌を巻くような早業で自分とヘーゲルシュタインの目の前から持ち去っていった。

 完敗だった。


「ドラゴンを動けなくしたのはいいが、またぞろ、厄介な人物が出て来たな」


 ブラウンは物憂げに眉を顰めて、縦皺の寄った眉間を親指と人差し指で摘んだ。

 難題が持ち上がった時に必ず行う上官の無意識な癖を神妙な面持ちで見つめながら、ダガーが問うた。


「中佐、彼は人間なのですか?頭部から下が完全に機械化しているように見えましたが」


「脳だけ人間で、身体は機械かも知れないな。サイボーグってやつだ。彼がドラゴンに次いで軍事同盟軍の強力な兵器であるのは間違いなさそうだ。まあ、彼らも生体スーツの威力を知って驚いているだろうが」


「お互いの新兵器の登場で、様子見ということですか」


「そうだな。おそらくドラゴンが動くようになれば」


「軍事同盟軍は、一方的に停戦を破棄すると?」


「その可能性は大きい。しかし、停戦期間は我々にとっても軍隊の立て直しの貴重な時間稼ぎになる。軍事同盟軍にばかり利があるわけではない。こちらが数倍、分は悪いが」

 

 ウォシャウスキーは、必ず戦争を再開させるだろう。ヨーロッパ大陸全土を征服し各国を統合支配する野望を持つ男の本心を、共和国連邦の政治家たちは誰も気付いていない。

 戦って奪い取るのがウォシャウスキーの信条だという事を。

 なのに、彼らは、軍事同盟軍と共和国連邦軍の三十年来の戦争が、青の戦域からベルリンにある豪華な連邦議事堂に移ったと信じている。


「戦闘が開始されれば、まずはプロシアが矢面に立たされる。ロシアのポーランド併合を合意するか否かで、今頃プロシアの議会は大騒ぎだろう。ハインライン首相の決断に、連邦軍の命運が掛かっている」


 ウィーンでの会合を思い出せば、あの若い首相の手並みは拝見済みだ。ウルバートンとノイフェルマンの真意がどこにあるのかも、分からない。

 エンド・ウォー後、生き残った東欧諸国を併合して欧州の覇権国になったプロシアを、イイングランド人の連邦軍最高司令官が面白く思っている筈がない。

 ノイフェルマンは同胞だが、軍人の皮を被った政治家だ。己の権力を維持する為には、人も国も容赦なく切り捨てるだろう。

 政治利用されたプロシアが弱体化すれば、核を失った独立共和国連邦が崩壊するのは目に見えている。それこそ軍事連合の思うつぼだ。


(それだけは何としても避けなければならない)


 だが、実戦場に身を置くブラウンには、政治の中枢は遠い。


「欧州の民主国家存続の為にも、我々は戦域で負ける訳にはいかないのだが。さて、どうしたものかな」


「事と次第によっては、私達にだって勝ち目はあるよ、中佐」


 思案に暮れるブラウンの肩をぽんと叩いて、ミニシャはにやりと笑った。


「高みの見物を決め込んでいるガグル社の連中だ。あいつらをロング・ウォーの表舞台に引きずり出しててやろうじゃないか」


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