死者の声
動き出したドロイドと再び戦闘となるスーツ隊。
瀕死の重傷を負ったマディ。
戦闘車の中で思考を巡らせるブラウンは…。
今回、都合で早めの更新となりました。
宜しくです<(_ _)>
「何だと?!」
ハナの鋭い声に、ブラウンとダガーは弾かれるように顔を上げた。
戦車の砲塔にぐったりと身を横たえていた首無しドロイドが、動く方の手を使って上半身を起こそうとしている。
「何故、動ける?」
ブラウンはドロイドに視線を滑らせた。両肩と胸に小さな球体がはめ込まれているのに気が付いて、忌々し気に舌打ちした。
「そうか。予備センサーに切り替えたんだな。頭部はセンサーだけの代物で、機械の自律知能はドロイドの胴体に内蔵されていたようだ」
「中佐、危険です。戦闘車の中に入って下さい」
ダガーは驚いているブラウンの肩を掴んで戦闘車に押し込むと、アスファルトに片膝を付いているリンクスに急いで飛び乗った。
戦車から上体を起こしたドロイドが立ち上がった。片足で車体を押さえ込むと、主砲の根元を片手で掴み持ち上げて砲塔を車体から引き剥がし始めた。
落雷のようなもの凄い音を周辺に響かせながら、ドロイドが戦車から砲塔を毟り取った。
「うわ、何てぇ怪力だ」
片手で砲塔を持ち上げたドロイドに、ビルが目を剥く。
「伍長!感心してないで、早くあいつを撃ちなさいよ!」
キキがドロイドに機関銃を掃射し始めた。ビルとジャックもキキに続いて銃弾を撃ち込んだ。ドロイドは、砲塔を盾にして真横から降り注ぐ弾雨を防御しながら攻撃してくる三体のスーツに向かって前進すると、手にした主砲を砲塔を振り回した。
特殊鉄鋼で作られた砲塔がアスファルトの舗装を深く抉り、無数の礫となった。
銃弾のような速度で飛んでくるアスファルトの大きな塊を避けようとして、ジャックがガルム1の重心を移動させた。
ドロイドから銃口が僅かに逸れた。その瞬間を、ドロイドは見逃がさなかった。
砲塔を振り回す反動を使って両脚を大きく蹴り上げたドロイドが、鉤爪の突き出た踵でガルム1に蹴りを入れた。右の踵でガルム1の手から機関銃を弾き飛ばしてから、左の鉤爪を胸の中心に深々と突き刺す。
「うぐわっ」
ジャックはガルム1の胸に深く刺さった鉤爪を引き抜こうと、ドロイドの足首を両手で掴んだ。痛みで息が出来なくなったジャックが操縦席で身体を硬直させる。
動きが鈍ったガルム1に、ドロイドは、胸に突き立てた踵の鉤爪を腹へと容赦なく引き下ろした。
「ぎゃああっ」
気を失いそうなくらいの激痛に、ジャックは悲鳴を迸らせた。
「ジャック!」
腕からブレードを出現させたリンクスが、弾丸の如き走行でドロイドに飛び掛かる。振り下ろされるブレードを間一髪で避けたドロイドは瞬時にリンクスから間合いを取ると、アスファルトに突き刺しておいた砲塔の後ろに滑り込んで砲塔を持ち上げた。
砲塔ごと突進してくるドロイドに、リンクスは自分が無力化した腕に回り込んで銃弾を浴びせた。
ドロイドは銃弾を受けるのも構わずに突進して来る。リンクスは、自分のすぐ後ろに停車している戦闘車に視線を送った。
(移動させる時間はない)
ダガーは戦闘車の前にリンクスを仁王立ちさせると両腕を突き出した。
次の瞬間、リンクスの掌に砲塔が叩き付けられた。
弾き飛ばされそうになるのを必死で堪え、渾身の力を込めて砲塔を押し返す。片腕しか動かせないドロイドのパワーは想像以上に凄まじく、プレス機に挟まれたような押し合いで、砲塔が鈍い音を立てながら圧縮されていく。
「ジャック!」
キキは倒れているガルム1に飛びつくと、脇に手を回して持ち上げた。
「あの野郎!叩き切ってやる」
己の背中に機関銃を装着させたビッグ・ベアがブレードを一振りして、ドロイドの後ろから突進する。
ビッグ・ベアの一太刀が背中に突き刺さる前に、首無しドロイドが空に向かってジャンプした。首無しドロイドの両手両足が空中で切り離されると、両足の付け根から火が噴いた。
「な、何だ?」
「空を飛んでいる!」
スーツの頭上に落ちてきたドロイドの足と手を避けたダガーとビルが、目を丸くしながら空を仰いだ。
驚くスーツパイロット達を尻目に、胴体だけとなったドロイドがトレーラーの中へと着地した。
「軍曹、あのでっかい箱の中で、何かマズいことが起きてるんじゃないですか?」
しんと静まり返ったトレーラーに、ビルは背中から機関銃を引き抜いた。
「だとしても、まだ攻撃はするな。中の状態が分からない。様子を見よう」
「…ですよね」
ビルはビッグ・ベアの指を引き金に掛けたまま、トレーラーを睨み付けた。その横で、キキがガルム1を支えながらそろそろと立ち上がる。
「ジャック、ガルム1は一人で立てるかしら?」
「立てるし、まだ戦えます」
ジャックは強く頷いて、キキの肩に抱えられたガルム1の足に力を込めた。
「良かった。リンクスの代わりに戦闘車の護衛に回って」
「了解です」
背から機関銃を取り出して戦闘車へと歩き出したガルム1を見て、ハナはキキの手に機関銃を握らせた。
「ジャック、フォローするから絶対に無理はするなよ」
機関銃ををトレーラーに向けたまま、ビルがビッグ・ベアの手をがガルム1に軽く振る。その直後、トレーラーが四枚のパネルになって鈍い金属音を立てながら開いた。
水平に開いたトレーラーの壁が一枚のパネルになった。
パネルの上にドロイドの胴体はなく、黒い金属の塊が鎮座していた。ドロイドの背中に格納されていた円盤ドローンがずらりと取り囲んでいる。
「また変形しているぞ」
「立方体になっているわ」
「どうなっているんだ?」
リンクスとキキがドローンに、ビッグ・ベアが金属の塊となったドロイドに銃口を向けて様子を窺う。
「何か、おかしい」
戦闘車の操縦席モニターに映る立方体になったドロイドを覗き込むように見つめながら、ブラウンは眉を顰めた。
「中佐、ヘーゲルの野郎の腕を見て下さい!パネルの点滅が復活しました!」
マシンガンの弾薬箱を背もたれにして座るマディが、苦し気に息を吐きながらブラウンを呼んだ。
「やはり再起動したか」
ブラウンは操縦席から腰を上げるとマディの横に並べてある遺体に向かった。
戦闘車の中は恐ろしく狭い。三体の遺体を隙間なく並べて全身をシートで包んだが、シート型パネルデイスプレイを装着してあるヘーゲルシュタインの腕だけは外に出しておいた。
「点滅が、白から赤に変わっている…」
赤い色が何を意味するのか、ブラウンには想像もつかなかった。
ヘーゲルシュタインの心音が停まって半透明のパネルから白い点滅が消えた時、ドロイドが大爆発して自分達が消滅するのを覚悟した。
予想は外れて心底安堵したのも束の間だった。
再び動き出したドロイドがスーツ達と戦闘を繰り返す姿に何か嫌な予感を感じながら、ブラウンは戦闘車の中でダガー達を見守るしかなかった。
「少将、執念深いあなたの事だ。志半のまま死ぬつもりはないですよね?」
呟きと共に、皮肉にも、自分が射殺した兵士と共に骸を並べられているヘーゲルシュタインを、ブラウンは憂いた表情で見下ろした。
「中佐、この点滅、起爆ボタンかも知れませんぜ」
ヘーゲルシュタインに殴られて切れた口元を舌先で舐めながら、マディが呻くように言った。
紙のように白くなったマディの顔からは、大量の汗が流れていた。
荒い息を吐き出す唇は紫色で、意識があるのが奇跡に近い。大量に血を失ってショック症状を起こしているのが分かった。
「そうかも知れんが、マディ、もう話さなくていい。体力を温存するんだ」
ファーストエイドキットの中の止血帯を使い切っていたブラウンは、血が滲み出しているマディの腹に自分の軍服の袖を切り裂いて巻き付けて、再度止血した。それから、痛み止めの錠剤を口に含ませる。
目を瞑ったマディの足の下に畳んだシートを差し込んで床に横たわらせてから、酸素吸入器を取り付けた。
「すまんな、マディ。これくらいしかしてやれない」
マディの応急措置を済ませたブラウンは、ヘーゲルシュタインの腕を持ち上げてディスプレイを凝視した。
「起爆ボタンか?いや、そうではない」
瀕死の状態になったヘーゲルシュタインがドロイドを爆発させなかった理由は明白だ。自分が死んでも、ブラウン生かさねばならない。おそらくそれがアシュケナジトン契約なのだろう。
「どとしたら、これは何だ?」
赤い点滅にそろそろと人差し指を近付ける。赤い点滅の上にうっすらと文字が浮び上がった。
「これは…。私の体温に反応した?」
録音再生の文字に目を見張る。ブラウンは意を決して、赤い点に指先を接触させた。
「君がこの録音を聞いているのなら、残念ながら、私は死んだという事だな。そうだろう?ウェルク・ブラウン」
パネルからくぐもった声が発せられた。
全く予期していなかった事態に、思わずパネルを瞠目する。
「ヘーゲルシュタイン!?」
ブラウンは、亡骸となって目の前に横たわっている上官の名を叫んだ。




