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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第二章  絶望のインターバル
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チームの神髄


「どうだ?ミニシャ。コストナーは、フェンリルのパイロットになるのを承諾したのかな」


 研究室に入ってくるなり何の前置きもなく聞いてきたブラウンをミニシャは鋭く一瞥すると、そっぽを向いて苦々しげに言葉を吐き出した。


「ウェルク、あんたはずるい。私に汚れ役ばかり押し付けて!」


「まあ、そう、怒らないでくれ。功績が認められて、君も二階級上がって大尉になる。少しは苦労が報われるだろう?」


「軍は階級がなんぼだからね。有難く受け取っておきますけど」


 つまらなそうにミニシャが肩を竦める。


「それで、コストナーは?」


「したよっ」

 

 ミニシャは荒々しい口調でブラウンに言葉を投げつけた。

 上官に取る態度ではないが、研究室には自分とブラウンだけだ。同じ研究員としての言葉遣いで構わないだろうし、今は、取り澄ました敬語なんか、この男に使いたくはない。


「させたよ。拒否したら牢屋に入れると、あの子を脅した。我ながら、最低だ」


「仕方がないだろう。現時点でフェンリルを操縦できるのは、コストナーしかいない」


「それは分かっている。ただね、やり切れないんだよ。私らのような手練れの軍人が、兵士になりたての少年を、寄ってたかって(だま)していると思うとさ」

 

 腹立たし気に息を吐いてから怒らせた目でねめつけると、ブラウンが困惑した表情でミニシャを見つめ返した。


「君は、我々が、コストナーを欺いているというのかね?それで、呵責を感じていると?」


 そう言ってブラウンが眉を顰めるのを、ミニシャは不快な思いで眺めた。


「はいはい。戦場に人間らしい感情なんか必要ないってことぐらい十分承知してます」


 ブラウンを睨み付けてから、ミニシャは再びそっぽを向いた。


「ケイに、アシュルの事を、尋ねられた」


 流すように視線を戻すと、ブラウンの表情が白く固まっているのが見えた。

 この男も、まだこんな顔をするのだ。自分と同様、人間を捨て切れていないようだ。


「ケイを救出する時に、ヴァリルが叫んだらしい」


「あいつも、どうかしている」


「だけどね、もしかしたら、それでケイはフェンリルの過剰な同期(シンクロ)から解放されたのかも知れないんだよ。フェンリルの人工脳が、アシュルの名前を記憶してて、ヴァリルに反応したのかも」


「仮定の話だろう?」


「うん。でもね、ケイは完全に意識を失っていた。ヴァリルがあの子の耳元で、アシュルの名前を叫んだって、聞こえている筈がないんだよ」


「……」


「とにかく、ケイはフェンリルを通じてアシュルの名を知ってしまった。だから私は、ケイにアシュルの話をしたよ」


「何て、言ったんだ?」

 

 さっきの表情は消えていた。ブラウンの無機質な鉄色の瞳が、ミニシャを捕らえる。


(今のあんたの目は、人間のものじゃない。軍事同盟軍の、機械兵器の人工眼と一緒だ)

 

 胸の奥で怒声をまき散らすのとは正反対の平然とした顔で、ミニシャは答えた。


「フェンリルとの同期(シンクロ)が深過ぎて死んだと」

 

「それだけか?」


「そうだよ」

 

 ブラウンの両眼が細められ、薄く光る刃となってミニシャに向けられる。疑るような視線をブラウンから当てられても、澄ました表情を崩すことはしなかった。


「心配する必要はない。余計な事は何も言っていないから。アシュルの前に、フェンリルのパイロットが二人、頭がいかれてしまったってことや、アシュルの悲惨な死に方の話なんて、あの子に出来ないよ。事実を話したら、どんな人間だって軍の刑務所行きを望むだろうから」


「そうだな。ミニシャ、君には嫌な役回りをさせてしまった。すまなかった」


 それだけ言い残すと、ブラウンは、研究室から出て言った。


(すまなかった、だって?ふざけた言葉だ。誰に向かって謝っている?)


 気狂い狼の生体スーツのパイロットになれと、まだ幼さの残る少年兵に命令しなければならない私に?

 それとも、大人の狡さをよく知らない可哀想な新米兵のケイ・コストナーに?


(あの子は、ケイは、心配しないでって、あんなに優しい表情で私に言ったのに)


 



 医者になるのが夢だった。

 幼い頃、母を病で亡くして悲しい思いをしたから。

 医者になって、自分の生まれた小さな村に戻って、病人とその家族を苦しみから救うのが目的で、軍の医科に入った筈なのに。

 ミニシャは机の上に肘を突き、両手で顔を覆った。

 泣ければ楽だ。

 掌の中でどんなに眼を強く瞑っても、僅かな涙さえ滲み出ることはなかった。

 ブラウンをなじったところで、自分も彼と同様に、機械兵器の人工眼と何ら変わりはないのだ。

 

(どこで。どうして…)


 人命を失うことを厭わぬ道に、自分は迷い込んでしまったのだろう?





 その頃…。


「ケイ・コストナー、こっちへ来い」


 ダガーに第四格納庫に連れてこられたケイは、ずらりと並ぶ生体スーツを再びその目に収めた。


「ここにいるのは、ダガー隊、生体スーツを纏うと、隊の名前はチームαとなる。二度目の紹介になるが、生体スーツの名前と一緒に我々の顔を覚えて貰おう」


了解(イエス・)しました(サージェント)


 ケイは緊張の面持ちでダガーに敬礼した。


「一番手前にいるのが、ジャック・レイノルズ一等兵。彼が装着するのがガルム1(ワン)だ。ドーベルマン型人工脳神経系生命体パワードスーツだ」


「よろしく。ケイ、俺は黒のスーツだ」


 ジャックがスレンダーな黒の生体スーツを指差す。


「次がダン・コックス二等兵。ドイツシェパード型人工脳神経系生命体パワードスーツ、ガルム2(ツー)を装着する」


 ダガーは、ジャックとほぼ同じフォームの茶と黒のツートンカラーのスーツを見上げた。


「ダン、コストナーとは同い年だったな?仲良くやってくれ」


「いえ、軍曹、俺の方がこいつより一つ年上です」

 

 ダガーの紹介に不満そうな顔でダンは低く唸るような声を出した。


「まあ、よろしくな」


「それから、ビル・ロウチ伍長。彼は俺の補佐役だ。クマ型人工脳神経系生命体パワードスーツのパイロットだ。スーツネームはビッグ・ベア」


 大きなこげ茶色のスーツは、成程、熊のように厳ついフォームで、チームαの中で一番パワーがありそうだ。

 事実、体当たりを喰らわせてドラゴンを弾き飛ばし、フェンリルを助けている。ビルはきざっぽく、右手の中指と人差し指をこめかみの上に立て、ケイにウインクした。


「よろしくね、おおかみちゃん」


「あと三体のスーツは、キキ、ナナ、レミィ。ママ・グレイスという白い猫を母親に持つ猫型人工神経系生命体パワードスーツだ。キキはハナ・サトー上等兵、ナナはリンダ・メリル一等兵、レミィはエマ・ヤコブソン二等兵が装着する」


ミルクホワイトの生体スーツは、他のスーツより一回り小さく華奢にも見える造形だが、何せ猫だ。どの スーツよりも素早く動くのだろう。


「世界で一番強い三匹の子猫ちゃんだぞ。引っ搔かれないように気を付けろよ」


 にやつきながら宣うビルの向う脛を、ハナが長い足を延ばして軽く蹴飛ばした。


「そして俺、ヴァリル・ダガーが着る、オオヤマネコ型人工脳神経系生命体スーツだ」


 ダガーはシルバーホワイトの生体スーツに顔を向けた。

 優雅な曲線に彩られたスーツは、確かに野生の猫の逞しい美しさを余すところなく備えている。


「スーツネームはリンクス。俺たちの紹介は以上だ。ケイ・コストナー、お前はこれからダガー隊の一員となり、チームαでも行動を共にする。皆に自己紹介をしろ」


「ケイ・コストナー。新兵です。これから、フェンリルのパイロットとして、ダガー隊、チームαと行動を共にします。その、よろしく、お願いしますっ!」


「よろしく」


「よろしく、ケイ」


「俺たちのファミリーチームにようこそ!」


「いいか、ケイ。俺たちは仲間を守りながら、敵を撃滅させる。それがダガー隊、チームαの神髄だ」

ダガーから発せられた力強い言葉が、ケイの胸の奥深くに刻み込まれていく。


「了解しました」


 ケイはチームαに敬礼してから、フェンリルを見上げた。


 美しいダークグレイの生体スーツ。


 フェンリルは野生狼の威厳を纏わせて、チームαの七体の生体スーツと一緒に並んでいる。

 その姿がどのスーツよりも眩しく目に映った。


(フェンリル、俺とお前に、仲間が出来たよ)


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