暗鬼会合
「ウォシャウスキーの奴め。あのロシアの熊野郎が、好き勝手言いやがって」
ヘーゲルシュタインの吐き捨てるような言葉に、ノイフェルマンが笑った。
「仕方があるまい?現に我々はアウェイオンの戦いで大敗しているのだからな。しかし、ポーランド州を全部寄こせとは大きく出たもんだ」
「しかし、本当に敗戦になったら、奴ら、共和国連邦の国庫が空になるくらいの巨額な賠償金を吹っ掛けて来るぞ。ならば、領土分割で手を打つというのも現実味を帯びて来る」
「まあ、あの地にのさばって、ポーランド独立とハプスブルグ王政復古を叫んでいるウィーン一派の貴族どもをウォシャウスキーがどうにかしてくれるのなら、ロシアの熊野郎にあの土地を少し分けてやらんでもないが」
軍事連合軍が去ったヴェルベデーレ宮殿の片隅にある小部屋で、ヘーゲルシュタインは久々に会った士官学校時代の旧友と、膝を突き合わせて話し込んでいた。
ハインリヒ・フォン・ノイフェルマン中将。
彼の燃えるような赤い髪は、オランダ王族の母親譲りで、ウォシャウスキーが灰色熊だとしたら、さしずめ赤熊といったところか。
彼の公爵という貴族として最上級にある身分は、彼を共和国連邦軍の副参謀長というトップから二番目の地位に押し上げていた。
もっとも、ノイフェルマンの実力は貴族の地位を差し引いても、ヘーゲルシュタインも認める有能さだ。
「プロシアがすんなりとポーランドを渡すとは、ウォシャウスキーだってこれっぽっちも思っちゃいないさ。なんだかんだ言い掛かりを付けて、実力行使でぶん捕るつもりだ」
ポーランドはエンド・ウォーの災厄を逃れた数少ない土地だ。
無傷で残る大地からの農産物の生産量は、共和国連邦の人間の腹を満たしてくれている。
エンド・ウォー以後、激しい内政紛争が続いて自国の耕作地を思うように回復出来ていないロシアにしてみれば、喉から手が出るくらい欲しい土地だろう。
「ハインラインといったか。あの若者には気の毒な事をしたな。ついこの間首相になったばかりだというのに」
ヘーゲルシュタインは少しばかり眉を顰めてから、唇の両端を引き上げた。言葉とは裏腹に、これっぽっちも気の毒とは思っていないらしい。
「赤くなったり青くなったり、恐ろしく感情的だった。ウォシャウスキーを怒らせないかと心配したが、まあ、意外とうまくやってくれて、胸を撫で下ろしているところだ」
「ポーランド州併合の話が出て、頭に血が上ったんだろう。何せ、奥方の父親が領主を治める広大な土地を所有してからな」
ノイフェルマンが意味有り気に、ふっふと笑った。
「ほう?」
ヘーゲルシュタインは興味深そうにノイフェルマンの顔を覗き込んだ。
「俺は荒地の戦場ばかり駆けずり回っているからな。国の内政情勢にはとんと疎い。直属の上官として、首相の人となりを教えて貰えないか?ノイフェルマン中将どの」
「フランツ、君に同期の好として教えて上げよう。彼は、エーベルト・フォン・ハインライン。バイエルン州出身でバイエルン公爵の縁戚にある伯爵だ。歳は三十五、六か。彼の、今は亡き父親が、州知事まで務めた名門だ。本人はプロシア連邦総合大学を出てから、一族の後押しで、バイエルン州のプロシア統一党から立候補して政治家になった。そのまま一直線に出世の階段を駆け上がって、今やプロシアの首相に収まっている」
「名門出身とはいえ、あの若さで首相とはな。何か裏があるんだろう?」
「まあね」
ノイフェルマンは薄ら笑いを浮かべて座っている足を組み直した。
「奥方の家系だ。ハプスブルグ家の血を引いている。しかも大した美人ときている」
「ほほう。それは、大したものだ。この時代、血統は大層ものをいうからな。それで?」
皮肉な笑いを頬に張り付けて、ヘーゲルシュタインは話の先をノイフェルマンに催促した。
「見目麗しき奥方の古き高貴な血筋と、あのハンサムな若者のスマートな物腰が、貴族議員は勿論の事、ラッダイト寄りの金持ちの平民議員にも至極受けがいいのだよ。どこからどう見ても理想の貴族の若夫婦だからな。アイドル的存在なのさ。能力なんか二の次だ」
「戦争中だというのに、呆れたロマン主義だな。まあ、軍と貴族とラッダイトが握る国会運営のお飾りには丁度良いのだろうが」
ヘーゲルシュタインは自分の部下の顔を思い浮かべた。
ウェルク・ブラウン。
プロシアの首相と同年代の怜悧な頭脳が、どうしたら青い血と称する貴族の血統に劣るというか。
ブラウンと彼の勇猛果敢な部下、ダガー軍曹の統率するチームαがいなければ、共和国連邦軍は軍事同盟に完全に敗北していた。
身分で命を分ける時代がこのまま続くのだとしたら。プロシアはこの先どんな未来を迎えるのだろう。
「ハインライン首相か。あの若造、ウォシャウスキーの話を聞いて、この世の災いが全て自分に降りかかって来たような顔をしていたぞ」
ヘーゲルシュタインは唇をへの字に歪めた。
「我々の計画を知ったら、卒倒するのではないか?」
「今、ウルバートンが首相と話を付けている最中だ。一応あれでもプロシアの首相だからな。こちらの筋書きを大人しく受け入れるかどうか」
「受け入れるさ。無理だと言っても従ってもらう。血を流しながら戦っているのは、ラッダイトでも政治家でも他でもない、この我々なのだからな」
「その通りだ」
怒りを湛えながら暗く光るヘーゲルシュタインの双眼を、ノイフェルマンは静に見つめながら頷いた。




