エンド・ウオー秘話・2
ヤノシュがエンド・ウォー以後の話を始める。
隠された秘密に驚くハインラインに、ヤノシュはエンド・ウォーの再来を警告する。
「そんなにせっつくなよ。順を追って説明しないと、お前の頭がパンクしちまうぞ」
ヤノシュは、シートから腰を浮かせて自分に顔を近付けたハインラインの肩を掴むと、座席に押し戻した。
「最終戦争で使用された兵器から放出した放射能の灰で大地は汚染され、人の住めない環境になったのは、首相を務めたお前なら知っていると思うが、どうなのだ?」
「ああ、それくらいは知っているよ。一般市民には封印されている歴史があった事実を、首相になってから軍のトップから聞かされた。この世は何も知らない事だらけだと痛感したものだ。あと、彼らがプロシアのを陰から支配しているという真実もね」
力なく苦笑いするハインラインに、ヤノシュはふんと鼻を鳴らした。
「軍が、握っているエンド・ウォーの機密事項を世間に開示するつもりは毛頭ないさ。凄惨な過去を人民に知らしめてパニックに陥れるのは利口じゃない。そんな事より、お前が俺の話をちゃんと理解しているのが分かって、俺は一安心だ」
ヤノシュは座席から身を乗り出して、ハインラインに顔を近付けた。
「ならば、手間暇かけて説明する必要はないな。いいか、ハインライン。今からする話は、強国プロシアの軍トップにも承伝されていない秘話中の秘話だ」
「秘話中の秘話…」
自分の顔に接近したヤノシュの分厚い眼鏡に視線を落としながら、ハインラインはごくりと喉を鳴らした。
「そうだ。いいか、一言も聞き漏らすんじゃないぞ」
右の人差し指を立てたヤノシュが朗々と喋り出す。
「エンド・ウォーを予見していたかは定かではないが、ガグル社は各国の支社に地下シェルターを建設していた。ヨーロッパとアメリカの支社は、戦争勃発でどちらかが壊滅的な打撃を受けた場合、互いの社員と国の要人を救護する取り決めがなされていた。
アメリカ大陸から、ヨーロッパ支社を置いたルクセンブルクに要人たちが避難したのは、そんな経緯でだ。
当然だが、彼らは文明の滅亡は望んでいなかった。当時、ガグル社のCEOであったファン・アシュケナジに国家権力以上の地位を持たせて、人類再生計画を進めたんだ」
「人類再生計画だって?何てドラマチックは話なんだ!」
「口を閉じろ、ハインライン。そんなに気持ちのいい話じゃないぞ」
興奮につい口を挟んでしまったハインラインを、ヤノシュは睨み付けた。
「ファン・アシュケナジは、最終戦争を生き延びた人間の遺伝子を片っ端から操作した。
放射能に耐性のある遺伝子を見つけると、男女の生殖細胞に組み込んで人工授精させ、大量の赤ん坊を作り出した。少年少女まで成長した彼らを地上に放り出し、過酷な環境でも死なずに成人した男女を地下の実験施設に戻して、厳密な管理下に置いた。
彼らから取り出した精子と卵子で交配を重ね続け、百年後、放射能の影響を受けない強靭な肉体を持つ人間を誕生させたんだ」
「交配だって?まるで家畜じゃないか」
あからさまに嫌悪感が滲んだハインラインの顔に、ヤノシュは己の目を据えた。
「そうだ。俺達の祖先は、ガグル社の実験施設から生み出された放射能汚染強化人間なんだよ」
ヤノシュは大仰に両手を広げながら、口の端を思い切り引き上げた。
「いいか、ハインライン。エンド・ウォー以前の人間では十年と持たない高放射能に汚染された世界に、俺達は生きている。遺伝子操作が成功していなければ、人類はとっくに死滅しただろう。経緯がどうであれ、未だ放射能の数値がエンド・ウォー以前の水準にはないこの世界で、無事に生を受けられたんだ。ガグル社には感謝しないとな」
「感謝?君のその言葉は、いつもの皮肉だろう?」
同意出来かねるらしく、ハインラインは唇をきつく引き結んだ。横に広げた腕を胸に組むと、ヤノシュは話を続けた。
「人類の遺伝子改良の立役者が、アガタ・スタドニクという学者だ」
アガタの名にハインラインは大きく目を見開いた。どうやら、話は佳境に入ったらしい。
「人類が再び地上に繁栄し始めたのは、彼女の類稀なる頭脳のお陰なのさ。どうだ、めでたいだろう?」
「何がめでたいものか。滅亡から救われたというのに、相変わらず人類は戦争してばかりいるじゃないか」
「まあまあ、そう怒りなさんな」
憤るハインラインに向かって、ヤノシュはいなすように掌を翳した。
「アシュケナジは、選りすぐりの頭脳集団であるガグル社社員の遺伝子をエンド・ウォー以後の人間世界に組み込むつもりはなかった。ガグル社社員よりも二、三パーセント知能指数の低い人間を、ガグル社の支配下に置く為だ。
何せ俺達は、実験材料だった人間の子孫だ。ガグル社からすれば、自分達とは全く別種の人間なんだ。
だが、アガタはアシュケナジの考えに不服だった。
俺達を試験管の中から派生させたのはアガタだ。彼女は、自由と平等をご先祖に与えようと決心した。
アガタは数個の受精卵に自分の遺伝子を組み込んで誕生させ、成人した後、密かに彼らを地上に放った。それを知ったアシュケナジは烈火のごとく怒り、ガグル社から彼女を追放した」
「まるでギリシャ神話のような話だな」
ハインラインは目を丸くしながら感嘆の溜息を付いた。
「アガタはまるで、ゼウスから神の火を盗んだプロメテウスみたいじゃないか」
「それに近いのは確かだが、アシュケナジに追放されるのはアガタの意図した事だったんだ。彼
女はガグル社の社員達よりも、自分が生み出した新人類に愛着を感じていたらしい」
「そうか。彼女は我らのご先祖と一緒に、新しい世界を作りたかったんだね」
嬉しそうなハインラインを無言で一瞥してから、ヤノシュは助手席に座るミアに向かってぶっきらぼうに声を張り上げた。
「どうだミア、俺の説明は?捕捉する箇所はあるか?」
「ハインライン様、兄の説明で不明な点はありますか?」
「いや、別に…」
ハインラインは決り悪げに頭を掻いた。そもそも捕捉だの不明な点だの言われてもさっぱり分からないのだから。
「それより、驚愕の連続でした」
背もたれのシートから上半身を斜めに捩じって後ろを見るミアに、ハインラインは少し放心したような表情で答えた。
「ハインライン元首相殿!俺もヤノシュさんの話にすっごく驚いてます!」
「俺もです。エンド・ウォーにそんな秘密があったなんて、びっくりしました!」
突然、運転席のスピーカーから飛び出してきた大声に、ハインラインは飛び上がった。
「だ、誰だ?!」
「ダン・コックスです。バンの前にいるガルム2のパイロットです」
「後ろのフェンリルのパイロットのコストナーです」
少年達の威勢の良い声に、ハインラインは眼と口を大きく開いた。
「君達も話を聞いていたのか?」
「「ハイ!」」
「ヤノシュ、この話は、プロシア軍トップも知らない秘話だって言ってたよな?」
呆れ返っているハインラインに、ヤノシュは澄まし顔で宣うた。
「俺とミアはヤガタ基地に用があるんだ。この話をヤガタの兵士達に開示しないと、うまく事が進まないんだよ」
「じゃあ聞くが、その“事”とやらは何だ?」
「それはまだお前に話すつもりはない」
けんもほろろに突き離されたハインラインは、ヤノシュの後ろから意味深げな表情で覗いているミアに期待の視線を向けた。
「ミアさん?」
「申し訳ありません。兄から聞いて下さい」
ミアはハインラインに一礼すると、そそくさと前を向いてしまった。
「私は君達兄妹に全く信用されていないんだな」
がっくりと首を落とすハインラインに、ヤノシュが溜息と共に口を開いた。
「理由の一つを教えてやろう。火球だよ、ハインライン。空からいくつも火の玉が降った禍々しい光景をお前も見ただろう?」
ヤノシュは、バンの窓ガラスの外に目を移動させた。
「あれこそが三百年前に起こったエンド・ウォーの大災厄の再現なんだ」
「さっきの火の玉が、か?」
ハインラインは恐怖に凍った青い瞳でヤノシュの視線の先を追った。
闇夜の空が黒い大地に溶け込んで、目に見える全てが暗黒と化している。漆黒の空間がすぐ先の未来を閉ざすようにハインラインの眼前に広がり、暗澹たる気分にしかならない。
ヤノシュが窓に額を擦り付けて夜空を仰ぎながら小さく呟いた。
「天空のどこかに、エンド・ウォー以前に作られた宇宙ステーションという巨大な建築物が浮かんでいる…」
「え?何?うちゅうす、すてしょんが、どうしたって?」
「宇宙ステーションだ」
生まれて初めて聞いた言葉に口が回らないハインラインに、ヤノシュは鋭く言い放った。
「その中には、エンド・ウォー以前の高度技術の粋を集めて創られた思考する機械が組み込まれている。ガグル社の天才どもを凌駕する知能を持つ機械がな。そいつは四百キロ上空の低重力空間が広がっている場所から、いつも地上を見下ろしているのさ。さっきの火球はその機械が放ったものだ」
「機械が、って…」
意味不明の言葉が連続して全く理解出来ない。どうやったらヤノシュの話に付いて行けるのだろう。ハインラインは頭に浮かんだ疑問を口に出してみた。
「宇宙に浮かんでいるといる機械は、どうして地上に火球を落とすんだ?」
「お前、そんなことも分からないのか?」
ヤノシュの眉がハの字に下がった。それとは反対に、目尻と唇の端が吊り上がる。泣いているのか怒っているのか分からない表情にハインラインが戸惑っていると、ヤノシュは唐突に、自分の膝に拳を叩き付けた。
「ヤノシュ、どうした?」
驚いたハインラインが座席から立ち上がる。ヤノシュは憤怒で赤く染めた顔を持ち上げてハインラインの顔に視線を当てると大きく叫んだ。
「機械知能は、世界をもう一度滅ぼそうとしているんだよ!」
来週、手術する事になりましたので、ちょっとお休みします。
大した手術ではありませんが、痛みが治まるまではパソコンいじれないかな(^^;)




