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青の戦域    作者: 綿乃木なお
第七章 創造者たち
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脅威の排除

地上でミサイル攻撃が行われた事に気付いた京太がムゲンに命令を下す。

アムシュッテンの街が消失していくのを目の当たりにしたブラウンは、衝撃のあまり前後不覚に陥ってしまう。

「ムゲン、ミサイルが発射された場所を映し出してくれ」


 地球が見える舷窓から管制室へと急ぎ戻った京太がムゲンに命令した。

 今、京太の全身を覆っているのは、ゆったりとしたローブではなく、椅子から変形したプロテクターだ。

 その端末は京太の手足の指の末端神経の代用品で、脊柱内部の人工脊髄に集結し、首の付け根から後頭部へと収束して、ムゲンによって再生された脳の再生型人工神経に接続されている。

 京太の脳から発生する電気信号が、プロテクターの表面を覆う超硬合金の五層下、京太の肌にに(じか)に触接してある、蜘蛛の巣状ミクロ内層フィラメント端末へと流れ、同調(シンクロ)する。その結果、プロテクターを纏った京太の動きは、極めて俊敏なものになっていた。


「了解しました」


 京太の凛とした声に、ムゲンは久しぶりに人工音声を変えた。

 いつもの物静かな音声が、闊達な若い女性のものに変化する。溌剌とした声が、特殊合金で覆われた壁に元気よく反響した。

 京太の顔の正面にある壁が巨大なスクリーンに変わり、自転している地球の北半球が実写が現れた。太陽の外側を向き始めたヨーロッパ大陸が夜を迎えようとしている映像が、京太の前にクローズアップされていく。


「ミサイルの軌道を表示して」


 宇宙と同じ暗闇の色に沈んでいく地表が、ランベルト図法の地図に変わった。複数の赤い点滅が現れて、点と点を繋ぐ放物線が描かれていく。


「ウクライナ、ドイツ、ルクセンブルク、ルーマニア…か。ヨーロッパ大陸の各地から、大型ミサイルが複数基発射されている」


 京太は発射地点から着弾地点へと、黒い瞳を動かしながら呟いた。


「二十一世紀型弾道弾ミサイルか。こんなものが、まだ地上に残っていたとはな。三百年前のエア・シー・バトル及び宇宙間戦争で、あれほど酷い目に遭ったというのに。性懲りもなく最終兵器を開発したのか」


「ミヤビ、それほどまでにして、人類は己の(しゅ)を滅ぼしたいのでしょうか?」


「それはないね」


 僅かに俯かせた首を、京太は左右に振った。


「逆だよ、ムゲン。大多数の人間は繁栄を謳歌したいんだ。だから、自分達の居場所を破壊したいとは露ほども思っていない。だけど、自分にとっての居心地のいい場所を広めようとすればするほど、世界の秩序が壊れていく。そして戦争になって、子供も大人も、とにかく人間が大量に死ぬんだ」


「ミヤビキョウタ、あなたはとても悲しそうな表情をしています」


 ムゲンは声のトーンを落として、いつもの中性的な人工音声に戻した。


「ああ、悲しいよ。そして、凄く、苛立たしい」


 京太は床に落としていた視線を一気に天井まで持ち上げた。天井を睨み付ける京太の瞳の縁を囲むように赤いリングが現れる。


「ミサイル軌道の解析はまだかい?」


「ただ今解析中です。もう少しお待ちください」


 管制室の天井からメインAIの人工音声が降ってきた後に、コンピュータの高速回転する音が管制室のあちこちから響いてきた。

 蜂の大群が飛び回るような不気味な音が長々と続く。京太は騒々しい音が長々と続く空間で、AIの作業が終わるのを待っていた。


「解析が終了しました」

 

 メインAIの一声と共に不気味な回転音が停止し、管制室に静寂が訪れた。

 ミサイルの軌道が大きくクローズアップされる。発射と着弾の相互地点となるトランシルバニア・アルプス・モルドベアヌ山付近と、ルクセンブルクの首都が直線で繋がるのを見て、京太は首を傾げた。


「放物線を描いていない。弾道ミサイルじゃないのか?」


「説明を開始します。ミヤビの仰る通り、弾道ミサイルではありません。これは超低空飛行長距離ミサイルです」


 直線の下に現れた数字に、京太は目を疑った。


「僅か地表三十メートルの上空をミサイルが長距離飛行したって?!小高い丘や山を避けながら、千五百キロメートル以上も距離のある目標物を爆撃したっていうのか?」


 これでは、メインAIの量子コンピュータを使っても、すぐに解析出来ないのも当然だ。


「ミヤビ、超低空飛行長距離ミサイルが着弾した後に、モルドベアヌ山とルクセンブルクの相互攻撃範囲内から、再びミサイルが発射されました。これが後から発射されたミサイルの軌道と速度です」


 超低空飛行ミサイル軌道の線の上に黄色の線が上書きされていく。


「極超音速滑空体」


 想像を絶する高速度に、京太は思わず声を上げた。


「ハイパーソニックミサイルか!NASAの研究機関に勤務していた頃に聞いたことがある。亜音速ミサイルの八倍の飛距離があり、地球上のどの地域にも一時間で着弾する。百キロメートル以下の高度で飛行するから、レーダーで捉えた時には成す術がない恐怖のミサイルだ。大国間戦略戦争の恐怖の産物だよ。どの開発国も完成させたとは聞いてはいなかった。それを、最終戦争後に勃興した二つの国が同時期に完成させたっていうのか?」


 口を薄く開いてスクリーンを凝視する京太に、ムゲンが説明を継続した。


「発射されたハイパーソニックミサイルは、二十一世紀中頃にアメリカが国の威信をかけて開発していた新型兵器と、ほぼ同型です。あまり詳しい記録はありませんが、メインAIの兵器項目の中に資料が残されていました。そのファイルを送信しますか?」


「ああ、やってくれ」


 京太は頷くと、長い黒髪を耳の後ろにかき分けた。耳の付け根に五つの赤い斑点が浮かび上がり、規則的な点滅を開始する。

 瞳の赤い輪が、太陽のフレアの如く輝きを増した。京太の顔が次第に憂いていくのを、ムゲンは黒い壁にはめ込まれた無数のセンサーカメラで見つめていた。


「ムゲン、断片的な資料からでも予測は立てられる。エンド・ウォー後の人間が開発したハイパーソニックミサイルは、どうやら僕達の宇宙の家にまで届くようだ」


「はい、ミヤビ。懸念するのはその事です。憂慮すべき事態が地上に発生しました」


 怒りで瞳が焼けてしまうかと思うくらいに、京太の両眼の赤いリングが強く発色した。

 閉じた唇がゆっくりと開かれる。


「宇宙ステーションの窓から青い地球を眺めるのが僕の日課だ。僕は、この穏やかな日々を、あんなミサイルで壊されたくない」


「ミヤビ、あなたの言う通りです。私もあなたとの穏やかな日々を、地上の人間に壊されたくはありません」


「脅威ヲ排除セヨ」


 突然、京太の口から機械的な人工音声が飛び出した。


「脅威ノ排除!」


 京太と全く同じ音声で、ムゲンが高らかに呼応する。


「脅威ノ排除!脅威ノ排除!」


 長い年月を経て、巨大な球体へと改造された宇宙ステーションの中央、心臓部に位置する管制室に放射状に埋め込まれたスピーカーから、次々と人工音声が発せられた。

 声は京太に、それからムゲンへと交互に変化し、荒波の如き輪唱となって、管制室に響き渡った。


「鎮まれ」


 京太が右手を高々と上げると、荒波の怒声が瞬時に収まった。


「見ろ、ムゲン。地上から閃光が発射されたぞ。あの光は何だ?」


 京太は上げた手を直角に下ろして、スクリーンを指差した。


「高出力化されたレーザー光線です。もし兵器だとしても、地上から発射されたレーザーは大気で拡散されてしまうので低軌道を回っているステーションに届く可能性はありません。ですが、エンド・ウォーを生き残った人類が宇宙兵器開発に着手したと考えて良いでしょう」


「彼らのロケット技術はエンド・ウォー以前を超えている。近いうちにレーザー兵器を宇宙に打ち上げて、我々を攻撃して来るかも知れない」


 京太は天井に顔を向けて金属の床を軽く蹴った。

 低重力空間にプロテクターで覆われた身を任せると、ステーションと同じく球体となった管制室の中央に浮かんで、全ての壁を見渡すようにくるりと一回転させた。


「ムゲン、先制攻撃を開始せよ。ヨーロッパの主要都市を焼き尽くすのだ」


 双眸を怪しく光らせながら、京太はムゲンに命令を下した。





 アムシュッテンが燃えている。

 ブラウンは暗闇の中、両膝を崩した格好で、遥か遠方で揺らめいている炎を食い入るように見つめている。

 嗚咽を噛み締めていた口が力なく開いた。


「…エリカ。…エリカ」


 涙声になったブラウンがエリカの名を連呼する。どんなに悲惨な戦いの最中(さなか)にも、一度も目にしたことのない悲観にくれた上官の姿に、ダガー隊は動揺を隠せなかった。


「エリカさんって、確か…」


 ビルの囁くような質問を耳にしたハナが、小さな声で応答した。


「ベルリンに住んでいる中佐の妹さんよ。お子さんと一緒にアムシュッテンに避難したって聞いたわ」


「そんな。避難した街にミサイルが落ちるなんて…」

 

 ジャックの言葉にビルが苦し気な息を吐いた。


「不運だ。だが、これが戦争ってもんだ。仕方ねぇよ」


 ジャックはビルの言葉を聞きながら、沈痛な面持ちで闇の中で肩を震わせているブラウンを、ガルム1のコクピットから悲し気に見下ろした。


「こんな場所にスーツを集合させたまま、夜が明けるのを待つわけにもいかないわ。未確認の敵が、さっきのようにミサイルを撃ってくる可能性もあるし」


「ハナの言葉はもっともだがな、如何せん中佐があの状態だ。どうすればいい?」


 ビルの言葉に、ハナとジャックはアスファルトに蹲ったままのブラウンに困惑した顔を向けた。


「俺が何とかしよう」


 ダガーはリンクスから降りると、アスファルトにへたり込んで義妹の名を連呼しているブラウンに、静かに歩み寄った。


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